第二十七話 グリムファングとの激戦と、森の悲鳴
魔獣グリムファングの咆哮が森に響き渡り、そのどす黒いブレスが放たれた瞬間、ラウル(アルフレッド)は即座に防御魔法を展開した。しかし、その威力は想像を絶するもので、強固な防御魔法ですら、ひび割れを生じさせるほどだった。
「ラウル様、下がってください!」
グレンが叫び、バルドは巨大な斧を構え、魔獣に突進しようとした。しかし、フィーリアがそれを制した。
「いけません!その魔獣は、生半可な攻撃では通用しません。周囲の魔力を吸収し、再生する力を持っています!」
フィーリアの言葉通り、グリムファングの傷は、瞬く間に再生していく。その巨体から放たれる圧倒的な魔力と、古代の存在からくる威圧感は、彼らを戦慄させた。
「フィーリア、何か弱点はありませんか?」
ラウルが尋ねると、フィーリアは苦悶の表情で答えた。
「魔獣の弱点は、その核となる『魔力の心臓』です。しかし、それは非常に奥深く、強固な殻に守られています。それに、グリムファングは、森の魔力を貪り食らい、成長する度にその力を増していきます。このままでは、森が滅ぼされてしまう……」
フィーリアの翠色の瞳から、涙がこぼれ落ちた。彼女は、森の悲鳴を感じ取っていたのだ。森の木々が枯れ始め、動物たちが苦しそうに鳴いているのが、ラウルにも伝わってくる。
「セバス、グレン、バルド、リゼル!住民たちを安全なシェルターに誘導し、決して外に出ないように!」
ラウルは、仲間たちに指示を出した。彼らでは、この魔獣と正面から戦うことは不可能だ。住民たちを守ることが最優先だった。
「坊ちゃん、あなた様は……!?」
セバスが、心配そうにラウルを見つめた。
「私は、フィーリアと共に、この魔獣を食い止めます。この森を、この集落を、そして人々を守るために!」
ラウルの目は、決意に満ちていた。彼は、この魔獣を倒さなければ、すべてが無意味になることを理解していた。
「私たちも、残ります!」
グレンが、剣を構えながら言った。バルドも、無言でラウルの隣に立つ。リゼルも、弓を構え、いつでも援護できる態勢を取った。彼らは、ラウルを見捨てることはできなかった。
「ありがとう、皆さん。ですが、私の指示に従ってください。皆さんの力が必要になった時は、必ず呼びます!」
ラウルは、彼らに強い意志を伝えた。その言葉に、仲間たちは渋々ながらも頷き、住民たちの誘導に向かった。
ラウルは、フィーリアと向き合った。
「フィーリア。森の魔力を、私に集中させてください。全てです。そして、魔力の心臓の場所を、私に教えてください」
ラウルは、決死の覚悟を固めていた。グリムファングの魔力の心臓を破壊する。それが、この魔獣を倒す唯一の道だ。
フィーリアは、悲しげな表情で頷いた。彼女は、ラウルの手を取り、その掌に、森の根源的な魔力を流し込んだ。フィーリアの体が、微かに光を放ち、その魔力がラウルへと注ぎ込まれていく。クリスタル「魔力の中枢」もまた、ラウルに応えるかのように、激しく脈動し、無限の魔力を供給し始めた。
ラウルの体内を、膨大な魔力が駆け巡る。それは、彼がこれまで感じたことのない、圧倒的な力だった。彼の翠色の瞳は、森の魔力と共鳴し、深く輝き始めた。
「森よ……私に、その力を……!」
ラウルは、グリムファングに向かって、大地を操る魔法を発動した。地面が大きく隆起し、巨大な岩石が魔獣の巨体にぶつかる。しかし、グリムファングは、びくともしない。その巨体からは、再びどす黒いブレスが放たれた。
ラウルは、そのブレスを避けながら、森の魔力を利用し、無数の蔦を生成してグリムファングを拘束しようとした。しかし、魔獣の圧倒的な力に、蔦は瞬く間に引き裂かれてしまう。
「魔力の心臓は……その巨体の中心部、胸のあたりです!」
フィーリアが、苦しそうに叫んだ。彼女は、森がグリムファングに貪られている痛みを、直接感じ取っていたのだ。
ラウルは、グリムファングの魔力の心臓を狙い、強力な貫通魔法を放った。しかし、その魔法は、魔獣の硬質な鱗に阻まれ、深手を与えることはできない。
グリムファングは、さらに力を増していく。その体からは、黒いオーラが立ち上り、周囲の木々を枯らしていく。森の悲鳴が、ラウルの心に直接響いてくる。
(このままでは、森が……!皆が……!)
その時、ラウルの脳裏に、かつて女神から与えられた「神のごとき魔法」の真髄がよぎった。それは、ただの破壊の魔法ではない。創造の魔法であり、世界の理を司る魔法だ。
「フィーリア、もう一度!全ての力を私に!」
ラウルは、フィーリアに懇願した。彼の体からは、これまでにないほどの、強大な魔力が噴き出し始めた。彼の意識は、クリスタルと森と一体となり、世界の根源に触れるかのような感覚に陥った。
「来い、グリムファング……!」
ラウルは、自身の全てを賭けて、伝説の魔獣に立ち向かおうとしていた。森の運命、そして新たな王国の未来を背負い、彼は、今、まさに、真の力を解き放とうとしていたのだ。




