第二十九話 束の間の平穏と、新たな門出
伝説の魔獣グリムファングを討伐した後、名もなき開拓地には、ようやく真の平穏が訪れた。グリムファングが貪り食っていた森の魔力は、討伐によって再び森へと還元され、疲弊していた木々や大地は、フィーリアの癒しの力と、ラウル(アルフレッド)の「神のごとき魔法」によって、急速にその活力を取り戻していった。
「森が、再び息吹を取り戻しましたね」
フィーリアが、緑が深まり始めた森を見渡しながら、穏やかな表情で言った。彼女の翠色の瞳は、以前にも増して輝いている。
ラウルは、その言葉に深く頷いた。魔獣との戦いは激しいものだったが、そのおかげで、彼とフィーリア、そして森の繋がりは、より一層強固になった。クリスタル「魔力の中枢」も、これまで以上に安定した魔力を供給している。
「この森は、私たちに多くの試練を与えますが、それ以上に多くの恵みを与えてくれます」
ラウルは、そう言い、集落の方へ目を向けた。住民たちは、魔獣の脅威が去ったことに安堵し、以前よりも活気を取り戻して、建設や日々の労働に励んでいる。子供たちの笑い声が、森の中に響き渡っていた。
セバスは、戦いの後片付けと、集落の運営に奔走していた。
「坊ちゃん、グリムファングの討伐によって、周辺の魔物の活動も落ち着きました。当面は、帝国の脅威に集中できそうですな」
セバスが、ラウルに報告した。彼の顔には、疲労の色はあるが、安堵と、未来への希望が感じられる。
グレン、バルド、リゼルも、防衛隊の訓練を続けながら、集落の巡回を行っていた。彼らは、ラウルの圧倒的な力と、フィーリアの神秘的な存在を間近で目の当たりにし、自分たちの主への信頼をさらに深めていた。
「いやぁ、まさか本当に竜みてえな魔物を倒しちまうとはな。ラウルには、何度驚かされるか分からねえぜ」
グレンが、訓練の合間に、感嘆の息を漏らした。
「でも、その分、ラウル様の負担も大きいわ。私たちがもっと強くなって、ラウル様を支えなきゃ」
リゼルが、真剣な表情で言った。バルドも、無言で力強く頷いた。
ラウルは、この束の間の平穏を利用して、集落のさらなる発展計画に着手した。彼は、クリスタルから得た膨大な知識の中から、都市のインフラ整備、文化施設の建設、そして新たな産業の創出に関する情報を精査していた。
「セバス、この集落に、学問所を建設しましょう。子供たちだけでなく、大人たちも学べる場所を」
ラウルが提案すると、セバスは驚いた顔をした。
「学問所でございますか?まだ、そこまで手が回る段階では……」
「いいえ、必要です。人々が知識を得ることは、この国の未来を築く上で最も重要なことです。そして、将来的に、他の地域から人々を受け入れる際にも、教育の場は不可欠です」
ラウルの目は、既に遥か未来を見据えていた。彼の目指す国は、単に帝国を打倒するだけでなく、文化と知識が栄え、人々が豊かに暮らせる理想郷なのだ。
フィーリアも、ラウルの考えに賛同した。
「ラウル様の目指す道は、古の王家が目指した道と共通しています。知識は、人を強くし、世界を豊かにします」
ラウルは、フィーリアの助言を受け、学問所の設計図を魔法で生成し、建設を指示した。住民たちは、新しい学問所の建設に、期待を胸に建設作業に励んだ。
また、ラウルは、森の豊かな資源を活用し、これまでにない新しい魔道具や、生活用品を開発するための工房の拡張も計画した。フィーリアの植物に関する知識と、ラウルの錬金術の知識が合わさることで、薬学の分野でも目覚ましい進歩を遂げた。
数週間後には、立派な学問所が完成し、子供たちが目を輝かせながら学び始める姿が見られた。集落の技術力は向上し、人々の生活はさらに豊かになっていった。
ラウルは、集落が着実に都市へと成長していく様子を眺めながら、確かな手応えを感じていた。グリムファングとの戦いを乗り越えたことで、彼らの結束は強まり、士気も高まっている。
しかし、彼の心は、決して楽観視しているわけではなかった。
(帝国は、必ずまた来るだろう。そして、今度は、前回以上の、あらゆる手段を講じてくるはずだ)
ラウルは、遠くの森の彼方を見つめた。いつか来る、帝国との最終決戦。その時までに、この名もなき開拓地を、真の王都へと成長させ、そこに暮らす人々を守り抜く。それが、彼に課せられた使命であり、亡き家族への誓いだった。
新たな脅威が迫る中、彼らの建国の物語は、束の間の平穏を終え、さらなる発展と、来るべき戦いへの準備という、新たな門出を迎えることになる。




