第十五話 新たな住民と、帝国の偵察
名もなき開拓地は、ラウル(アルフレッド)と、希望を胸に集まった難民たちの手によって、目覚ましい発展を遂げていた。ラウルの「神のごとき魔法」は、建設の速度を飛躍的に高め、クリスタル「魔力の中枢」から得た知識は、彼らを高度な技術へと導いた。
開拓地の中心には、石造りの堅牢な建物が次々と建てられ、居住区は整理され、農地は広がり続けていた。水路は整備され、清らかな水が集落内を巡る。人々は、自分たちの手で未来を築いているという実感を持ち、活気に満ち溢れていた。
「坊ちゃん、食料の備蓄も順調です。この冬も乗り越えられそうですな」
セバスが、食料庫の確認を終えてラウルに報告した。彼の顔には、疲労はあるものの、充実した日々を送っている喜びが浮かんでいた。
「素晴らしい、セバス。これで、当面の不安は解消されました。次は、防衛施設の強化に取りかかります」
ラウルは、集落の拡大に合わせて、防衛計画を練っていた。クリスタルから得た知識の中には、古代の強固な防御壁や、魔法による自動防衛システムの構築方法も含まれていた。彼は、それらの技術を応用し、集落を強固な要塞へと変貌させようとしていた。
グレン、バルド、リゼルは、集落の防衛隊の訓練に当たっていた。元兵士の難民たちに、ラウルから教えられた戦術や、魔法との連携方法を指導する。彼ら自身も、ラウルの魔法による強化と、日々の実践によって、その戦闘能力はさらに磨きがかかっていた。
「おい、新入りども!もっと気合を入れろ!こんなんで帝国兵と戦えるか!」
グレンの怒鳴り声が、訓練場に響き渡る。彼の指導は厳しかったが、その根底には、仲間を守りたいという強い思いがあった。
そんなある日、集落の周辺を探索していたリゼルが、慌ただしく拠点へと戻ってきた。その表情は、普段の冷静な彼女からは想像できないほど、焦りの色を浮かべていた。
「ラウル様、セバス!帝国兵です!偵察隊が、この森の入り口付近まで来ています!」
リゼルの報告に、ラウルたちの顔色が変わった。ついに来たか、と。これまでも、集落の結界によって、魔物や小さな偵察兵を寄せ付けなかったが、本格的な偵察隊となると話は別だ。
「セバス、住民たちをシェルターに避難させてください。グレン、バルド、防衛隊を招集し、各持ち場につかせろ!リゼルは、引き続き敵の動向を監視する」
ラウルは、冷静かつ的確に指示を出した。彼の表情からは、一切の動揺が見られない。この日のために、彼らは準備を重ねてきたのだ。
人々は、ラウルの指示に従い、慌てることなくシェルターへと向かった。彼らは、ラウルが必ず自分たちを守ってくれると信じていた。
ラウルは、セバスと共に、集落の結界の状況を確認した。結界は、帝国兵の探知魔法や、物理的な侵入を完璧に遮断していた。だが、相手も精鋭の偵察隊だ。いずれ、結界の存在に気づき、何らかの行動を起こすだろう。
森の入り口付近では、ラーヴェン帝国の偵察隊が、慎重に森の奥を探索していた。彼らの隊長は、鋭い眼光を持つベテランの魔術師だった。
「隊長、この森の奥から、微かな魔力を感じます。しかし、結界が張られているようで、正確な位置を特定できません」
部下の一人が、困惑した様子で報告した。
「結界だと?この未開の森に、誰がそんなものを張ったというのだ……」
隊長は、訝しげに呟いた。彼は、この森の奥に、何か特別なものがあることを直感的に察知していた。
「しかし、その結界は、尋常なものではありません。私どもの探知魔法では、全く突破できません」
「ふむ……。いずれにせよ、ここに何かがあるのは確かなようだ。報告を上げて、本隊の到着を待つ。深追いはするな」
隊長は、慎重に指示を出した。彼らは、ラウルたちの存在そのものには気づいていないが、この森に張られた強力な結界の存在によって、ただの未開の森ではないことを察知したのだ。
ラウルは、偵察隊の動きを感知し、次の行動を予測していた。彼らが本隊を呼ぶ前に、何らかの手を打つ必要がある。しかし、帝国兵と真正面から戦うのは、まだ時期尚早だ。集落の防衛力は向上しているとはいえ、帝国本隊と戦うには、まだ発展途上だった。
(どうする……。彼らを追い払うだけでは、いずれまた来るだろう)
ラウルの脳裏に、クリスタルから得た知識が巡る。古代文明には、敵を欺き、混乱させるための魔法も存在した。
ラウルは、森の奥深くで、静かに魔力を練り始めた。彼の顔には、この状況を打開するための、確固たる決意が宿っていた。名もなき開拓地は、帝国という巨大な脅威に、初めて直面する。この試練を乗り越え、彼らはさらに強固な絆で結ばれ、真の都市へと成長していくことだろう。そして、この場所が、やがて帝国の喉元に突きつけられる刃となる日も、そう遠くはない。




