出会いの章 肆
ダリルカスを連れて、熊型の害獣を見た場所へ案内させると、二時間ほどで目的地に着く。そこは森への外縁部で、目の前には木々が立ち並び、遠目に川が見える。彼は、偶にこの辺りまで来ては、木の実や山菜など山の恵みを取っていたらしい。
「この森の中で数回見かけたんだ。遠目だったが間違いなく熊型の害獣だった」
「あぁ、分かった。ここまでお疲れさん。もう帰っていいぞ。後は俺達でやるから」
「おっ、そうか? なら帰らせて貰う」
俺の言葉に、明白に安堵の溜息を吐いて、ダリルカスは村へと帰っていく。余程怖かったのだろうか、彼は振り返りもせずに俺達から少し離れると走りだした。
「にゃははは。あんなに怖がる事無いと思うなー」
「まぁ、害獣退治をした事無い奴はあんなもんだよ。俺も初めての時は動けなくて、仲間に蹴られたな。『ぼぅっとすんな! 死にたいのか!』って」
「へー、意外だわ」
「そんな事無いさ。誰だって害獣は恐ろしいもんだ。まっ、今は慣れちまったが…… それよりも……あんな事が有ったのに、今も平気で害獣退治をしようとしている、お前らの方が意外だよ。特に治美は死にかけたのに、よく止めずにいられるな」
「あー、それは多分だけどスキルのお陰かな? 何か、恐怖耐性? ってスキルが有るから、あんまり怖く無いの。今じゃお化けも平気だよー」
(お化けってなんだ?)
「そうね。わたしもスキルのお陰で、害獣を見ても脚が竦む事はないわ」
「はぁー、羨ましいぜ。俺もお前らみたいな使い勝手のいい恩寵が欲しかったぜ」
「あはは。でもヴィグネーの第三の手は凄いじゃん」
「三年間使い続けてやっとだぞ。最初は小石も持てなかったからな」
ホント、神官様に鑑定してもらって恩寵が分かったから嬉しくて使ってみたら、小石すら持てなくガッカリしたのを覚えてる。
まぁ、毎日フラフラに成りながら練習したから、今では自身の腕と同じぐらいの力は出せるようになったし重宝してる。
延長も最初は全然だったし、周りに揶揄われて意地になって練習していたのは、今ではいい思い出だ。お陰で今なら伍十㌢は余裕で延ばせるからな。
そんな会話をしながら、俺達は野営に適した開けた川の近くまで荷馬車を移動させていた。
「ようし、ここら辺でいいだろ。ココを拠点に害獣を探索していくぞ。今日は軽くこの周りだけ調べて終わりだ。本格的な森への探索は明日からな」
綺羅に荷馬車の護衛を任せて、治美に害獣の痕跡の見つけ方を説明しながら辺りを調べて周るが、それらしい痕跡は見つからなかったので拠点に戻った。
晩飯の準備をしながら、夜の見張りの順番や、荷馬車が襲われたら、出来るだけ馬を逃すように言い含める。
「馬は高いからな。荷馬車は多少壊されても直せるし、害獣が荒らすのは基本、食料だけだ。道具なんかは壊されるかもしれねぇが、修理するか買い替えたらいいだけだし、馬に比べたら大した被害にはならねぇ」
「はーい」
「分かったわ」
対象的な返事が返ってくるが……信じてるからな。川辺で身体を流す二人を見ないようにしながら、炊事の後片付けをしていく。
「絶対にコッチ見ないでよー」
「分かったって言ってんだろ」
何度も確認してくる治美を鬱陶しく思う……何でコイツらは飽きもせず毎日水浴びをしたがるんだ? 街なら危険も無いからまだしも、ここは害獣が出てくるかもしんねぇん外だぞ? なんなら水浴びしなくてもいいぐらいだ。
片付けが終わり、二人に一声掛けてた。
「時間が来たら起こしてくれ。明日からは本格的に探索するからな。あんま夜更かしするなよ」
「はーい。お休み、ヴィグネー」
「……お休みなさい」
外套を羽織り、荷馬車の荷台を寝床に眠りにつく。外からは二人の楽しそうな声が聞こえてきた。
「ヴィグネー……起きて。交代の時間よ」
「……っん……あぁ、分かった」
――真夜中に起こされて、見張りを交代する。いつの間にか、隣で寝ていた治美を起こさないように、静かに荷台から降りると、焚き火の近くに腰掛けて、周囲に耳を澄ましながら森を見つめた。
夜明けまで、後二〜三時間ぐらいか? ふぁー、まっ、頑張りますか……
時折、ぱちっ、ぱちっ、と薪が爆ぜる音を聞きながら、揺らめく炎を見つめて、虫の鳴き声に耳を傾ける。白湯を飲み、身体を温めて眠気を払い、いつでも動けるように心を落ち着かせ、夜の帷が明けを待つ。
――払暁の空に「今回は無事に乗り切りたいものだ」と願掛けをして、二人を起こしに荷台に向かった。
「昨日、治美には説明したんだが綺羅は初めてだから、もう一度説明するぞ。探すのは糞や足跡、体毛に食べ残しの残骸などだ。後は不自然に傷の有る木なんかもそうだが、兎に角、気になった事や違和感を感じたら俺に教えてくれ」
