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悪役令嬢に転生した信長、こちらの世界でも天下統一を狙います  作者: hiroe
天下への道――帝都動乱

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14/22

炎上するは寺院にあらず

 報せは、帝都に滞在するノブナの元に急使として届いた。


「ノブナ様! 連合領から緊急の伝令です!」


 ヘルムートが執務室に駆け込んできた。その顔は蒼白だった。


「連合領の東部、グラーフェン辺境伯領で民衆蜂起が発生。聖エクレシア教国の信徒が中心となり、『神に反する統治者を打ち倒せ』との檄文が広まっています」


「何だと」


「エルヴィン殿からの報告によれば、蜂起の参加者は数千。農民や市民が武器を手にしています。グラーフェン辺境伯の城も包囲されかけているとのこと」


 ノブナは拳を握り締めた。


「アウグストめ。ついに動いたか」


 帝都での政治工作だけでは不十分と見て、直接ノブナの足元を揺さぶりに来た。宗教の力で民衆を扇動し、内部から崩壊させる。


 一向一揆だ。


 前世の記憶が鮮やかに蘇った。加賀の一向一揆。伊勢長島の一揆。そして比叡山延暦寺の焼き討ち。


 信仰に燃える民衆は、正規軍よりも厄介だった。殺しても殺しても、次々と立ち上がる。彼らにとっては死すら救済だからだ。


「エルヴィンの対応は」


「軍を動員して包囲していますが、鎮圧の許可を求めています。『速やかに鎮圧すべし。民が増えれば手がつけられなくなる』と」


「フリードリヒは」


「同意見です。『早期の武力鎮圧が最善。遅れれば連合全体に飛び火する恐れ』と」


 ノブナは黙り込んだ。


 武力鎮圧。合理的な判断だ。軍事的に見れば正しい。蜂起が拡大すれば、連合の統治基盤が根底から揺らぐ。


 だが。


「……ヘル」


「はい」


「民は、なぜ蜂起した」


「え?」


「蜂起の理由だ。アウグストが扇動したのは間違いない。だが、民が動くには、扇動だけでは足りぬ。火種がなければ、火はつかない。何が火種だ」


 ヘルムートは慌てて資料を調べた。


「……グラーフェン辺境伯領は、もともと聖エクレシア教国の影響が強い地域です。什一税じゅういちぜいと呼ばれる慣習がありまして――稼ぎの十分の一を、信仰の名目で教国に納めなければならないのです」


「什一税の負担はどの程度だ」


「連合に加入して以来、ノブナ様の税制改革で領主への税は下がりました。しかし什一税はそのまま残っています。結果として、領主への税より教国への什一税の方が重いという逆転現象が起きている」


「つまり、民は二重の課税に苦しんでいた。連合の改革で一方は軽くなったが、もう一方はそのまま。そこにアウグストが『連合の統治は神に反する』と吹き込んだ」


「はい。什一税の問題は以前から把握していましたが、宗教的な問題なので手を出しにくく……」


「手を出さなかったから、こうなった。我々の失策だ」


---


 ノブナはクラウスの宮殿に急行し、帝都を離れる許可を求めた。


「連合領に戻る。蜂起の鎮圧は――いや、鎮圧ではない。解決だ」


「解決? 武力鎮圧ではないのか」


「民を武力で押さえつけても、根本を解決しなければ何度でも蜂起は起こる。アウグストが扇動を続ける限り、火種は残る」


 クラウスは驚いた表情を見せた。


「だが、蜂起している民衆が武器を持っている。話し合いでどうにかなる状況か」


「やってみなければわからぬ。だが、武力鎮圧は最後の手段にする」


---


 ノブナは精鋭三百を率いて帝都を発ち、五日間の強行軍でグラーフェン辺境伯領に到着した。


 現地は混乱の中にあった。


 蜂起した民衆は約五千。農民、職人、商人。武器は農具や棒切れが中心だが、数の力は侮れない。彼らは教国の聖堂を拠点に、グラーフェンの城下町を占拠していた。


 エルヴィンの連合軍三千が城下町を包囲している。


「ノブナ様。ご到着をお待ちしておりました」


 エルヴィンが出迎えた。


「状況は」


「蜂起軍は城下町の聖堂を中心に布陣しています。指導者は教国から送り込まれた司祭数名。民衆は信仰心から参加している者が大半で、本気で戦うつもりの者は少数です。ですが、聖堂に立てこもった者たちは覚悟を決めているようで」


