帰郷の章 弍
ふぁー、良く寝た。やっぱり寝台で寝た方が疲れが取れるな。
たった一週間の旅だったが、疲れていたのか目を覚ますと陽が登ってから大分経っているみたいだった。ギシギシ軋む階段を降りて、井戸から水を汲み喉を潤し顔を洗う。母家に行くと治美と綺羅がチビどもと遊んでいた。
「おはよー。ぐっすりだったねー」
「おはよう。貴方が寝坊するなんて、よっぽど疲れてたのかしら」
「あぁ、おはよう。自分では分からなかったが疲れてたのかもな。……親父達は畑か?」
「そうよ。……朝食が置いてあるからキッチンで食べたら?」
「あぁ、そうする」
冷めたスープとパンを食べたら、郷での決まりを簡単に説明し、案内がてら俺の郷での仕事の説明のために出かける。着いてこようとするチビどもを、何とか宥めて家を出て、郷の外縁部を回りながら、要点を説明していく。
「先ずは足跡が無いか、よぅく見ること。糞や抜け毛も見逃すなよ。何度も行き来している所は、草が短くなっていたり生えていないか、そこら辺も良く見ておけ」
「はーい」
「分かったわ」
まぁ、今は開拓も落ち着いたから害獣も余り見かけたりしないが、それは言わなくてもいいだろ。縄張り争いで、負けた害獣が流れて来たりするから油断は出来ないが、そういう奴は怪我をしているか痩せているかで弱かったりするのが常だし、あまり気負う必要は無いが、命が掛かっているからな、緊張感は必要だろ。
防護柵の点検もしながら説明していたら、郷を一周して実家に帰る頃には陽は傾き大禍時に近づいていた。
「にゃははは。何か田舎を思い出しちゃう。おばあちゃん、元気かなぁ」
「そうね。なんか牧歌的で私は好きだわ」
黄昏時で二人の顔はハッキリと見えなかったが、俺の故郷に概ね好印象を持ってくれたのは伝わってくる。……杞憂に終わったな。
二人が馴染めなかったらどうしようかと心配していたが、必要無かったみたいだ。家族にも好かれていたみたいだし(誤解しているが)コイツらも嫌がっているようには見えない。これなら上手くやって行けそうだ、
郷に帰って来てから早二ヶ月。すっかり馴染んだ二人は、田畑を手伝いや見廻りに精を出している。
「ヴィグネー、お義母さんがご飯出来たってー」
「おー、今行くー」
「おう、おう、仲がよろしいこって。……ちっ、羨ましい。俺も早くバネーシと結婚したいぜ」
「ははっ、そんなんじゃねぇから。アイツはただの仲間だ。じゃ、俺は行くな」
居間に入ると晩飯が並んでいたので、適当に空いている場所に座ると、給仕を終えた治美が隣に座り、その横に綺羅も座った。二人の「いただきます」の声を真似して、既に食べ始めていたチビどもも「いただきまーす」と声を上げる。俺も小さく「いただきます」と口にし、手を合わせて晩飯を掻き込んでいく。
――治美達の国の挨拶も、今ではスッカリ慣れてしまった。一度、意味を聞いた時、感心したのを覚えている。何でも、食べ物への感謝や作ってくれた人への感謝。生きる事への感謝が含まれているらしい。殺した動植物への感謝は未だに意味が分からないが、作ってくれた人に対する『ありがとう』の気持ちは理解出来たので、彼女達に合わせている。
まぁ、チビどもは面白がって真似しているだけだし、親父達には理解されなかったが……
「ヴィグネー…… これって……」
「あぁ。足跡だな。数は……五〜十頭ぐらいか? 先ずは様子見って所か……」
「来るのかしら?」
「間違いなくな」
猪型の害獣の足跡を見つけた俺達は、直ぐに郷に戻りその事を長に伝えると、夜には男衆が集められて寄り合いが持たれ、俺達はそれを末席で聞いていたが……別に大した話し合いに成るわけじゃない。この後のお楽しみの為に集まっているようなものだ。
狩の経験者二十名程と、未経験者に経験を積ませる為に年頃の男が五名程がサクッと決まり、それに俺達を合わせて、総勢三十名程で明日から捜索及び討伐に当たる事になった。
「忙しい時期だって言うのによぉ」
「全くだよ。他所に行けってんだ」
「コレも郷で安心に暮らす為だ。辛抱しろ」
話し合いが終わると景気付けにと、軽い酒宴が始まり女衆が酒を持って出てくる。俺達は周りに冷やかされながら酒を楽しんだ。
「にいちゃん…… 俺ぇ……怖いよぉ」
「情けねぇこと言うな。いざと成ったら守ってやるから安心しろ」
「にゃははは。大丈夫だってー。お姉ちゃんに任せなさい」