取り敢えず、安全確保の為に拠点近くから探索していき、害獣の痕跡がない事に安堵する。そして川伝いに探索するか、このまま森の奥を探索するかの決断に俺は森を選択した。
一日目は空振りに終わったが、二日目には痕跡を発見し、そこから足跡を辿り、三日目には巣穴も特定した。
「大きいわ。五メートル以上は有るかしら?」
「ねー。動物園の白熊より大っきいよー。ヴィグネー……大丈夫?」
「ああ。一人でやる事を思えば楽勝だよ」
所詮は一匹だしな。それに引き換え、コッチは三人。油断さえしなけりゃ余裕だよ。病み上がりの身体でなら、丁度いい練習相手だ。
「そうなんだ。だったら大丈夫かな」
「住処も分かったし、今日は帰るぞ」
熊型の害獣の確認が終わると、拠点に帰りがてら作戦を考えていた。と言っても、定石通り誘き寄せて、俺達が有利な場所で戦うか、罠を張るぐらいだがな。
戻った俺達は、早目に晩飯を済ませてから、明日の作戦に付いて二人に話した。
「……要は綺羅を囮に俺が奇襲をかけて、それが上手く行けば、綺羅がトドメって訳だ。治美は何か有った時の為の伏兵だからな。隠れてろよ」
「作戦はそれで良いとして、追い付かれたりしないかしら?」
「そうだよー。三人で戦った方がいいじゃん」
「綺羅の速さが有れば充分逃げ切れるさ。槍でも有りゃ治美が言う通り囲んでも良かったが、今回は持ってきてねぇしな。まっ、忘れてたんだが……」
「ヴィグネーの馬鹿ー、間抜けー」
にゃはははと笑いながら馬鹿にしてくる治美と、ジト目で見てくる綺羅を無視してコップにいれた果実酒を煽る。酒精が喉を通り胃がカッと熱くなった。病み上がりで頭が回らなかったんだよ、と心の中で言い訳をしつつ、もう一度、酒を煽った。
――夜明けと共に害獣の巣に。
「まだ、寝てるみたいね」
「ああ、そう見たいだ。綺羅……分かってるな?」
「ええ、大丈夫よ」
「綺羅ちゃん。頑張って」
「治美…… ええ、頑張るわ」
ココに着く前に決めていた、待ち伏せ場所まで治美を連れて戻る。俺は木に登り、治美は程近い場所の藪の中で待機。……上手くやってくれよ。
遠くから害獣の、ツン裂くような不快な怒声が木霊している。片手剣を握りしめる手に力が入り、息を潜めてその時を待っていた。心臓が早鐘を打ち、緊張の時間が過ぎていくのをジッと耐えていると、害獣が目視出来るぐらいまで迫ってきていて、その前を綺羅が長く黒い美しい髪を靡かせ駆けていた……
「おぉ、デカイな」
開拓村に帰った俺達を、村長が開拓民と一緒に出迎えてくれ、荷台に積まれた熊型の害獣の大きさに驚嘆している。
「心臓は貰うが、後は買い取ってくれると助かる」
「あぁ、分かった。そんなに出せないが買わせて貰うぜ。ご苦労だったな、ヴィグネー。それと嬢ちゃん達も、ありがとな」
「にゃはははー。どう致しまして」
ガハハ、と俺の背中をバシバシ叩きながら、彼女達に労いの言葉を送る村長と、得意げになる治美。済ました顔で綺羅は立っているが、どこか誇らしそうに感じられた。……おいっ、叩きすぎだ! 背中が痛えだろっ!
夜になり、害獣の討伐完了を祝って、村長の家で晩飯を振舞って貰い、開拓村では貴重な酒をご馳走になった。
「ヴィグネー、呑んでるか?」
「おいおい。大丈夫かよ」
「あぁ、大丈夫だ。こんな時しか真面に呑めねぇからな。今日は吐くまで呑むぞー」
グデングデンに酔っ払っている村長を適当に遇らいつつ、熊肉料理を堪能して居ると、治美と綺羅もいつの間にか酔っ払っていた。
「にゃはははー。ヴィグネー、一緒に呑もうよー。気持ちいいよー。何か身体がふわふわして、ヴィグネーが二人に見えるけど……楽しいよー。にゃははは」
「もう、治美ったら……呑み過ぎよ。ほらっ、コッチ来て水でも飲んで……あらっ……治美がいっぱい居るわ? いつの間にそんなスキルを覚えたの? 分身出来るなんて凄いじゃない」
――駄目だこりゃ。
「おっはよー。今日はどうするの? もう帰るー」
「あー、そうだな。依頼は済んだし、午後には帰るか」
「うー、頭が割れるように痛いわ」
「あほっ。呑み過ぎだ」
「……治美は平気そうね。私より呑んでたと思うけど……」
「にゃははは。全然、大丈夫だよー」
「午後になっても無理そうなら、出発は明日にするぞ?」
「……悪いけど、そうして貰えると助かるわ」
「あぁ、取り敢えず寝てろ。俺達は村を見て廻ってるから」
「にゃははは。綺羅ちゃん、後で食べやすそうな物でも持って来るよー」
「治美……ありがとう。お願いするわ」
午後には綺羅の二日酔いも治り、俺達は開拓村を後にする。
「達者でな。また近くに来たら寄ってけよ。飯と寝床ぐらいは用意してやるぞ」
「ああ、その時はよろしくな」
「にゃははは。お元気でー」
「村が上手く行く事を願っています。それでわ」
復帰後の初の依頼を無事に完遂した俺達は、村長以下数人の村人に見送られながら街に帰っていった。