「フリードリヒは」


「騎兵隊を率いて、蜂起が連合領の他の地域に飛び火しないよう各所に配置しています」


「よし。包囲を維持しろ。だが攻撃はするな」


「攻撃せずに、どう解決するのですか」


 エルヴィンの目に、困惑と微かな疑問が浮かんだ。


「ノブナ様。率直に申し上げます。蜂起軍の勢いが増せば、他の地域にも波及します。早期の鎮圧こそが最善の策です。武力を行使すれば、三日で終わる」


「そして、三月後にまた蜂起が起こる。今度はもっと大規模に」


「……」


「民を敵にしてどうする。敵は扇動した者であって、扇動された者ではない」


 ノブナの声には、鋼のような決意があった。


「私が直接、彼らと話す」


「ノブナ様! 危険すぎます!」


「護衛はつけぬ。武器も持たぬ。令嬢が一人で聖堂に入る。それなら、彼らも話を聞くだろう」


---


 翌朝。


 ノブナは深紅のドレスのまま、単身で城下町の聖堂に向かった。


 連合軍の兵たちがざわめいた。ヘルムートが必死に止めたが、ノブナは聞かなかった。


「止めるな、ヘル。これは私にしかできぬことだ」


 聖堂の前に、武装した民衆が立ちはだかる。農具を手にした農民、棒を握った職人。その目には恐怖と怒りが入り混じっている。


「何者だ!」


「オーデンヴァルト連合盟主、ノブナ・オーデンヴァルトだ」


 囁き声が広がった。あの悪役令嬢。三領地を束ねる支配者。神に反する統治者。


「私は武器を持っていない。護衛もいない。話がしたい。あなたたちの声を聞きに来た」


 沈黙が落ちた。


 民衆の中から、白い法衣の司祭が前に出た。教国から送り込まれた扇動者だ。


「この者の言葉に惑わされるな! 神の秩序を乱す者の甘言だ!」


「司祭殿」ノブナの声は静かだが、聖堂の広場全体に響いた。「あなたが民を導いていることは承知している。だが、一つ問いたい。民が苦しんでいる理由は何か。本当に、私の統治が原因か」


 司祭は顔を歪めた。


「お前の能力主義は神の定めた秩序を」


「什一税のことだ」


 ノブナの言葉に、民衆がざわめいた。


「聖エクレシアに納める什一税。収入の十分の一。この負担が、あなたたちの暮らしを圧迫している。違うか」


 民衆の間で頷く者が出始めた。


「私が税を下げた。市場を自由にした。そのおかげで、収入は増えた。だが、什一税はそのまま残っている。結果として、稼いだ分が教国に吸い上げられている。そうだろう」


「それは、神への奉納であって」


「神に捧げる心を否定はしない。信仰は自由だ。だが、信仰の名を借りて民から搾り取るのは、信仰ではない。支配だ」


 聖堂の広場が静まり返った。


 ノブナは民衆を見渡した。疲れた顔、怒りの顔、困惑の顔。そのどれもが、ただ平穏に暮らしたいと願う、普通の人々の顔だった。


「私は、こう提案する」


 ノブナの声が響く。


「什一税を廃止する。代わりに、信仰に基づく自発的な献金制度を設ける。額は各自の判断に委ねる。そして、政治と信仰を明確に分離する。教国は信仰を導き、統治は連合が担う。互いの領域を侵さない」


