竜を殺す“物”
悍ましき竜よ!その悍ましく美しい姿をこの世に顕したまえ。
王
ただ一人深山を上る
黄金に輝く剣と深い黒に沈む盾を持って
案内も受けずただ一人で山頂に向かう
山頂に“それ”はあった
人に有らざる物
神に見捨てられたもの
美しきもの
悍ましきもの
片目を開けて王を観る
だかその瞳は既に何も観ては居なかった
「王よ」
それは問うた
「何故に我の前に立つ」
王はそれの瞳に自分の影を映しつつ
答えた
「国のため、民のため、人のために御身の前に」
「笑止」
それは言い放つ
「己の欲と憎悪のためではないか」
たじろぐ王に畳み掛ける
「今更取り繕うても無駄であろう、欲にまみれた己の姿を見よ、悍ましかろう?」
王は自らの姿が怪物となり変わるのを自覚する、それは気持ち良く心地良い姿であった
「もう其処まで進んでしまったか」
それは嘆く
「これこそ俺の理想とする姿だ」
王は吼える
剣を抜き放ち
腰を落とす
両手で支え
ゆっくりと振り下ろす
剣は易々と鱗を貫き
辺りを緑の血で染め上げた
竜を刈るもの
英雄王がこのとき誕生したのだ
山を下りると数十万の軍隊が頭を垂れて王の帰りを待っていた
「王よよくぞこ無事で」
「戦は終わりでございますか?」
「見よ」
“それ”の頚を掲げて全軍に問う
人々はおののき畏れたが王は一歩も引かなかった
「ならば次は隣国である」
「忙しくなるぞ」
「その次は海じゃ」
「世界を奪い犯し蹂躙し支配するのじゃ」
「我が国こそが、“それ”に認められた覇者であるのだから」
人々は畏れて王に付き従った
瞬く間に大陸を支配し
数億の命をすり潰し
数千億の田畑を燃やし
数千の国家を滅ぼした
老境に入った王は自分の命を惜しんで
飲み浸かれば永遠の命を得られると言う“生命の泉”を探し出させた
輿の上の人となりて数ヶ月
森林の奥の命の泉に向かう
森の奥にひっそりと澄んだ青をたたえた池に
王はやっと辿り着いた
「おお!これが命の泉か」
震えながら輿から降り、杖を突きつつ畔に歩みよる
その水面に自らの面を写した途端
彼は気が付いた
気が付いてしまった
嘗てのそれの姿が
水面に浮かんで
自分の瞳を見つめているのを
数年後、国は滅んだ
王の行方は誰も知らない
童話のような駄文です。楽しんでいただければ幸い。