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ゆらゆらと燭台の炎が揺らぐ先で、二人の影が伸びている。
向かい合ったのはギルド『クロックムッシュ』――なんとも美味しそうでふざけた名前だが立ち上げて十年の歴史がある――その頭領《マスター》である圧倒的美貌を持て余す黒髪黒目の青年カイナと、所属する古参の少女、銀灰色の髪に青みかかった紫色の瞳のリーゼロッテだった。
顔だけで食べていける、むしろ顔だけでいい、そもそも骨格が違う、創造主最大の露骨な依怙贔屓、本気出してデザインするなとまで言われるほど整った顔立ちを持つ年齢不詳のカイナは神妙な表情で指を組み、対するリーゼロッテはソファに背を預けて膝を組んでいる。少なくとも頭領に向ける態度ではないのだが、あいにくとこの場にそれを咎める存在はいなかった。というよりも、クロックムッシュにそれを咎める存在がいないのだが。
「……それで。こんな時間に呼び出すなんて、どういう任務なの?」
時刻は23時12分。昼間に賑やかさはどこへやら、聞こえるのは遠く酔っ払いと商売女の甘い声、そして窓を叩く風と揺れる木々の音くらいのものだ。うとうとしている最中に呼び起こされれば誰だってこうなる。
クロックムッシュは結成して十年の歴史を持つギルドだが、とはいえその年数に反して所属する人数は少ない。少数精鋭といえば多少聞こえがいいものの、結局のところ、十年経っても勢力を広げるような組織ではないということである。中にはいくつものギルドを内包し、あらゆる分野に長け、合計すればかなりの規模の構成員を誇る組織も存在するのだ。
しかしながらクロックムッシュに至っては仕事内容も非常に極端で、暗殺といった汚れ仕事から失せもの探しまで幅広く、だいたいは大迷宮『エデン』攻略と頭領のカイナがどこからともなく引き受けてくるものが多かった。そして、個人で引き受けた場合は終始完全自己責任をモットーに、報酬はもとより頭領に話を通す必要もないという状態だ。協調性に欠けるタイプにとっては実にありがたいものである。
突然呼び出されたリーゼロッテはカイナに先を促し、対するカイナはため息を吐きながらようやく身を起こす。翳りを帯びた顔はいっそう見目うるわしく整っていた。
「依頼人はあの騎士団《レギオン》様だ。正直めんどくさいが、俺としては当たり障りなく断る方がもっとめんどくさい」
「……騎士団って、国家直属じゃん。カイナ面識あったの?」
騎士団と言われれば国家直属、ここローゼンギリア国の王族が率いる最強の精鋭部隊として名高い組織である。この世界の国は大迷宮『エデン』に囲われたほんの一部分でしかなく、生活居住区との境に当たる迷いの森を抜けた先、聳え立つ壁の奥はいまだ把握されていない複雑怪奇と化した迷宮になっていた。東西南に一か所、北に二か所確認されている出入口から手順通りに進めば協定を結んだ便宜上の隣国に出られるが、それ以外の手段で通り抜けることは不可。上空から迷宮を把握しようとしても靄がかかり視界は遮られ、どのような魔術をもってしても解明するには至らなかった。
騎士団《レギオン》そんな大迷宮『エデン』の最新情報を常に監視、並びにそこから溢れ出てくる魔物や犯罪者集団から人々を守り、秩序を尊び安寧を誓い、清廉にして多くの羨望と憧憬を集めるエリート軍団たち。そこからの依頼とはさすがのリーゼロッテもまたたきを繰り返し、ややあって、驚きから不信へと切り替えた瞳を細めた。至る所から繋がりと情報屋も目を剥く情報網を敷いているのは知っているものの、とはいえ国家直属の騎士団とは穏やかではない。
問われるカイナは言葉通り面倒そうにソファへと背を預け、リーゼロッテの冷たい視線を肩を竦めて流した。
「とある孤児院にアルト・アイドクレースという少年がいる。その少年が本来この国の王族でしか認められていない魔力、光の属性であることが判明したのが発端だ」
魔力を持つ人間は一部に限られ、ほとんどの人間は魔力を精霊への詠唱を媒介に魔術へと変換し、それらを用い攻防として扱うことができない。
攻撃力に頭抜けた【炎】、防御力に優れた【土】、治癒能力の高い【水】、抜きん出た能力はないがどの属性でも補佐を行える【風】。そしてそれらをはるかに上回る防御力と治癒力を持つ【光】、全属性最下位の防御力と引き換えに一騎当千ともいえる攻撃力完全特化の【闇】。中でも光属性はSSS《トリプルエス》と呼ばれ、ローゼンギリアでは王族の血縁者のみでしか確認されていないのだ。ごくごく稀に王族とは関係のないところで生まれない可能性がないともいえないが、しかしその場合は概ね一代限りの先祖返りとされている。何世代も前に先祖が精霊や妖精と交わった結果、人間の血肉に溶け、ただ一代に限って生まれてしまうことは否定できない。
