~セルシニア共和国~
この物語はフィクションです。
登場人物の名前や国・村の名前は現実と一切関係ありません。
それを頭の隅に置いて、ごゆっくりとお楽しみください。
「…レンって…」
リオがお父さんとレンの関係を探ろうと口を開いたとき、ショーがしゃべりました。
「話を戻すけど」
リオは一瞬ビクっとしましたが、すぐ普通に戻って、ショーの方を見ました。
「千Ωっていうのは、日本円で五円。馬車を五円で売ると言っているのさ」
「?!」
ショーの言葉に、リオはびっくりしました。びっくりしたのは、レンも、ゲンも同じです。
リオが普段乗る馬車は、日本円にしておよそ三百万です。民間で使われる馬車でも、百万円はします。それを、ローズは、五円でいいと言っているのです。
「kauno? kawanaino? kawanainara,tuginosyoudangaarunodakeredo??」
突然、ローズが不機嫌そうに言いました。
「買わないなら、次の商談がある。早く決めろ……と言ってんぜ。どうすんだ?」
ゲンが言いました。
「五円……条件がよほど厳しいものだと考えておいたほうがいいだろうな」
レンは考え事をするように、顎に手をあてて言いました。
「でも…」
リオは、恐る恐る口を開きました。みんながリオに注目します。リオはドキドキする鼓動を抑えながら、話を続けました。
「これ以外で、今の私達が買えるような馬車は、無いと思うの。あるとしても、その馬車に巡り会えるかどうか……」
「…そうだな。千Ωという破格の値段は、今の俺たちに渡された唯一の救いだ。中も広いし、どこか古いわけでもない。条件が厳しいものだとしても、やはり俺たちにはこの道が最善だと思う」
レンが言いました。リオは、コクコクと頷いています。
「確かに、そーだよな。今の、少しでも金を節約したい俺たちには、ちょうどいーんじゃねぇか??」
ゲンも、ため息混じりに言いました。
「…決定のようで、なにより」
ショーは少し笑ってそう言い、ローズに話をしました。
ローズはニッコリ笑って、馬車を運び始めました。
「馬は、元気な雌馬が二頭だよ!!」
受付にいた元気なオッチャンがそう叫びました。ローズは馬車を外に運んだ後、手際よく二頭の雌馬を連れてきました。
二頭の馬を馬車へと繋ぎ、いよいよ、完成です。
レンたちは荷物を積み上げ、ローズにお礼を言って、馬車を走らせました。
「ありがとう!!」
リオは大声でお礼を言いました。このときの言葉だけ通じたのでしょうか。
ローズは可愛い笑顔で、リオに向かって手を振りました。
カッタカッタカッタカッタ。
馬車の心地よい揺れに身を任せながらウトウトしているのは、お姫様です。
「……次の目的地だが」
「なんだ、ヨシュアもなんか考えてんのかよ?」
「私も少し考えがあります♪」
「わたしも、行きたい国があるわ」
四人同時に言葉を発しました。
「……なんだ、全員行きたい国があるのか」
ヨシュアがため息をつきながらそう言うと、お姫様が慌てて言いました。
「わやしの方は、ただの趣味や興味なの! 三人が行きたい国に行ってくれて大丈夫よ」
ヨシュアはまた、大きなため息をつきました。
「姫君、貴方はもうこの団体の一員だ。自分の意見を主張する権利を持っている」
お姫様はハっとしました。
孤児院を出るときくらいに、四人でこう約束したのです。
『変な遠慮はしない。真っ向から、ぶつかろう。そして、お互いが納得のいくまで話をしよう』
今のお姫様は、『変な遠慮』をしています。
でも、その変な遠慮は、ときに仲間を傷つけ、ときに自分をも偽ります。
そして……
「今のわたしは、自分を偽ってる」
お姫様は小さく口にしました。
ヨシュアは頷いて、
「どこに行きたいんだ?」
と優しく聞いてくれました。
お姫様は、「セルシニア共和国」に行きたい、と告げました。
理由は? とヨシュアに聞かれると、お姫様が最近はまり出した『染物』に関係していました。
