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結婚しているのに愛する人と文通するのはアリですか?

作者: 満原こもじ

「奥様、お手紙です」

「あら、ありがとう」


 侍女のベティから手紙を手渡されます。

 うふふ、やはり愛するあの方からの手紙ですね。

 嬉しいわ。

 この頃わたくしはずっと離邸で休んでいますから、手紙がほぼ唯一の楽しみなのです。


 ベティが心配そうに言います。


「……奥様。やはりこのようなことはよろしくないのでは? 旦那様を刺激してしまう可能性があります」

「不自然ではありますわね。でも夫のせいなんですから仕方ないですわ」

「はあ……もう少し旦那様が落ち着いて構えておられる方であったら」

「気が高ぶるとどんな行動に出るかわかりませんものね」


 愛するあの方とは手紙だけのやり取りになってしまいました。

 結婚したから。

 しばらくあの方の顔も見ていませんね。


「寂しいのですから、手紙のやり取りくらいはいいではありませんか」

「でも……本来はおかしいと思います。奥様のお気持ちだって重要ではありませんか」

「夫の性格のことがありますからね。全て夫が情熱的過ぎるのがよろしくないのです。よく言えば、ですけれども」


 理解はできるのでしょう。

 ベティも頷きます。

 おかしな関係であることは、わたくしも重々承知でありますよ。


「せめてお返事は大人しい内容にしてくださいませ。ところで今回は何と書いてあるのです?」

「あら、気になるの?」

「お手紙の是非はさておき、恋愛模様は心の潤いですから」


 思わず苦笑です。

 ベティの立場上おかしい手紙のやり取りだとは考えているけれども、内容には興味があるということのようです。

 これもある意味公私混同をしていないということなのでしょうか?


「ええと、時候の挨拶から入って、お身体にはくれぐれも気をつけてくださいと」

「当然ですね」


 わたくしのお腹の中には、新しい命が宿っていますから。

 これのせいで愛するあの方に会えなくなってしまったのですが。

 愛しい赤ちゃん。

 でもちょっぴり恨めしい。


「郊外の森のキンモクセイが見頃なのですって」

「ああ、いいですねえ。シーズンは匂いが素敵ですよね」

「わたくしも見たいですわ」

「今年は我慢なさいませ。郊外まで足を延ばすと疲れてしまいますよ。それに時折風が冷たくもなっていますし」


 もちろんわかっていますわ。

 お腹の赤ちゃんが大事だから養生していろなんてことは。

 ただ言ってみただけですわ。


「あら、スイーツの新店がオープンするんですって?」

「らしいですね。ある宮廷料理人が引退して開店するとかで、話題になっていましたわ」

「お店に行きたいわ」

「今はムリですって。御自愛なさいませ」


 大分悪阻も治まってきました。

 少しなら食べられると思うのですけれど。

 我が儘だとは理解しています。

 でも家に押し込められていると鬱屈するのです。


 ああ、面白くないです。

 結婚して子供を授かりました。

 それだけなら順調な毎日のように聞こえます。

 事実おめでとうと毎日のように言われます。


 でも愛しいあの方と切り離されてしまいました。

 これが幸せと言えるでしょうか?

 出かけられないのが面白くないのではありません。

 愛するあの方に会えないのがつらいのです。


「……最後にもう一度書かれておりますわ。お身体にはくれぐれも気をつけてくださいと」

「当然ですよ。大事なお身体ですから」


 身体が大事。

 優しい言葉ですね。

 もちろんわかっておりますとも。

 でも心だって大事だと思いますの。


 ああ、気持ちがくさくさします。

 愛するあなたに会いたい。

 あの方だって私と会いたいに決まっているのに。

 そうすれば全てが解決するのに……。


「お返事、お書きしますか?」

「……そうね」


 今返事を書いても、恨み言になってしまうでしょうか?