王族でありながらも本家直系以外が騎士団として最前線に立つ理由はそこにあり、しかし認知されていない光属性が孤児院出身の少年に出てきたともなれば、確かに話は変わってくるだろう。既に次期国王が確定されているとはいえ、血縁関係が認められれば王位継承権に問題が出てくる。
「それで、血縁関係に心当たりはあるの?」
当然の確認としてリーゼロッテが問いかけると、ふむ、とカイナが頤を下げた。ある程度の質疑応答は事前にシミュレーション済みなのだろう。
「確認されているだけでも、アルト少年は孤児院に入る前は国外にいたそうだ。その上前国王には駆け落ちした元王女の妹がいる」
「……はあ……、可能性があるって、それだけでもう結構な問題だと思うんだけど」
それは確かに厄介だ。
駆け落ちした元王女の孫であれば光属性の魔力を継いだ可能性があり、そうでなくても一代限りの先祖返りはかなりの稀少種である。今回の事案を思えば血縁の有無に関わらず、騎士団――否、国として捨て置く対象にはならないということなのだろう。
普段から飄々としているカイナの繋がりはギルド内でも不明扱いされているが(なんせ街を歩くだけでその美貌によって老若男女問わず骨抜きにする男なのだ)、本当に面倒な仕事を拾ってきたものだと呆れたリーゼロッテにカイナはため息を吐き、問題はそこではないのだと語を継いだ。揺れる炎の陰影に、カイナの黒檀の瞳から光源が隠れる。
「どちらにせよ、もう少年は騎士団に目をつけられている。来年には強制的に品行方正で有名な騎士団養成学園にも入れられる――ただ、重きを置くのが少年の出自だ。血筋が明確であるなら相応の立場が必要となるし、関係がないのなら珍しい属性の団員という扱いでいい。お前さんの任務は孤児院に潜入して入学までに少年の出自に関するものを探りつつ、かつ血筋狙いで誘拐や暗殺をけしかけてきそうなやつを片っ端から片づけてほしいっつーわけだな」
「いつも通りながらすごい大雑把にまとめてきたじゃん……。むしろ潜入活動とかあんまりやったことないのに大丈夫なの、それ?」
「SSS《トリプルエス》にはSSS《トリプルエス》をぶつける方が手っ取り早いだろ。なあ、SSS《トリプルエス》の闇属性さんよ」
ぴく、とリーゼロッテの気配が変わったのを察したのだろう、いつも通りの飄々とした笑みを浮かべるカイナは目を細め、リーゼロッテの影が伸びたことに「おお怖い」と特に怖いと思っていなさそうな声色で呟く。闇属性は王家のように明確な血筋がなく、先祖返りの中でも生粋ともいえるほど極めて異端で、吸血鬼《ヴァンパイア》、人狼《ルーガ・ルー》、雪女《スノウ・フェアリー》など、本来敵対しているはずの妖怪や魔族の血を継いでいるものを現す属性だった。光を継ぐ王族とは真逆の存在であり、どちらかといえば相性は最悪と言っていい。
確かに他の属性と比較せずともレートで釣り合いは取れるが、両者ともに相性最悪な組み合わせなのは明白である。そんなリーゼロッテを当てるということはやんごとなき事情でもあるのかと向けられた視線に、カイナはいや別にないと言い切った。
「最長で入学までの半年間。だが現状どれだけ時間がかかるか分からん問題だからな、現時点で任務に当たっていない、かつ対象人物と年齢が近い、長期的に接していても周囲から疑われないメンバーの中でお前さんが最適解だと思っただけだ」
「メーヴィンはどうなの。最近動いてないってぼやいてたよ」
「爺さんはウチの最高戦力の一角だから温存だ。場数の違いならアリだが、少年に近づくにはどうにも年齢がいきすぎているし、なによりウチとしての急場対策なら手練れは残しておくべきだろ」
メーヴィンは六十をとうに超えた男性で、カイナと共にクロックムッシュを立ち上げた頭領補佐である。昔は血気盛んだったと笑い話にするほど剣技は凄まじく、普段は柔和な笑みを浮かべた細身の老紳士だが、リーゼロッテに一通りの護身術と一般的な知識を叩き込んだ師と呼んでも過言ではない。頭領のカイナの選択肢として、最強格のメーヴィンを手駒として残す意見に異論はなかった。
まして、アルトは十代も半ばの少年なのだ。六十を超えた手練れの男性が傍にいると、否応なく人目を惹きかねず、同時に騎士団との関係性を勘ぐられるだろう。その点リーゼロッテは今年十九に見えないほど小柄で童顔なので、見張りとして傍にいても警戒心は段違いなほどに下がる。
「サーニャは……まあ、なにかと目立つからナシ。リリアは論外。お前さんに次いで年が近いジャックは別任務で不在、他に意見は?」
「……その面子を聞いてると、むしろやめておいた方がいいってわたしも思うわ……」
目頭に指をやりつつ、思い浮かべるのは変わり者の多いギルドの中でも飛び抜けて変わっている面々だ。
