第十四話 名もなき開拓地と、忍び寄る影
ラウル(アルフレッド)とセバス、そしてグレン、バルド、リゼルの五人は、新たに加わった難民たちと共に、森の奥深くで「名もなき開拓地」の建設に邁進していた。集落は日ごとに活気を帯び、かつての絶望に打ちひしがれていた人々の顔にも、確かな希望の光が宿り始めていた。
ラウルは、集落の建設と運営の指揮を執る傍ら、クリスタル「魔力の中枢」を通じて、さらなる知識の習得を続けていた。彼の脳内には、都市計画の具体的な青写真が、細部まで鮮明に描かれている。
「セバス、集落の北側に、さらに区画を広げます。そこを、農地として整備しましょう」
ラウルが指示すると、セバスは即座に手配した。彼の指揮の下、人々は効率的に動き、開拓は順調に進む。ラウルの魔法は、広大な土地を瞬く間に肥沃な農地へと変え、水路を整備し、植えられた作物は驚くほどの速さで成長していった。
グレン、バルド、リゼルは、集落の周囲の警戒と、新たな資源の探索を続けていた。彼らは、ラウルの指示で、集落の防衛力を高めるための資材、特に堅牢な石材や特殊な樹木を探していた。
「おい、これだけ広げちまうと、警戒も大変になるな」
グレンが、新たに開拓された農地を見渡しながら呟いた。これまでの集落とは比べ物にならないほど、その規模は拡大していた。
「しかし、これも必要不可欠です。都市が大きくなれば、より多くの食料と、より強固な防衛が必要になりますから」
リゼルが冷静に答える。彼女は、弓の腕だけでなく、戦略的な思考力も持ち合わせていた。
ある日、リゼルが森の奥深くを探索していた時だった。彼女は、森の獣道を辿る中で、偶然、奇妙なものを発見した。それは、地面に突き刺さった、古びた銀色の髪飾りだった。繊細な細工が施されており、女性が身につけるものだ。しかし、この森の奥で、こんなものが落ちているのは不自然だった。周囲には、人の気配も、魔物の痕跡もない。
リゼルは、その髪飾りを手に取った。冷たい感触が、彼女の指先に伝わる。
(こんな森の奥で、誰がこんなものを……)
彼女は首を傾げた。王国の貴族が使うような上質な品ではないが、平民にしてはあまりに凝った作りだ。一体、誰が、なぜこんな場所で落としたのだろうか。リゼルは、漠然とした違和感を覚えながらも、その髪飾りを懐にしまった。
その日の夜、リゼルはラウルに髪飾りのことを報告した。ラウルは、その髪飾りを手に取ると、眉をひそめた。
「これは……どこかで見覚えがあるような気がしますが……」
ラウルは、クリスタルから得た膨大な知識の中に、この髪飾りに似た意匠があったような気がした。しかし、具体的な記憶としては結びつかない。
「持ち主が、この森の中にいるのかもしれないな」
グレンが言った。バルドは無言で、森の奥深くを睨むような視線を送った。
「そうかもしれません。ですが、この森は危険です。不用意に深追いはできません」
ラウルは、一旦は髪飾りのことを棚上げにした。今は、集落の建設と防衛体制の強化が最優先だ。しかし、彼の心の片隅には、この髪飾りと、その持ち主への漠然とした興味が残った。
その頃、ラーヴェン帝国では、オルド王国を完全に制圧した皇帝が、さらなる領土拡大の野心を燃やしていた。そして、王都を陥落させた際に得た情報の中に、「国王の第三王子が、馬車の事故で死亡したものの、その遺体が確認できない」という奇妙な報告があったことを思い出した。
「三男のアルフレッドか……。あの若造に、何か秘密があったのか?」
皇帝は、冷徹な目で報告書を睨んだ。同時に、オルド王国に残った忠誠心の高い貴族たちが、密かに抵抗を続けているという情報も入っていた。特に、とある伯爵が、帝国への服従を拒み、未だ抵抗を続けているという報告が、皇帝の耳に届いた。
「この件、徹底的に調査しろ。特に、あの伯爵家の動向を注視するのだ」
皇帝は、配下の者に命じた。未開の森の中に、何らかの動きがあるというかすかな情報も、彼らの耳には届き始めていた。それは、まだ小さな影に過ぎなかったが、帝国の巨大な権力にとって、無視できない不穏な兆候となりつつあった。
森の奥深くで、静かに育つ新生の集落。そして、その存在を、帝国が少しずつ、しかし確実に察知し始めている。ラウルの建国の物語は、単なる内政だけに留まらない。やがて、帝国の巨大な壁と、正面から対峙する時が来るだろう。その戦いの序章が、今、静かに、しかし確実に動き始めていた。




