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第三話 隠された力と、旅立ちの決意

 伯爵は、自ら馬を操り、ラウル(アルフレッド)を乗せて夜道をひた走った。王都から離れるにつれ、炎の輝きは小さくなり、やがて闇の中に消えた。ラウルの心も、燃え盛る怒りと共に、深い沈黙に包まれていた。かつての王宮での暮らしが、遠い夢のように思える。あの暖かく、何不自由ない日々は、もう二度と戻らない。


 馬の蹄の音が、静かな街道に響く。ラウルの隣で馬を走らせていた老執事のセバスが、心配そうに声をかけてきた。


「坊ちゃん、お体は大丈夫でございますか?まだ完全に回復されたわけではございません」


 ラウルは首を振った。伯爵家の長男としての体は、まだ本調子ではないものの、不思議と痛みが引いていくのを感じる。あの女神が授けた「神のごとき魔法」の力が、彼の体を癒しているのだろうか。


「父上、これからどうするのですか?」


 掠れた声で問いかけると、伯爵は前を向いたまま答えた。


「ひとまず、隣の州にある我が伯爵家の別邸を目指す。そこには、数名の忠実な者が残っている。そこで体制を立て直し、今後のことを考える」


 しかし、別邸に到着する前に、事態は再び急変した。夜明けが近づく頃、前方から複数の騎馬の音が聞こえてきた。伯爵は即座に馬を止め、警戒するようにラウルに告げた。


「ラウル、隠れていろ。もしかしたら、帝国の追っ手かもしれない」


 街道脇の茂みに身を潜めるよう指示し、伯爵は刀に手をかけた。すぐに、数人の兵士らしき集団が姿を現した。彼らが身につけている甲冑には、見慣れない紋章が刻まれている。ラーヴェン帝国の兵士たちだ。


「止まれ!貴様ら、何者だ!」


 帝国の兵士の一人が、伯爵と執事に剣を向けた。


「これはこれは、オルド王国の貴族様ではありませんか。まさか、こんなところでご本人にお会いできるとは」


 兵士の口元に、冷酷な笑みが浮かぶ。彼らは、伯爵家の紋章を知っていたのだ。やはり、伯爵家も既に目をつけられていたのだ。


「残念ながら、貴様らのような残党は、皇帝陛下の御意思に背くもの。ここで大人しく死んでもらうぞ」


 兵士たちが剣を抜き、伯爵たちに襲いかかった。伯爵もセバスも、それぞれが剣を抜き、応戦する。だが、相手は数が多い。次々と繰り出される攻撃に、二人は徐々に追い詰められていく。


 茂みに隠れていたラウルは、その光景をただ見ていることしかできなかった。体が動かないわけではない。だが、何をするべきか、咄嗟に判断できなかったのだ。自分の力は、本当に使えるのだろうか?いや、どうすれば使えるのか?


 その時、一人の兵士が伯爵の隙を突き、背後から剣を振り上げた。


「父上!」


 ラウルは思わず叫んだ。次の瞬間、彼の体内から、何かが噴き出すような感覚があった。と同時に、伯爵に迫っていた兵士の体が、突如として宙に浮き上がり、そのまま街道脇の木に叩きつけられた。


「なっ!?」


 帝国の兵士たちが、驚きに目を見開く。伯爵もまた、何が起こったのか理解できない様子で、呆然と背後を振り返った。そこには、茂みから飛び出したばかりのラウルが立っていた。彼の周囲には、微かに青白い光が揺らめいている。


「魔法……か?いや、この威力は……!」


 兵士の一人が、動揺した声で呟いた。ラウル自身も驚いていた。意識して魔法を使ったわけではない。ただ、父を守りたいと強く願っただけだった。だが、確かに自分の体から、力が放たれたのだ。


「お前たち……国王陛下と王妃、そして兄上たちの仇!」


 怒りが、ラウルの心を支配した。憎しみと悲しみが、彼の中で渦巻く。その感情が、彼の新たな力を引き出すトリガーとなった。彼は、女神から授けられた「神のごとき魔法」の力の一部を、無意識のうちに発動させていたのだ。


