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黎明が嗤う  作者: 十
10/27

帰郷の章 参


猪型の魔獣討伐から早数ヶ月。季節はもう直ぐ農閑期が近付こうとしていた。俺達は相変わらず見廻りの傍に、農作業を手伝う毎日を送っている。


「もう少ししたら収穫も終わちゃうねー。そしたら、どうするのー?」

「あー、また出稼ぎに行く。何処に行くかは、まだ決めてないけどな」

「バルザーグには戻らないの?」

「それでもいいんだが……色々な所に行ってみたいからなぁ」

「まぁ、私は奴隷だから、貴方に着いていくしか無いんだけど、違う土地に行くにしても、出来れば大和達に一回会っておきたいわ」

「考えとくよ」

「お願いね」


本当なら郷で一生暮らす筈だったのを、口減らしを兼ねて自分の意思で出稼ぎに出てるんだ。どうせなら、色んな場所を見て周りたい。


幸にして二人とも不満は無さそうだし、次はバルザークじゃなくてもいいだろう。まっ、大和達が元気にやっているか見に行くのも一興だし、少し顔を出してからどこに行くか決めるか。




収穫も一段落付き、村は収穫祭の準備で女衆が慌ただしく走り回っている。俺はチビどもと邪魔にならない様に遊んだりと、そんな穏やかな時間を過ごしていた。




――大禍時おおまがとき……昔から魔獣に出会いやすい時間だと教えられてきたが、まさかこんな事に成るなんて……




村の広場に机を並べて、各家から持ち寄ったご馳走が所狭しと並んでいる。大きな焚き火を囲んで大人達は酒を呑み、子供達は普段は食べられないご馳走を、これでもかとたらふく食べて、焚き火の周りを走り回って遊んでいた。


誰かが楽器を鳴らすと、ダンスを踊る者や歌う者が現れて、郷の皆んなが今年の苦労を語り、笑い合い、酒を酌み交わしている。俺達三人も酔っ払い共に絡まれて


「いつ結婚するんだ?」

「郷に住む気か?」

「家を建てるときは手伝ってやるぞ」


とか言われて、散々揶揄われていた。


郷の全員が楽しい時間を過ごしていた。そんな折に、警告を報せる半鐘の音がけたたましく響き渡る。


何事かと村の入り口に目をやると、本来なら群れる筈の無い熊型の害獣が此方に向かって走ってくる。


一瞬で楽しかった宴が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれた。丸腰では何も出来ない! 持っていたコップを机に叩きつけ、椅子を倒しながら家に向かって走り出す。


「見張りは何をやってたんだぁぁ!?」

「今はそんな事より逃げんかぁ!」


子供達は混乱し泣き叫び、女衆は我が子を探して広場を走り回っている。それを横目に、頼むから誰も死ぬんじゃねぇぞ。直ぐに戻ってくるから、それ迄耐えてくれ! と、心に願う。男衆が獲物を取りに家に走っていくのを尻目に、俺達もまた、納屋に向かった。


「っ、ヴィグネー! 大丈夫だよね!?」

「――知るかっ!! 今は一刻も早く戻る事だけ考えろ!」

「先に行くわ!」


綺羅が全力で駆けていく。俺と治美は段々離れていく彼女を追う。納屋に着くと、二階の窓から俺達の武器を放り投げ、自らも飛び降りてきた綺羅が「早く拾って」と、俺達を急かす。


慌てて武器を拾い、戻ろうと振り向くと彼女は既に遠く背中しか見えなかった。


「行くぞ!」


元の広場まで、全力で駆けて行くが心臓が五月蝿い。酒の所為かさっきから吐きそうだ。それなのに身体は心底冷えていた。


広場に戻ると当たりは血の海で、数人の村人が倒れていた。――後で助けるから、死ぬんじゃねぇぞ!


「グオォォーー!!」


闇夜を引き裂く様な唸り声が響く。ふと見ると民家の扉を壊し、家の中で暴れている害獣が!


