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第四話 流浪の始まりと、新たな誓い

 伯爵の命を懸けた抵抗の音が、遠ざかっていく。ラウル(アルフレッド)は、セバスと共にひたすら馬を走らせた。王都は炎に包まれ、伯爵家もまた帝国に狙われている。振り返ることは、伯爵の犠牲を無駄にすることになる。ラウルは、奥歯を強く噛み締め、前だけを見据えた。


 夜が明け、太陽が東の空に昇り始めた頃、二人は小さな街道から外れ、人里離れた森の中へと入っていった。馬の蹄の音が、土を踏みしめる音に変わる。


「坊ちゃん、一旦ここで馬を休ませましょう。馬も疲れております」


 セバスが、疲労困憊の様子で言った。彼の顔には深い皺が刻まれ、その目は充血していた。ラウルは頷き、馬から降りた。彼自身の体も、まだ万全ではない。伯爵の長男ラウルとしての体は、元々病弱だったのだ。しかし、女神から授かった神のごとき魔法の力が、彼の体を無理やり動かしているような感覚があった。


「セバス、本当に申し訳ありません。私一人であれば、こんな危険な目に遭わせることは……」


 ラウルが言うと、セバスは首を振った。


「とんでもございません、坊ちゃん。私は、伯爵様から坊ちゃんをお守りするよう、命を受けました。それに、坊ちゃんは、伯爵様と、そして亡くなられた国王陛下の希望なのですから」


 セバスの言葉に、ラウルの胸に温かいものが込み上げてきた。この老執事もまた、伯爵家、ひいてはオルド王国に深い忠誠を誓っているのだ。彼もまた、家族を失い、深い悲しみを抱えているはずだ。それなのに、自分を守ろうとしてくれる。


「これからのことですが……。伯爵様は、王都から最も離れた未開の森を目指せと仰せになりました」


 セバスは地図を広げ、指で一点を指し示した。そこは、王国の領土の最北東に位置する、広大な未開の森だ。地図上でもほとんど情報がなく、危険な魔物が多く生息すると言われる場所だ。


「なぜ、そこなのですか?」


 ラウルが尋ねると、セバスは少し考え込むように視線を落とした。


「恐らく、伯爵様は、あそこで何かを見つけようとされたのでしょう。あるいは、希望を。詳しいことは私も知りませんが、かつて、王家には『古の森に、世界の理を司る神の力が眠る』という言い伝えがあったと聞いたことがあります。まさか、それが坊ちゃんの力と関係しているのかは分かりませんが……」


 セバスの言葉に、ラウルの心臓が大きく跳ねた。「世界の理を司る神の力」……。それは、女神が自分に授けた力と、あまりにも符合する。伯爵は、あの未開の森に、何らかの秘密があると知っていたのだろうか。


「分かりました。では、その森を目指しましょう。伯爵の決意を無駄にはできません」


 ラウルは、決意を固めた。未開の森。そこには、復讐のための手がかりが、あるいは、王国再建のための足がかりがあるのかもしれない。


 旅は始まった。ラウルとセバスは、身分を隠し、平民の親子を装って旅を続けた。王都が陥落したという報せは瞬く間に広がり、街道のあちこちには、帝国兵の姿が見受けられた。彼らは、残党狩りのために血眼になってオルド王国の貴族や兵士を探していた。


 何度か、帝国兵に遭遇しそうになることもあったが、ラウルの微かな魔法の感知能力と、セバスの長年の経験による危機察知能力で、なんとかやり過ごすことができた。しかし、食料の調達や宿の確保には苦労した。かつての王宮での贅沢な暮らしとはかけ離れた、厳しい現実がそこにあった。


 ラウルは、この旅を通して、今まで知らなかった世界の側面を知った。貧しい村の暮らし、帝国兵に怯える人々の姿、そして、希望を失わず、それでも日々を懸命に生きようとする人々の強さ。それは、彼が王子の身分では決して知ることのなかった、現実の姿だった。


(この国の人々は、こんなにも苦しんでいるのか……)


 胸が締め付けられる思いだった。自分の身分を明かせば、助けられる命があるかもしれない。しかし、それは同時に、帝国の追っ手を呼び込み、さらなる混乱を招くだけだと、ラウルは冷静に判断した。今は、力を蓄える時だ。


 ある日、二人が野営の準備をしていると、近くの村から子供の泣き声が聞こえてきた。何事かと駆け寄ると、そこには、村人たちが帝国兵に食料や財産を奪われ、打ちひしがれている光景があった。帝国兵たちは、笑いながら村を荒らし、抵抗する者には容赦なく剣を向けていた。


 ラウルの心に、再び怒りがこみ上げてきた。あの時と同じだ。家族を奪われた、あの時の怒り。今も、帝国は無辜の民を苦しめている。


「セバス、手伝いましょう」


 ラウルが言うと、セバスは彼の腕を掴んだ。


「坊ちゃん、危険です!無闇に動けば、正体が露呈してしまいます」


「ですが、見ていられません!このまま見過ごせば、私は父上や兄上たちに顔向けできません!」


 ラウルの目に、強い光が宿っていた。彼はもう、ただの復讐者ではない。この苦しむ人々を、救いたいと強く願っていた。それが、かつての王国の第三王子として、そして今、伯爵家の長男ラウルとして、彼が果たすべき使命だと感じた。


「あの程度の兵士なら、私が相手をすれば何とかなる。セバスは、村人を避難させてください」


 ラウルは、セバスの制止を振り切り、帝国兵の方へと向かった。彼の体からは、微かに神のごとき魔法の力が漏れ出し、周囲の空気が震える。


 村人を守る。それが、彼の新たな誓いとなった。

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