11四日目 前半
夏休み四日目にして逆行四日目、本日も快晴なり。
今日もいい天気だ。
いつも通りポリタンクとお弁当をもって階段を上る。
境内には神主さんの娘である天海來乃葉さんが箒で境内を掃いていた。
「おはようございます!これお弁当です」
「おはようございます、はい、頂きました。ありがとうございます」
相変わらず綺麗な人だ。声をかけるだけでも緊張してしまう。
「天ヶ谷さんは元気ですね。夏休み、楽しめそうですか?」
「はい、楽しみたいと思っています」
「そうですか良かったです。この村は何もないでしょう」
「いえ案外いろいろあるみたいです。知らなかっただけで」
まだ四日目だが、それでもたくさんの人と交流した。
良い人たちばかりで前ではありえなかったことだ。
だからこそ、楽しい夏休みにしたい。
「良い出会いをしたんですね。今日もお仕事頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
天海さんから孫を見守るおばあちゃんの様な視線で見られている気がする。
恥ずかしくなりペコリと頭を下げて移動を再開した。
その後は特筆すべきこともなく午後の自由時間となった。
さて今日はどうしようかな。
「翔琉君、暇ならちょっと頼みがあるんだけど」
午後からどうしようかと考えていたら真千子叔母さんに声をかけられた。
「頼みですか」
「ええ、ちょっとこんびにの様子を見てきてほしいの。
発注したものも来ないし、電話にも出ない。ちょっと心配だから」
叔母さんは手が離せないようだ。
実際暇だし、叔母さんにはお世話になっているので快諾した。
「分かりました。ちょっと様子見てきます」
そんなわけでこんびにまでやってきた
今日も子供たちは半開きになっている扉の前で遊んでいる。
前回は気が付かなかったが、定期的に流れてくる冷房の風が気持ちいいようだ。
「おーい、君たちちょっといいかい」
「あ、新入りの兄ちゃん。なんかおごってくれるの?」
「新入り、どうかしたのかしら」
新入り。そりゃ新入りだけど子供に言われると、いやまあ子供の言うことだ。
でもなんか嘗められている気がする。なぜだ。
「こんびにの様子を見てきてほしいと言われたんだけど、なんか変なことあったかな」
「新入り、そんなことも知らないのかよ」
「新入り、隣の食パン屋に向かいなさいさ。そこで真実を見るのよ」
…言い方は気に入らないが、普通に良い情報をもらえた。
扉の隙間からこんびにの中を覗いてみても確かに人の気配はしない。
隣の食パン屋は扉も締まりカーテンで中が見えないようになっている。
「教えてくれてありがとうな」
「気にすんな」
「良いってことですわ」
食パン屋の扉に手をかけると鍵はかかっていないようだった。
そっと中に入る。室内からは焼き立てのパンのいい匂いが充満している。
「すいませーん、どなたかいらっしゃいますか!」
叫んでみても返事はなかった。
奥が厨房になっていて、そこから人の気配を感じる。
仕方ないのでそのまま厨房に進んでいく。
厨房には大量の食パンがそこかしこに置かれていた。
「とうとうできました!究極のもっちりふわふわ食パンです!」
「さすがじゃ。万花ちゃんも腕を上げたねえ」
オーブンの前でこんびにの店主と万花ちゃんが嬉し気に会話している。
こちらに気づいた海月さんは誇らしげに食パンを一切れ渡してくれた。
「あ、翔琉さん!これが究極の食パンです。食べてみてください!」
「うん、ありがとう」
これはパン作りに熱中していて電話に気が付かなかったのか。
後は店主に叔母さんへ連絡してもらえば頼みも完了ということでいいにおいのパンだ、パクリと食べてみる。
「うまい!一口食べると口の中に広がる香ばしくて甘い優しい味。食感もふわふわしていて、溶けていくようだ。昨日食べたのもおいしかったけど、出来立てはまた格別だね」
「嬉しいです!ありがとうございます!」
そう言って、万花ちゃんも一口食べる。すると嬉しそうだったその顔が少し曇った。
「おいしい。確かにおいしいんですけど、もちもち感が足りないような気がします」
「そうだねえ。もう少し水の量を調整したほうがいいかもしれないねえ」
二人は難しい顔で再び食パンを作ろうとするので、慌てて止めに入る。
「ストップ!時間を確認してください!!うちの叔母さんが連絡ないと心配していましたよ」
「おや、もうお昼を過ぎているじゃないか」
「わっ、本当です!気が付かなかったです」
どうやら二人は朝から延々と食パンを作り続けていたようだ。
三人で厨房の中を片付けていく。
「天ヶ谷の坊、ありがとうね。お土産の食パンじゃよ真千子ちゃんによろしくね」
「食感はいまいちですが、とてもおいしいですよ!」
片付けを手伝ったら、大量の食パンをもらってしまった。
これ在庫処分というか結局叔母さんへのお土産だよな。
「私、究極の食パンを作るのが目標なんです。よかったらまた味見してください」
「ああ、でも充分おいしかったけど」
「いえ、まだまだなんです。でもいつかたどり着いて見せます!」
なにやら固い決意を浮かべて胸の前で握りこぶしをする万花ちゃん。
本当に食パンを作るのが好きなんだろう。
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「はい、頑張ります。絶対に作りますから」
万花ちゃんは気合を入れて食パン屋に戻っていった。
とりあえずこちらも戻ろう。この大量のパンも真千子叔母さんがうまくやるだろう。
旅館に戻ると受付で叔母さんが出迎えてくれた。
「こんびにから連絡来たわ。ありがとう」
「いえ、大したことはしてないです。これお土産の食パンです」
「あら、助かる。万花ちゃんの食パンはおいしいから」
やはり定期的にこういうことがあるようだ。食パンの荷物運びにうまく使われた。
けど、おいしかったし、まあいいか。
あの食パンがどう料理されるか楽しみだ。
それにしても万花ちゃんからは食パンへの並々ならぬ情熱を感じた。
あそこまで好きなものがあるっていいなあ。
さて、今日はもう少し行動できそうだ。どうしようかな。
共通ルートで各ヒロインのちょっとした話を順番にやって行きます。
主人公の天ヶ谷翔琉君はうじうじ男です。自分に自信が持てないので、出会った彼らはなんて優しい奴らなんだ、こんな俺に付き合って遊んでくれて甘えちゃっていいのかな。でも嫌われたらどうしよう。なんてうじうじ考えています。翔琉君が恋愛する日がくるのかは分からないです。