「てめぇぇー!! 何してやがる!!」


背後から首めがけて、全体重を乗せて走っている勢いのまま片手剣を突き刺し、恩寵スキル第三の手で目玉にも短剣を突き立てた。腕を振りまわし暴れ回る奴の背にしがみつき、片手剣を水平にして首を引き裂いてやると、ブチブチと不快な音を立て血を噴き出してその場に倒れ込んだ。


「……すまん」


直ぐにその場を後にし、不快な叫び声のする方へ走り出す。――こっちかっ!? 直ぐ近くの家の裏手に回ると幼児を抱いたまま蹲る母親が見え、その背には害獣が覆い被さっていた。


クチャ、クチャ、クチャ


「っ、巫山戯んなぁぁ!!」


俺の叫びに反応した害獣が、振り向きざまに腕を振る。闇夜の筈がヤケに赤黒く濡れた爪が双子月に照らされやけに良く見えやがる。


テメェはその手で何してやがったぁぁ!!


滑り込む様にして、殺意の篭もった腕をくぐり抜け、喉と目に片手剣を突き立てるが、致命傷を与える前に反対の腕で殴り飛ばされる。


天と地が交互に視界に写り、数メートルほど吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がり家壁にぶつかって止まった。直ぐに立ち上がるが、意図せず戻してしまう。


赤く染まった吐瀉物に、いま食べていたご馳走が混じっていた。さっき迄の事が嘘のようだ。確殺を胸に誓い害獣を睨みつける。


残った眼には隻眼にされた怨みが宿り、低い重低音の唸り声を上げ、優に五メートルを超える体躯で突進してくる。俺は横っ飛びに転がりながら交わすと、後には害獣の突進で大穴が開いた家がっ!


開いた穴から奴が顔を出し、闇夜を引き裂くような怨声を上げ、再び襲いかかってきた! 空気を切り裂きながら振り下ろされた腕を辛くも避ける。


あはっ! ガラ空きだぜ。死ねよ、クソ野郎っ!!


ガラ空きになった横っ腹に、身体を預けるように倒れ込み、片手剣と第三の手で短剣を捩じこんでやる! 延長の恩寵で刀身を伸ばして内臓を掻き回してやると、立ち上がり俺を遠ざけようと腕を無造作に振りまわし始めた。


ちっ、アレじゃ近づけねぇ。


狂相を浮かべて立ち上がった奴は、七、八メートルぐらいになり、ただでさえ巨大な身体が更に大きく見える。


……腕が痛え。脇腹も……こりゃ、何本か逝ったかもな。


グルグルと、牙を剥き出しに唸る。その口元は真っ赤に濡れて血が滴っていた。


脳裏に浮かぶは母子の姿。我が身が喰われても、幼児を守る為に覆い被さり、手放さなかった強い母親。


――絶対に殺す!!


歯を食いしばり、手に力を込める。軋む身体を無視して、今一度、覚悟を決めて奴を睨みつけた。


目眩しの為に奴の顔に魔法を放ち打、顔を腕で覆った隙を突き、無防備に晒した腹に体重を乗せて、両手に持った片手剣を突き立てると、すかさず恩寵を使い刀身を伸ばし、内蔵を再び掻き回してやった。


「ッヴヴォォーー!!」

「い い 加 減 死ねよっ、この野郎ォォ!!」


ザシュッ――


背中に奴の腕が振り下ろされ爪が食い込むが知ったことかっ! 今更、死に損ないの攻撃なんか痛くもねぇー! 背の痛みを無視して、構わずに腕を左右に拡げ、腹を掻っ捌いてやると、臭ぇ内蔵を撒き散らし熊型の害獣やっと死にやがった。


傷だらけの身体を治癒魔法で癒しながら、次の害獣を探す為に耳を澄ますと、奴等の不快な唸り声が聞こえてこなかった。しかし代わりに、あちこちから慟哭が聞こえてくる。そしてその中には俺の名を叫ぶ二人の声も。


「ヴィグネー!?」


二人の目には俺がよほど酷く映ったのだろうか? 駆け寄ってきて直ぐに治癒魔法を掛けてこようとするのを手で制し


「俺は大丈夫だから、二人は皆んなを……」

「分かったわ。貴方はココでじっとしてて。終わったら迎えに来るから」

「絶対に動かないでよ」

「あぁ、分かったよ」


騒ぎが収まったのが分かったのか、避難していた村人達が広場に顔を出し始め、救助を始める。あちこちから啜り泣く声や安堵する声、無事を喜ぶ声が聞こえる中で、聞き覚えがある声がする。引き寄せられるようにして声がする方に歩いて行くと、親父達が集まっていて……