 ラウルは両手を広げた。すると、彼の周りの大気が揺らぎ、地面から鋭い岩の槍が突き出した。槍は一瞬にして兵士たちを貫き、彼らを動けなくした。その威力に、残りの兵士たちは恐怖に震え上がった。


「ば、化け物だ!」


 兵士の一人が悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、ラウルはそれを許さない。彼の視線が向けられた途端、その兵士の体が地面に縫い付けられたかのように動かなくなり、やがて全身から氷の結晶が噴き出し、瞬く間に凍りついてしまった。


 その光景に、伯爵とセバスは息を呑んだ。それは、彼らの知るいかなる魔法とも違う、圧倒的な力だった。ラウルは、帝国の兵士たちを睨みつけ、冷たい声で言い放った。


「これ以上、我々の前に現れるな。さもなくば、その命、保障しない」


 その言葉と、ラウルの周囲から放たれる圧倒的な威圧感に、生き残った兵士たちは戦意を喪失し、震えながらその場を逃げ去った。


 嵐が去った後のように、あたりは静寂に包まれた。ラウルは、自分の両手を見つめる。まさか、これほどの力が自分の中に眠っていたとは。これが、女神が授けた「神のごとき魔法」なのか。


「息子よ……お前は、一体……」


 伯爵が、震える声で問いかけてきた。ラウルは、一度は死んだ国王の三男としての身分を明かすべきか、迷った。しかし、今はまだ、その時ではないと感じた。彼は、この体である伯爵家の長男として、新たな道を歩むのだ。


「父上、申し訳ありません。まだ、この力の全てを理解しているわけではありません。ただ……、家族の仇を討ちたいと願った時、この力が溢れ出してきたのです」


 ラウルは、そう答えるしかなかった。伯爵は、まだ困惑の表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「わかった。お前が生き延び、この力を得たのは、天の意思なのだろう。しかし、その力は諸刃の剣だ。帝国は、決してこのことを黙ってはいないだろう」


 伯爵の言葉に、ラウルは力強く頷いた。帝国の追っ手は、必ず来る。そして、王都は既に落ち、伯爵家にも危険が迫っている。別邸に向かっても、もはや安全ではないだろう。


「父上、王都から遠く離れましょう。この力があれば、生きていけます。そしていつか必ず、帝国に復讐し、王国を再建します」


 ラウルの目に、強い決意の光が宿っていた。伯爵は、その眼差しをじっと見つめ、やがて決心したように言った。


「わかった。お前は生きるのだ。我々伯爵家の運命は、お前に託す。私が死力を尽くして、お前が逃げ延びるための時間稼ぎをしよう」


「何を言っているのですか、父上!?」


「私の命など、もはや惜しくはない。お前さえ生きていれば、この国は、必ず再建される。そして、いつか、帝国に報いを受ける日が来るだろう」


 伯爵は、悲しい笑みを浮かべた。ラウルは、言葉を失った。この伯爵もまた、家族を失い、深い悲しみを抱えているのだ。しかし、彼は、このラウルという「息子」に、全ての希望を託そうとしている。


「セバス、頼むぞ。息子を連れて、ここから遠くへ。王都から最も離れた、未開の森を目指せ」


 伯爵は、セバスにそう命じた。セバスもまた、涙を浮かべながら頷いた。


「承知いたしました、伯爵様。この命に代えても、坊ちゃんをお守りいたします」


 伯爵は、ラウルとセバスに背を向け、迫りくる帝国の追っ手の方へと歩き出した。その背中からは、彼に残された命の全てを懸けて、息子を守ろうとする覚悟が伝わってきた。


「父上……」


 ラウルは、心の中で叫んだ。振り返るな。振り返れば、伯爵の犠牲が無駄になる。彼は、セバスと共に馬を走らせた。背後から、再び剣戟の音が聞こえてくる。それは、伯爵が命を賭して戦っている証だった。


「父上……必ず、必ず復讐します。そして、王国を再建してみせます」


 ラウルは、心の中で誓った。愛する者たちの死を乗り越え、彼は今、新たな旅路へと踏み出した。貴族であることを隠し、平民として旅をし、帝国の先にある未開の森を目指す。そこで力を蓄え、いつか帝国を滅ぼすために。彼の孤独な復讐と建国の旅が、今、始まった。

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