 いえいえ、いけませんね。

 努めて平静を装った内容にしないと。

 あの方も心配するに違いありませんから。


「……様子はどうかしら?」


 愛するあの方のことだとは察してくれるでしょう。

 手紙を仲介しているベティは、あの方をしょっちゅう見ているはずですから。

 ベティが羨ましいです。


「やはり奥様に会いたいようなんですよ。ダメだと言っておりますのに」

「……」


 やっぱり。

 あの方もわたくしと気持ちを共有しているんですね。

 そう考えるとちょっとだけほっこりします。

 愛するあの方の顔を、一目見たいですねえ。

 あの方だって絶対そう思っているはず。


「ソフィア!」


 ノックもせずに部屋が開けられました。

 血走った目の男、わたくしの夫マルコムです。

 そして今の状況の全ての元凶。


 ベティが咬みつきます。


「旦那様! 淑女の部屋にいきなり入るなと、常々申し上げているではありませんか!」

「す、すまん。ソフィアへの気持ちが溢れてしまってな。手紙だけでは満足できなくなってしまったのだ」


 わたくしもです。

 久しぶりに顔を見ることができました。

 涙がこぼれてきてしまいます。

 マルコムはわたくしの愛するただ一人の人だからです。


「あなた。落ち着きなさいませ」

「ソフィアこそどうした。泣いているのではないか?」

「やはり手紙は旦那様を刺激してしまいますか。お子様のお身体に障りますので、奥様に会うのは厳禁という話だったでしょう? お忘れになりましたか」

「い、いや、そろそろ安定期だからある程度は構わないだろうという、医師と産婆の見立てがあるのだ。うん」


 ばつの悪そうな夫マルコム。

 うふふ、わたくしに会わせろと、お医者さんや産婆さんに詰め寄ったのでしょうね。

 マルコムは圧が強いですから、お医者さんや産婆さんも許さざるを得なかったのでしょう。

 いえ、わたくしの悪阻も大分収まってきてはいるんですよ。


「ソフィアにキンモクセイの枝を持ってきたのだ!」

「わあ、こんなに? ありがとうございます!」

「旦那様っ! 刺激が強過ぎますっ! 一枝だけ飾らせていただきますね」

「う、うむ」


 ベティは強いですね。

 とてもわたくしのことを大事にしてくれますから。

 確かにキンモクセイの香りは強いですけれど、もう気持ち悪くなったりはしないと思いますよ。 


 マルコムは愛情表現がオーバーなのです。

 わたくしの妊娠がハッキリして躍り上がって喜んだのはよろしいでしょう。

 その後わたくしをお姫様抱っこして駆け出し、転んでケガをしたという出来事がありまして。


 いえ、ケガは大したことはなかったのですけれど、マルコムはお医者様とベティから大目玉を食いました。

 赤ちゃんが流れたらどうする気だと。

 接近まかりならんと。


 それからマルコムとわたくしは引き離されてしまったのです。

 手紙だけのやり取りになって。

 とても寂しかったのです。

 今日は愛する夫の顔を見られてよかったです。


 ベティが言います。


「医師と産婆の許可が出たなら、面会は解禁いたしましょう」

「やったっ!」

「お触りはまだダメですよ」


 そんな絶望的な顔をしなくても。

 わたくしは愛するあなたの顔を見られただけでも嬉しいのです。


「……ちょっとハグするだけでもダメか?」

「……奥様も期待していますしね。ちょっとだけですよ?」

「ソフィア!」

「旦那様ブレイクブレイク!」


 ああ、でも久しぶりに強く抱きしめてもらえました。

 心が満足しているのがわかります。


「はあ、ありがとうございます」

「オレは満足できんのだが」

「旦那様が満足するまで奥様を抱きしめていたら生命の危機なのだと、何度申し上げたらわかるのですかっ!」


 ベティの雷はきついですね。

 夫が首を竦めていますよ。

 でも事実でもあるのです。

 全てわたくしと赤ちゃんの身を案じてのことですものね。


「ソフィア。話題の新店のスイーツを購入してきたのだが、食べられるか?」

「はい、少しだけなら」

「用意いたしましょうね」


 ベティが下がっていくと、マルコムがもう一度抱きしめてくれます。


「すまんな。オレにはソフィアが必要で」

「わたくしもあなたに会えなくて寂しかったのです」

「おおソフィア……いかんいかん、自重せねば」


 うふふ、わたくしは十分満たされました。

 今日はいい日ですね。


「お待たせいたしました。おや、空気が甘いですね」

「キンモクセイのせいかしら?」

「スイーツの香りもあるな」


 アハハウフフと三人で笑い合います。


「では今後、食事等では奥様と顔合わせすることができるよう、調整いたします」

「ようやくか。長く苦しい日々だった」

「何を仰っているのです。奥様のお身体最優先には変わりませんからね。旦那様は程度をわきまえてくださいませ。でなくば再び接近禁止令を出しますからね」

「お、おう」


 おなかの赤ちゃんに語りかけます。

 あなたには皆が注意を払ってくれているのです。

 幸せの中で生まれてくるんですよ、と。

 最近の子は文通を知らないらしいのですよ。

 文通という言葉が通じなかった時の衝撃たるや。

 そう言えば交換日記? 何それ? って言われたこともありますね。

 ラブラブを文章にして送りつけ合うことだよ(笑)。


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