「……ナグナジーン」


物言わぬ骸と化した弟の手には、どこから持ち出したのか、しっかりと槍が握られていた。そして直ぐ近くに骸と化した村の子供が、虚ろな目で虚空を眺めていた。


「ヴィグネーか……」


親父が俺を呼んでいる。いつもはデカイ背中が今はヤケに小さい……


「ははっ、褒めてやれよ。ナグナジーンは立派だって……勇敢だってな。なぁ、……褒めてやれよ。コイツは必死に戦ったんだ。村の子供の為にな。……勇敢に戦ったんだよぉぉ!!」


兄貴の悲痛な叫びが夜空に響く。でも俺は……目の前の事が信じられなくて、信じたくなくて……

 

視界が歪むなか


「……あぁ、そうだな。いつの間にか……立派な男に……なってたな……」


そう口にするのが精一杯だった。


「ねぇ、ココは寒いわ。家に帰りましょう。ナグナジーンもきっと寒がってるわ」

「……そうだな。家に帰ろう」

「ねぇ。ナグナにいちゃん、どうしたの? 疲れて眠っちゃった?」


お袋の言葉に従い、親父がナグナジーンを背負って歩き出す。下のチビどもの言葉に誰も返事が出来ないでいた……




翌日、無事な男衆が総出で穴を掘っている姿を、俺は遠くから眺めていた。昼になり全員分の穴を掘り終わり、男衆が帰っていくが、俺は暗くてジメッとしていそうな空虚な穴をただ見つめていた。


「ヴィグネー……」

「帰りましょう。ナグナジーンも待ってるわ」


夜の帳が下りる頃、迎えに来た二人に連れられて家に帰るが、中は静まり返えり、薪がはじける音がヤケに大きく聞こえた。


「明日、朝から合同葬儀を執り行う」


重い空気の中、晩飯が終わったのを機に、親父が家族全員にナグナジーンの葬儀について話していくが、イマイチ実感が湧かない。だって弟は直ぐ其処に布団で寝てるんだぜ? 


「俺はまだ話し合う事が有るから、今から寄り合いに行く。今日がナグナジーンと一緒に過ごせる……最後の日に……成るから……話したい事が有るなら……今の内に話して……おけよ」


そう言って親父は家を出た。俺はナグナジーンと過ごせる最後の夜を兄貴とお袋、爺ちゃんと婆ちゃん、そして治美と綺羅とで過ごしている。真夜中になると帰ってきた親父も加わり、夜通しナグナジーンとの想い出を語り合った。




黎明の空の下。ナグナジーンを棺に入れて共同墓地に運び、所定の場所に置く。既に何軒かの家は集まっていて、棺に縋り付き泣いている姿も見受けられた。


陽が顔をだし、辺りが明るくなると村人全員が集まり、村長と神官が故人に最後の言葉を掛けてから見送った。


「ヴィグネー……大丈夫?」

「……大丈夫だ」

「貴方……酷い顔よ。少し休んだら?」

「今日で最後なんだよ。少しぐらい無理もするさ」


ナグナジーンに最後の声を掛ける。


馬鹿野郎が。他所のガキなんか放って逃げろよ。なんで武器なんか持って戻って来てんだよ。まだガキのくせに、生意気なんだよ。なぁ、ナグナジーン。俺はお前に生きてて欲しかったよ。…………立派だった。お前は勇敢で、俺の自慢の弟だ。なぁ、最後にもう一度笑えよ……


棺の蓋を閉め、穴の中に入れる。ざっ、ざっ、と土がかけられ弟は冷たい土の中に消えていった。




あの運命の日。村を襲った熊型の害獣は七頭で、一時間足らずの間に大人二十九名、子供八名、村人を合計で三十七名も惨殺した。それは全村民の一割強に当たる……




「ヴィグネー。もう帰ろう? 真っ暗だよ」

「傷もまだ癒えて無いんでしょ? 余り無理しないで」

「……あぁ、そうだな。帰ろうか」


家に戻り冷めた晩飯を掻き込み寝床に戻る。そのまま横になると直ぐに意識が無くなった。




翌朝、起きると陽は既に真上にまで登っていた。井戸に行き、顔を洗って、なんとも無しに村を歩くと、既に被害の修復の為に皆んな走り回っていた。


「……起きたのね。丁度良かったわ。貴方も手伝いなさい」


そうだよな。俺は生きてるんだし、やる事はやらねぇと。何となくだが、ナグナジーンが笑った気がした。



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