第五話 力の顕現と、小さな希望
ラウル(アルフレッド)は、セバスの制止を振り切り、村へと踏み出した。帝国兵たちの嘲笑と、村人のすすり泣く声が響く中、ラウルの心は怒りで燃え盛っていた。彼らにとって、これは日常の光景なのだろうか。家族を奪われた自分と同じような絶望が、ここにもあった。
「貴様ら、何をしている!」
ラウルが声を張り上げると、帝国兵たちが一斉に振り返った。その顔には、少年が一人で現れたことに対する侮蔑の色が浮かんでいる。
「なんだ、このガキは?親も一緒にいるのか?まさか、この歳で一人でか?」
兵士の一人が下卑た笑いを浮かべながら、剣を抜いた。その切っ先が、ラウルに向けられる。
「この村は、我々が接収する。邪魔をするなら、容赦なく斬り捨てるぞ」
ラウルは、怯むことなく、まっすぐその兵士を見据えた。彼の体から、微かな魔力が漏れ出し、周囲の空気が重くなる。
「貴様らが、ここで好き勝手するのを、私は見過ごせない」
その言葉と同時に、ラウルの両手から、青白い光が放たれた。それは、見たこともない複雑な魔法陣を描きながら、瞬く間に帝国兵たちを包み込んだ。兵士たちは、何が起こったのか理解できずに混乱し、その場で硬直した。
「な、なんだこれは……体が動かない!?」
「まさか、魔法使いだと!?こんな子供が……!?」
ラウルは、硬直した兵士たちを冷徹な目で見つめた。そして、彼の右手がゆっくりと持ち上げられる。まるで指揮者のように、彼の指先が動くと、地面から鋭い氷の棘が次々と突き出した。棘は帝国兵たちの足を貫き、彼らを地面に縫い付けた。
「ぐあああああ!」
悲鳴が上がる。血が飛び散り、兵士たちの顔から血の気が引いていく。ラウルは、その光景を冷ややかに見下ろした。かつての王子だった自分なら、こんなことはできなかっただろう。だが、今の彼は、復讐の炎を宿した異邦の魂だ。
「これ以上、この村に手出しをするな。さもなくば、次は命はない」
ラウルは、低い声で言い放った。彼の周囲を漂う神のごとき魔法の力が、兵士たちに圧倒的な恐怖を与える。彼らは、もはや戦意など欠片も残っていなかった。
その様子を、物陰から見ていたセバスは、息を呑んだ。坊ちゃんは、確かに強くなっている。いや、あの力は、もはや人間の魔法の領域を超えている。まるで、神が天災を巻き起こすかのような、絶対的な力だ。
「坊ちゃん……」
セバスは、ラウルの背中に、伯爵が託した希望の光を見た。
ラウルの圧倒的な力に恐れをなし、生き残った帝国兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。残された村人たちは、呆然と立ち尽くしていた。彼らは、目の前で起きた出来事が信じられない様子だった。
ラウルは、帝国兵が落としていった食料や金品を拾い集め、村長らしき老人に差し出した。
「これがあれば、しばらくはしのげるでしょう。早く、傷ついた人々を手当てしてください」
村長は、震える手でそれを受け取った。そして、深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……!命の恩人です……!あなた様は一体……」
「私は、ただの旅人です。困っている人を見過ごせなかっただけです」
ラウルはそう答えると、セバスと共に村を後にしようとした。だが、村長は引き止めた。
「どうか、この村に、少しの間だけでも留まってはいただけませんか?あなた様のようなお方がいれば、帝国兵も近づかないでしょう。どうか、お力をお貸しください」
村長は、懇願するようにラウルのローブの裾を掴んだ。村人たちもまた、ラウルを囲むように集まり、助けを求める視線を送った。
ラウルは、村人たちの切実な瞳を見つめた。ここで彼らを助ければ、再び危険な目に遭うかもしれない。だが、この苦しむ人々を見捨てることはできない。それが、彼が新たな体で得た、新たな使命のように思えた。
(そうだ。俺は、この国を再建する。それは、王家の血を継ぐ者としてだけでなく、この苦しむ人々を救うためでもあるんだ)
ラウルの中で、復讐の炎とは異なる、別の感情が芽生え始めていた。それは、人々を救い、守りたいという、純粋な願いだった。
「……分かりました。短い間ですが、この村に滞在させてもらいましょう」
ラウルの言葉に、村人たちから歓声が上がった。彼らの顔には、絶望の影に隠れていた、小さな希望の光が灯った。
村での滞在が始まった。ラウルは、自らの魔法の力を使い、村の復興に尽力した。壊された家屋を修復し、傷ついた人々を癒し、枯れた畑に水を供給した。彼の魔法は、村人たちの生活を急速に改善させていった。
村人たちは、ラウルを「神の使い」と呼び、深く敬愛するようになった。彼らは、ラウルにこれまでの帝国からの略奪の様子や、帝国兵の行動パターンなどを詳しく教えた。それらの情報は、ラウルにとって、帝国の動向を知る貴重な手がかりとなった。
セバスもまた、村人たちと交流し、ラウルの身の回りの世話をしながら、彼を支えた。彼は、ラウルの成長と、彼の心に芽生えた変化を静かに見守っていた。復讐という暗い感情だけでなく、人々を救いたいという光が、ラウルの中に灯り始めていることを。
ラウルは、この村での滞在を通して、自分の「神のごとき魔法」の力を徐々に理解し、制御する方法を学んでいった。それは、単に破壊的な力だけでなく、癒しや創造の力としても使えることに気づいた。そして、それは、かつて女神が言っていた「平和な世界を作る」という使命に繋がるものだと、直感的に理解した。
この小さな村は、ラウルにとって、失われた故郷の代わりとなる、新たな「拠点」となりつつあった。そして、彼はここで、新たな建国の第一歩を踏み出していた。それは、まだ小さな一歩だったが、確かに未来へと続く道だった。