「そんなことが……」


「できる。やる。私の名において約束する」


 民衆の間で動揺が広がった。


 什一税の廃止。それは彼らが長年望みながら、誰も口にできなかったことだ。


「信仰は心の問題であって、金の問題ではない。真に神を敬う者は、強制されずとも捧げるだろう。そして、強制されなければ捧げない程度の信仰なら、それは信仰とは呼ばない」


 司祭が叫んだ。


「惑わされるな! この女の言葉は」


「黙りなさい」


 ノブナの紅い瞳が、司祭を射抜いた。


「あなたは、帝都のアウグスト枢機卿の命で来たのだろう。この民衆を道具にして、連合を崩そうとしたのだろう。それは信仰のためか。違う。政治のためだ」


 司祭の顔から血の気が引いた。


「民をこのような危険に晒す者に、神の使いを名乗る資格はない」


---


 その日のうちに、蜂起は沈静化した。


 教国から送り込まれた司祭たちは民衆に見限られ、連合軍に身柄を拘束された。だがノブナは処刑を命じなかった。


「教国に送り返せ。アウグストへの伝言をつけてな。『次はもう少し上手くやれ』と」


 フリードリヒが報告に来た。


「各地で見張っていた小規模な動きも収まりました。グラーフェン領の民衆が蜂起を止めたという知らせが広まったことで」


「什一税の廃止が効いたな」


「はい。民は、税が下がるという実利を示されれば、信仰の名の下の扇動には乗らなくなるものです」


「フリードリヒ。そなたは以前、私の改革を心配していたな。身分秩序を乱すのではないか、と」


「……はい。正直に申し上げれば、今でも懸念はございます」


「だが、今日の対応はどう思う」


 フリードリヒは少し考えてから答えた。


「ノブナ様が武力に頼らず、民の声を聞いたこと。それが正しかったと思います。力で押さえつけるのは、一時の安定しか生まない」


「そうだ。前世では……いや、私は一度、同じような場面で力に頼ったことがある。その結果、取り返しのつかないものを失った」


 ノブナは静かに言った。


「今日、あの聖堂で民と向き合った時。やっと、前世の過ちを一つ乗り越えられた気がする」


 天下布武。かつてその旗印を掲げた時、「武」とは武力のことだと思っていた。だが今日、武器を持たずに聖堂に入り、言葉だけで五千の民と向き合った。


 天下布武の「武」は、武力だけではないのかもしれない。


---


 夜。エルヴィンが報告に来た。


「蜂起の後処理はほぼ完了しました。什一税廃止の布告を連合領全域に出す準備も整っています」


「ご苦労だった。そなたのおかげで、蜂起が他の地域に広がらずに済んだ」


「いえ。正直に申しますと」エルヴィンは一瞬口ごもった。「私は武力鎮圧を進言しました。ノブナ様の判断の方が、遥かに正しかった」


「武力鎮圧も選択肢としては正しい。だが、最善ではなかっただけだ」


「……はい。ですが、一つだけ」


「何だ」


「什一税の廃止は、聖エクレシア教国との全面対立を意味します。アウグスト枢機卿が黙っているとは思えません」


「承知している。だが、民を守るためならば、教国と対立することも辞さぬ」


 エルヴィンは頷いた。だがその目の奥に、かすかな翳りがあることに、ノブナは気づかなかった。


 什一税の廃止。それは民のための正しい判断だ。


 だが同時に、それは一つの権力――聖エクレシア教国という巨大な権力――に真っ向から喧嘩を売る行為でもある。


 エルヴィンの理想は、力によらない統治だった。話し合いで解決し、すべての者が納得する世界。


 だが、ノブナのやり方は違う。話し合いで解決できない相手には、力で対峙する。什一税の廃止は、教国の収入源を断つという経済戦争の宣告でもあった。


 理念のための行動か。覇道のための行動か。


 エルヴィンの中で、その境界線が揺らぎ始めていた。

読んでくださりありがとうございます。

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