第二十二話 帝国軍の侵攻と、森の反撃
森の奥深く、名もなき開拓地の前線。ラウル(アルフレッド)は、フィーリア、セバス、グレン、バルド、リゼルと共に、帝国軍の侵攻に備えていた。数百、いや千を超える兵士たちの足音が、地響きのように森に響き渡り、いよいよその姿を現し始めた。
帝国の兵士たちは、整然とした隊列を組み、重厚な鎧を纏い、剣や槍を携えている。その先頭には、巨大な魔道具を積んだ兵器部隊と、高位の魔術師たちが控えていた。彼らの士気は高く、この森の異常な静けさや、強力な結界の存在にも臆することなく、進軍を続けていた。
「あれが、帝国の戦力か……」
グレンが、その圧倒的な軍勢に息を呑んだ。彼らの冒険者としての経験から見ても、これほどの規模の軍隊と相対するのは初めてだった。
「警戒を怠るな。彼らは、ただの偵察隊ではない」
ラウルは、冷静に指示を出した。彼の目は、帝国軍の指揮官と、その周囲にいる強力な魔術師たちを捉えていた。フィーリアが言っていた「非常に強力な、人の魔力」を持つ者たちだ。
帝国軍の指揮官は、前方に広がる森の異様な静けさに眉をひそめていた。彼の名はゼノン。ラーヴェン帝国が誇る、戦略と魔術に長けた将軍の一人だった。
「やはり、ここには何らかの隠された秘密がある。あの結界は尋常ではない。魔術師隊、全力で結界を解析し、突破せよ!」
ゼノンの命令が響くと、帝国の魔術師たちが一斉に魔法陣を展開した。様々な属性の攻撃魔法が、ラウルたちの結界に向かって放たれる。火炎、氷塊、風の刃。それらの魔法が、見えない結界の表面にぶつかり、閃光を放った。
「結界が揺れています、坊ちゃん!」
セバスが、結界に流れる魔力の乱れを感じ取り、焦りの声を上げた。
「フィーリア、森の魔力を集めてください!クリスタルも最大限に活性化させます!」
ラウルは、フィーリアに指示を出し、自身もクリスタル「魔力の中枢」に意識を集中させた。クリスタルは、ラウルの意志に応えるかのように、激しい光を放ち、森全体から魔力を吸い上げ始めた。フィーリアの翠色の髪が、その魔力の奔流に揺らめく。彼女は目を閉じ、森と一体となるように集中していた。
「森よ、今こそ、その力を示せ!」
ラウルが叫ぶと、彼の体が光り輝いた。そして、森全体が、彼に応えるかのように、大きくざわめき始めた。
帝国の魔術師たちが放つ魔法が結界に次々とぶつかり、結界は徐々にその輝きを失っていく。しかし、その結界が完全に破られる直前、森は驚くべき反撃を開始した。
まず、地面が激しく揺れ、帝国軍の足元から、巨大な木の根がまるで生き物のように隆起し始めた。木の根は、兵士たちの足を絡め取り、動きを封じる。
「な、なんだこれは!?地面から木が!?」
兵士たちが混乱する中、森の奥からは、無数の蔦や蔓が襲いかかった。それらは、兵士たちを縛り上げ、身動きを封じるだけでなく、重厚な魔道具兵器にも絡みつき、その機能を停止させていく。
「ちぃっ!ただの森ではないな!これは、何者かの魔術によるものか!」
ゼノン将軍は、状況の異変に気づき、舌打ちをした。
その時、森全体が大きく息を吸い込むような音がしたかと思うと、上空から、無数の光の矢が降り注いだ。それは、森の木々が放つ魔力によって生成された、純粋なエネルギーの矢だった。矢は、帝国の兵士たちを容赦なく貫き、彼らを戦闘不能に追い込んでいく。
「ぐああああっ!」
悲鳴が上がる。帝国軍の隊列は、森からの予期せぬ攻撃によって、瞬く間に崩壊し始めた。
「フィーリア、素晴らしい!」
ラウルは、フィーリアの力に感嘆した。彼女とクリスタル、そして森の力を融合させることで、これほど広範囲かつ強力な魔法を発動できるとは。
しかし、ゼノン将軍は、この状況でも冷静さを失っていなかった。彼は、自身の魔力を最大限に高めると、天に向かって咆哮した。
「全魔力を解放せよ!この森を焼き尽くす!」
ゼノン将軍の指揮の下、帝国の魔術師たちが、森全体を覆い尽くすかのような大規模な火炎魔法を放った。燃え盛る炎の波が、森の木々を飲み込み、ラウルたちの結界へと迫ってくる。
「坊ちゃん、これは危険です!森全体が燃えてしまいます!」
セバスが、焦りの声を上げた。森が燃えれば、彼らの拠点も、そして森の住民も危機に晒される。
ラウルは、炎の波が迫る光景を睨みつけた。そして、フィーリアと視線を交わした。
「森よ、その力を、今一度示せ!」
ラウルは、フィーリアと共に、クリスタルの魔力を引き出し、森全体から水を吸い上げ始めた。乾いた大地の奥底から、水脈が活性化し、巨大な水柱となって立ち上る。そして、その水柱が、燃え盛る炎の波に向かって、一斉に降り注いだ。
ゴオオオオオオッ!
水と炎がぶつかり合い、巨大な水蒸気が立ち上った。あたりは一瞬にして霧に包まれ、視界が遮られる。
「な、なんだ!?何が起こった!?」
帝国軍の兵士たちが、突然の状況に混乱する。
ラウルは、この機を逃さなかった。彼は、霧の中で、グレン、バルド、リゼルに最後の指示を出した。
「今です!幻影魔法を総動員し、彼らの退路を断ち、混乱を極めさせろ!」
ラウルが再び幻影魔法を発動させると、霧の中に、巨大な魔物の影が次々と現れた。それらは、咆哮を上げ、帝国軍の兵士たちを追い詰めていく。
「くそっ!こんな森、二度と来るか!」
帝国軍は、もはや戦意を完全に喪失していた。ゼノン将軍も、この異常な状況に撤退を決意するしかなかった。彼は、この森の奥に、想像を絶する何かが潜んでいることを悟った。
帝国軍は、多くの損害を出しながら、森から撤退していった。森は、再び静けさを取り戻し、水蒸気が晴れると、炎の被害は最小限に抑えられていた。
ラウルたちは、その場に立ち尽くし、勝利の余韻に浸っていた。彼らは、帝国の本格的な侵攻を、この森の力と、自分たちの連携で退けることができたのだ。
しかし、ラウルの顔には、満足の表情だけではなかった。
(ゼノン将軍……。あの魔術師は、ただ者ではない。必ず、また来るだろう。だが、その時は、こちらもさらに力をつけて迎え撃つ)
ラウルの目は、未来を見据えていた。この森の奥地で、新たな王国の基盤は、さらに強固なものとなるだろう。そして、いずれ、帝国との全面対決の時が来る。




