第十七話 謎の女性と、森の異変
帝国の偵察隊を幻影魔法で追い払ってから、数週間が経過した。名もなき開拓地では、その間にも着々と建設が進められ、防御壁は着実に高さを増し、魔法による防衛システムも強化されていた。人々は、束の間の平和を享受しながらも、来るべき脅威に備え、一層の努力を続けていた。
ラウル(アルフレッド)は、クリスタル「魔力の中枢」の力を最大限に活用し、新たな魔法の研究と、資源の効率的な利用法を模索していた。彼の目標は、ただの集落ではなく、帝国にも対抗しうる、高度な文明を持った都市を築き上げることだ。
「坊ちゃん、防衛壁は予定よりも早く完成しそうですな」
セバスが、完成に近づく防御壁を見上げながら、満足そうに言った。ラウルの魔法と、人々の協力によって、驚くべき速度で建設は進んでいた。
「ええ。ですが、安心はできません。帝国は、必ずや、この森の異常に気づくでしょう」
ラウルは、帝国がこの森の不自然な静寂と、強力な結界の存在を不審に思い、再び調査に乗り出すことを予測していた。
その頃、リゼルは、新たな防衛線となる外周の探索を行っていた。彼女は、ラウルの指示で、より広範囲に結界を張るための適切な地点を探していたのだ。その最中、彼女は再び、あの日の髪飾りを思い出した。どこかで見覚えがあるような、とラウルが呟いたあの言葉が、なぜか頭から離れなかった。
(まさか、こんな森の奥に、人の気配なんて……)
そう思いながらも、リゼルは、髪飾りを見つけた場所の周辺を、さらに慎重に探索してみた。すると、微かな、しかし確実に人の魔力を感じ取った。それは、この集落の住民たちの魔力とは異なる、どこか神秘的な気配だった。
「誰か、いる……?」
リゼルが、弓を構え、警戒しながら気配のする方へと近づいていく。そして、彼女の視線の先に現れたのは、信じられない光景だった。
そこには、森の奥深くにある、小さな泉のほとりで、一人の女性が佇んでいた。彼女は、森の植物と同じ色の緑色のローブを身につけ、その顔はフードで深く覆われているため見えない。しかし、彼女の周囲には、森の草木がまるで彼女を守るかのように、生き生きと茂り、小鳥たちが彼女の肩にとまっている。その存在は、まるで森の精霊のようだった。
リゼルは、息を潜めて、その女性を観察した。彼女は、泉の水をすくい、静かに口元へ運ぶ。その動きは、どこか優雅で、この森の過酷さとはかけ離れていた。
その時、女性が不意に顔を上げた。フードの隙間から見えたのは、透き通るような白い肌と、吸い込まれるような深い翠色の瞳。そして、その瞳は、まっすぐにリゼルの隠れている場所を捉えていた。
「そこにいるのは、貴方でしょう?なぜ、隠れていらっしゃるのですか?」
静かで、しかし凛とした声が、森に響いた。その声には、一切の敵意が含まれていない。リゼルは、驚きと共に、思わず隠れていた場所から姿を現した。
「あなたは……一体、何者ですか?こんな森の奥で……」
リゼルが問いかけると、女性はゆっくりと微笑んだ。その顔は、息をのむほどに美しかった。そして、その髪には、リゼルが森で見つけたあの銀色の髪飾りが、違和感なく収まっていた。
「私の名は、フィーリア。この森の、一部のようなものです」
フィーリアと名乗る女性は、そう答えた。彼女の言葉は、まるで詩を詠むかのようで、神秘的な響きを持っていた。
リゼルは、フィーリアの存在に、ただならぬものを感じた。彼女は、この森の精霊のような存在なのか。それとも、古の文明に関わる者なのか。
その日の午後、リゼルはラウルにフィーリアのことを報告した。ラウルは、その話を聞いて、目を見開いた。
「翠色の瞳に、銀の髪飾り……」
ラウルは、以前リゼルが持ってきた髪飾りと、セバスから聞いた『古の森に、世界の理を司る神の力が眠る』という言い伝えを思い出した。そして、クリスタルから得た知識の中にも、森の奥深くで自然と共に生きる、古の種族に関する記述があったことを思い出した。
「セバス、グレン、バルド、そしてリゼル。私と一緒に、その女性に会いに行きましょう。彼女が何者であろうと、この森の奥で、私たち以外に人がいるというのは、尋常なことではありません」
ラウルは、どこか高揚した表情で言った。もしかしたら、このフィーリアと名乗る女性が、この森の秘密、あるいはクリスタルとの関連性について、何か知っているかもしれない。
その夜、森はいつもと違う様相を見せていた。かすかな風が、どこからか不思議な歌声のようなものを運んでくる。それは、美しくも、どこか寂しげな調べだった。そして、森の木々が、微かに揺らめき、まるで生きているかのように、光を放ち始めた。
この森で、新たな出会いが、そして、新たな謎が、ラウルたちを待ち受けている。彼の建国の物語は、単なる復讐と開拓だけでなく、この世界の真実に迫る、壮大な冒険へとその歩みを進めていくことになるだろう。