衣服の概念を持ち合わせていないサーニャは豊満な身体に彼シャツと呼ばれる衣服一枚を着た女性で、普段から下着を身につけないという有様なので今回の任務には向いていないだろう。ぽってりと熟れた唇、その左斜め下のほくろは同性から見ても色っぽく、諜報から治癒術などはギルド内でも屈指なのだが、いかんせん間延びした口調と身嗜みが目のやりどころがないほどに爛れている。垂れ目がちな瞳は妖艶さを帯びていても、これではセクシーを通り越してただの痴女で露出狂だ。その道の玄人よりも玄人、年齢問わず男女両方イケるタイプなのでなおさらである。
反してリリアは「あー」や「うー」しか喋れない、薄桃色の髪に濃い桃色の瞳の十歳程度の少女で、土砂降りの雨の中、路地裏で行き倒れていたところを保護してから半年経ったばかりだ。身元は一切不明、唯一身につけていたドッグタグに【∀-1717】と刻まれていたため、上下をひっくり返して【LILI-A】、リリアと呼んでいるにすぎない。診察したサーニャ曰く、おそらくはどこかの実験施設から逃げ出した被検体だろうとのことである。
「うぅん、頭の中、結構いじってるっぽぉい。魔力回路がヘンっていうかぁ……強制的な属性変換、もしくは混合属性《キメラタイプ》かしらぁ?」
「おや、そのようなことができるので?」
問いかける老紳士メーヴィンにサーニャは人差し指をぽってりと熟れた唇に押し当て、なんていうかぁ、と答える。
「できないから、やってる、みたいなぁ? だって、同じ防御専門や治癒術でも、土属性と水属性を完全な上位互換である光属性に変えられたらすごいじゃなぁい?」
言語が発達していないのも、意思疎通が上手くできないのも、その弊害と思えば遣る瀬無いだろう。酷く目を惹く薄桃色の髪も強制変換による副作用の可能性が高い。
リーゼロッテより二歳年上のジャックは全体的に軽いノリで生きているような青年なのだが、よく言えば物怖じしない面倒見のいいタイプで、悪く言えば大雑把でチャラすぎるのだ。まず敬語は使えない。ゆえに面倒見がいいとはいえ、年下の少年を護衛するために任務途中で呼び戻すのは気が引ける。
戦力と経験値が高いゆえに有事に備えて残しておきたいメーヴィン、諜報に優れるが露出狂のサーニャ、保護したばかりのリリア、任務中のジャック。他のメンバーは別件に出払っており、十数人程度のうち四人が使えないとなれば必然的にリーゼロッテに回ってくるのも納得でしかなく、そこでようやくリーゼロッテは了承を示した。長期的な潜入工作で名前を変えるのは一般的だが、どうする、と問われてリーゼロッテはため息を吐く。
「諜報は慣れてないし、下手な小細工をするとかえって疑心暗鬼を招くから、今回は依頼を受けた正規のギルドとして接触した方がいいと思う」
「アルト少年の存在が噂として広まっている様子はいまのところ見られていないが、まあその判断は悪くないな」
クロックムッシュの唯一絶対のルールは、ギルドは親子で家族で、兄弟で身内だから、そのギルド内に迷惑をかけないこと、だけである。万が一裏切った場合、如何なる理由であれど身内の問題としてギルド内で処分することが遵守される。
暗殺を含め短期決戦型であらゆる処理をこなしてきたリーゼロッテだが、いつ終わるかも不明な長期になりかねない任務の経験は浅く、ならばできる限りの対策は打っておきたい。本名で通すのは、正規のルートで引き受けておきながら偽名を使えば対象者からの信頼を得られなくなる可能性を潰すためである。素性を探るのであれば――たとえ仮初でも、一時のものであっても、真摯でいなければならない。
「まあ、名前はわかった。名字はどうする?」
ギルドに入ったとき、元の生活に戻らないことを前提に名字を捨てるメンバーは多い。なにより、ローゼンギリアではギルド結成を認定する対価として魔力を持たない市民等大勢を守ることがあり、許可を得ていないものはだいたいが裏稼業なのだ。
護衛と監視対象者のアルト・アイドクレースの名にちなみ、そうだね、とリーゼロッテは呟いた。
「イリスアゲート」
「うん?」
「アイドクレースは宝石の一種でしょう。イリスアゲートは瑪瑙だから、偶然を装った接点としてはちょうどいい」
「ほーん、お前さんにもそういう気遣いがあるんだな。へえん。ほおん。リズちゃんにも可愛いところもあるじゃねーの」
揶揄うような愛称に、再度影が揺らいだ。
「いまここでうっかり手が滑ってカイナを攻撃しても推定無罪だよね?」
「残念ながらギルドマスターへの叛逆は確定有罪だ」
じゃあお前さんはアルト・アイドクレースに近づく限りリーゼロッテ・イリスアゲートで通すことにする。報告は怠るなよ、と低い忠告の声に、細い頤を下げた。
「了解」
闇属性の魔法は、闇や影がある限りいっそ理不尽で暴力的なまでに無類の強さを誇る。闇属性しか使えない術があるとしても。弱点としては光に埋め尽くされて影が消えること。まったく、面倒なものだとリーゼロッテは再びため息を吐きながら、そうしてようやく辞去した。
はじめましてこんにちは。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。