「そうよ、ナグナジーン。私達が守って上げるわ」
俺の横に着いて歩いている、情け無い弟に喝を入れながら、林の中を総勢三十名の男衆が害獣を探しながら歩いている。お互いが視認できるぐらいの間隔を空けての捜索は効率的だが、逃げられる可能性も高いので余り良い手とは言え無い。しかし撃退するだけなら手っ取り早い。皆んな農作業が忙しいからな、気持ちは分かるが……
一番良いのは討伐だが、俺達三人だけでは手が足りない。男衆の協力は必要だが…… 逃した奴が再び戻って来ないとは限らないので、出来るだけ殺しておきたい所だな。
「居たぞぉぉーー!!」
林の中にむさいガナリ声が響きわたり、男衆が一気に殺気立つ。声のした方を振り向けば、里のみんなが一斉に駆け出していた。
「行くぞっ」短く言い捨て、最短で駆けていく。視界には害獣に食いつかれている奴や、吹き飛ばされて転がされている奴が映っていた。
ちっ、近いな。これじゃ魔法は無理か。
「イッッヤァァーー!!」
疾風の如く俺の横を駆け抜け、裂帛の気合いと共に、綺羅が猪型の害獣に細剣の一撃を加えると、体重が百キロを優に超える猪型の害獣が吹き飛ばされて血飛沫を上げて絶命する。そして治美が素早く駆け寄り、虫の息だった奴の傷を癒やし始めた。
俺は男衆の連中に突進を繰り返す害獣に狙いを定め、横合いから首を切り飛ばしてやる。肉を切り裂く感触が手に伝わり、続いて硬い骨を断ち切り、頭を失った害獣は数メートル走った後に勢いを無くして倒れ込んだ。
他の害獣も、続々と集まって来る男衆に囲まれて追い詰められていく。遠間から槍で突かれて、身体中から血を吹き出しているが、死にたく無いのは奴等も同じ。耳をつん裂く唸り声を上げて、決死の突撃を仕掛けてきた。
「避けろぉぉ!!」
治療に当たっていた治美に誰かが叫び声を上げる。彼女は目の前に迫って来る害獣に動けないでいる……様に見えたが、傍に置いてあった大剣を手に持ち、大きく振り上げたと思ったら、唐竹割りで害獣の頭を真っ二つに割ってしまう。
「にゃははは。私は大丈夫ー」
頭から返り血を浴び、笑う彼女に恐怖を覚えるが今はそれどころじゃない。劣勢な場所に駆けつけて、着実に害獣の数を減らしていった。
「何とか無事で済んだな。ありがとな」
二、三頭、包囲を突破し林の奥に逃げていったがあの傷だ、長くは無いだろう。治美に手拭いを渡し、返り血を拭うように言うと、感謝を口にした後、顔を拭き始めた。
「皆んなー。今日は祝杯だぁー。コイツらを持って帰って、たらふく食うぞー」
「「おーー!!」」
男衆が今夜も呑めると槍を掲げて喜んでいる中、弟のナグナジーンが「にいちゃん」と不安そうに話しかけてくる。
「あの二人、凄かったね」
「あぁ、アイツらはな」
確かにアイツらは別格だ。人の二倍は早く駆けていた綺羅に、大剣を軽々振り回す治美。とても同じ事が出来るようになるとは思えないが……しかし、恩寵次第ではお前も出来るように成るかもな。
一応、慰めの言葉を掛けて居るが、そんなに都合良く恩寵が貰えるとは思えないから、気休めにしかならない。それがナグナジーンも分かって居るからか、浮かない顔のままだった。
「アソコまで出来なくても、慣れたらお前も一人で太刀打ち出来るさ」
「本当?」
「あぁ、本当だ」
昔の俺の話や、男衆の大半が害獣を討伐するための恩寵を持っていない話をしてやると、弟は幾分かは納得して、表情に笑顔を取り戻す。
ある程度負傷者の治療が終わった段階で、纏め役の男が声を張り上げた。
「さぁー、帰るぞー」
血抜きを済ませた害獣を手分けして村に持ち帰って行く。俺達は警戒の為、殿を歩いているが、もう大丈夫だろう。アイツらが戻って来るとは思えなかったからだ。
「にゃははは。ヴィグネー、やったね」
「あぁ、誰も死ななかったし上出来だ」
「今日も呑むのかしら……」
「呑みすぎるなよ」
「分かってるわよ」
「綺羅ちゃん、お酒大好きだもんねー」
「そんな事ないわよ。普通よ、普通」
「にゃははは。そういう事にしときますかー」
「もう……治美ったら」
――その後、何事も無く無事に村に帰り着いた俺達は、討伐の成功を祝って二日連続になる酒盛りを始めた。
◇◇◇◇◇
村の幼馴染
バイクタジ バネーシの恋人だが結婚をして貰えない。
バネーシ バイクタジの恋人だが、何となく不安で結婚を先延ばししている。