染物とは、色のついていない生地を、色の濃い液体につけ、色をつけることをいいます。
お姫様の染物は侍女に習ったことがあるおかげで、見事なものでした。なので、染物をたくさん作って、市場に出そうと考えています。一応まだ決めてはいないので、一人だけで。
そして、セルシニア共和国に行きたい理由は、その染物が有名な国だからでした。
セルマシア共和国は大きな国で、いろいろなものが栄えています。特に染物は大人気で、正式な儀式の服などにも使われています。
そんな国で、お姫様は染物の技術をもっと詳しく知りたい、と考えていました。同じ紫でも、セイリーで染めるのとマオラで染めるのはわけが違います。
セイリーもマオラも同じ紫菜科ですが、セイリーは黒色のような紫で、マオラは繊細な薄い…ピンクのような紫です。
お姫様がそのことをヨシュアに話すと、ヨシュアは
「よし…おいゲン、セルシニア共和国へ向かえ。場所はわかるだろ?」
と言いました。理由を手短に伝えると、ゲンは納得し、馬に鞭を打ちました。手綱で操ります。
「えっ、ちょ…」
お姫様が混乱していると、エトロフが言いました。
「お姫様の染物の技術は素晴らしい物。それに磨きを加えれば、市場では大繁盛するでしょう。そうすれば、食費なども今より多く稼げますよね♪」
エトロフの言葉に、ガンジが続けました。
「食費が増えりゃ体力も増える。そうすりゃ自分達が行きてぇ国にも、たくさん行けんだろ?」
確かにそうかもしれません。…でも、お姫様は迷ってしまいました。
「必ず収入が増えるとは限らないわ。…それに、みんなだって染物くらい作れるわよ」
「…そんなに役に立ちたくないのか?」
お姫様が反論すると、ヨシュアはため息をつきながらそう言いました。
「染物は誰でも出来るほど簡単なものではない。…それは染物をやっている人が一番よくわかっているはずだ」
ヨシュアはそう続けました。
お姫様が毎日大粒の汗を額に浮かべ、全身びっしょりになりながら染物をしているのを、ヨシュア達は知っていたのです。
染物は、大きな鍋に色素の出る葉や花を入れて何時間も煮込みます。そして、煮込んでいる間中、ずっとオタマでかき混ぜていなければなりません。そうしないと色素が布の一部に固まってしまい、うまく染物ができないのです。
なので、額には汗がびっしり浮かんでしまうのです。
体力の消耗も、すごい量でしょう。
それを、お姫様は一人の力でやっているのです。
それだけでも、とってもすごいこと。
でもお姫様はそれだけでなく、とても繊細で綺麗な染物をするのです。手際もいいですし、染物が一部に片寄っている…なんてことも、ありません。
「……、知ってたんだ?」
お姫様はヨシュアに静かに問いかけました。染物は朝早くにするので、三人は寝ていて、気づいていないと思っていたからです。
「俺は、夜間飛行が好きでな。明け方に帰ってきてみれば、姫君はいつも染物をしている」
ヨシュアは静かに言いました。
「私は最近、健康の為にジョギングをしていましてね♪ 他の方に気づかれまいと、夜明け頃にやっていたんです。…そして、朝裏口から帰って、二階の窓を開けてみれば、いつもお姫様がいらっしゃいます」
エトロフも苦笑いしながら言いました。
「オレは、少しでも早く動けるように、蛇の姿になって森の中を動き回ってたんだよ。そんで帰ってきたら、いっつもアンタがいんだもん。気になってヨシュア達に聞いてみたら、ソメモンだって? びっくりしちまったよ」
ガンジもため息まじりに言いました。
お姫様は、ヨシュアが夜間飛行を好むことも、エトロフがジョギングをしていることも、ガンジが森の中を動き回っていることも知りませんでした。
―――私は、三人のことを何も知らない―――
お姫様は、初めてそう思いました。
セルシニア共和国へ旅たつこととなった一行。
ヨシュアたち三人の過去が、ゆっくりと明かされていきます。。。