第三十七話 天の試練と、空の理
リアナは、ラウル(アルフレッド)に手を差し伸べたまま、静かに口を開いた。
「貴方の試練は、我々の聖域に隠された『空の理』を理解することです。我々天の民は、空の全てを司る存在。貴方の血脈が、森の理を司るならば、空の理をも理解できるはずです」
リアナの言葉と共に、ラウルの周囲の空気が一変した。聖域全体が光に包まれ、その光は、ラウルの体を天空へと引き上げていくかのように感じられた。彼の意識は、現実から離れ、遥か上空へと上昇していく。
ラウルの目の前には、広大な空が広がっていた。そこには、雲の流れ、風の軌跡、そして、宇宙の彼方から降り注ぐ光の粒子が、まるで生きているかのように見えた。彼は、その全てを、自身の五感で捉えることができた。それは、クリスタル「魔力の中枢」を通じて得た知識を、遥かに凌駕する感覚だった。
「これは……!」
ラウルは、思わず声を漏らした。彼の体は、もはや重力から解放され、空を自由に漂っているかのようだった。
その時、リアナの声が、直接ラウルの意識に響いてきた。
「貴方は、今、空の理の中央にいます。空の理とは、流転であり、変化であり、そして、無限の可能性です。貴方の魔法は、この空の理を理解することで、真の力を発揮するでしょう」
リアナの声は、ラウルの内なる魔力と共鳴し、彼の中に眠っていた「古の血脈」の力を、さらに覚醒させていく。彼の体からは、これまで以上に純粋で、澄み切った魔力が溢れ出し、空と一体になっていくのを感じた。
リアナは、ラウルに、空の魔力の流れを読み取る方法、風を操る術、そして、雲を創造する術を教え始めた。それは、言葉ではなく、直接意識に語りかけるような、感覚的な教えだった。ラウルは、その全てを瞬時に理解し、自身のものとして吸収していく。
彼は、自身の魔力を使って、目の前の雲を思いのままに操った。雲は、彼の意志に応えるかのように、形を変え、色を変え、瞬く間に様々な現象を生み出した。彼は、風のささやきを聞き、雷鳴の轟きを感じ、そして、遥か彼方の星々の光までをも、その目に捉えることができた。
リアナの声は続いた。
「空の理は、また、世界の情報を運びます。遠い地の出来事、人々の想い、そして、未来への予兆。全てが空には記されています。貴方は、その情報を読み解く力を得るでしょう」
ラウルは、リアナの言葉に従い、意識をさらに集中させた。すると、彼の目の前に、無数の光の筋が現れた。それは、世界のあちらこちらで起こっている出来事や、人々の感情、そして、遠い過去から未来へと繋がる、様々な情報の奔流だった。
彼は、その情報の中から、オルド王国の現状、帝国の動向、そして、謎の「闇の眷属」の影を鮮明に捉えることができた。闇の眷属は、世界各地で暗躍し、不穏な動きを見せている。彼らは、ラウルだけでなく、この世界の「古の力」を持つ者たちを狙っているようだった。
そして、ラウルは、驚くべき光景を目にした。彼の故郷であるオルド王国の王都が、帝国の手によって、その姿を大きく変えられている。城は改造され、人々は苦しみに喘いでいる。その光景は、ラウルの胸を締め付けた。
さらに、ラウルは、闇の眷属が、帝国の一部勢力と接触している場面を目撃した。彼らは、何らかの取引を行っており、それは、ラウルが恐れていた通りの、世界を揺るがす計画の一端だった。
「ラウル様、貴方は、その力をどう使いますか?空の理は、全てを映し出します。しかし、それを受け止め、行動するのは、貴方自身です」
リアナの声が、ラウルの意識に問いかけた。
ラウルは、深呼吸をした。彼の心には、復讐の念だけでなく、人々の苦しみを救いたいという強い願いが宿っている。そして、この「空の理」の力は、彼に、その願いを叶えるための、新たな視点と手段を与えてくれた。
「私は、この力で、人々を守り、平和な世界を築きます。そして、闇の眷属の企みを打ち砕き、帝国の支配から人々を解放します!」
ラウルの強い決意が、空の理に響き渡った。彼の言葉は、澄み切った大気に溶け込み、遥か彼方へと伝わっていく。
ラウルが、意識を現実へと戻すと、彼の体は、聖域の祭壇の上に立っていた。リアナが、その隣で静かに微笑んでいる。ラウルの青い瞳は、リアナの瞳のように澄んでおり、その全身からは、以前にも増して、清らかで、しかし強大な魔力が放たれていた。
「貴方は、試練を乗り越えました。貴方は、間違いなく『覚醒者』です。我々天の民は、貴方に協力しましょう」
リアナは、そう言うと、ラウルの手に、空の魔力が宿った小さな羽の護符を握らせた。それは、フィーリアからもらった森の護符とは異なる、軽やかで、しかし確かな温もりを持つものだった。
こうして、ラウルは、天の民の協力と、空の理を操る新たな力を手に入れた。彼の建国の物語は、帝国の脅威と、闇の眷属の暗躍という二つの巨大な壁に立ち向かう、新たな局面を迎える。天空の聖域から、彼は、失われた王国を取り戻し、平和な世界を築くための、次なる一歩を踏み出す。




