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第19話 自覚

 ヘンリックが来る前に、不動星についての部分をさっさと読んでしまいたかったが、さすがにそこまで遠くには行かなかったらしい。

 ヘンリックはすぐに戻ってきてしまった。

 数冊の本を手にしている。

 チラリと視線を送ると、書名をこちらに示してきた。


『ブドウの生育』『酒の歴史』『ブリアーナ――その紫の秘宝――』


「……ワインですか」

「ワインだ」


 実に趣味が一貫している。まあ、お互い様か。


「……殿下は、ええと、ワイン以外だと他にご趣味は?」

「狩猟、剣技の鍛錬……くらいか?」

「そうですか」

「聞いておいてあからさまに興味のなさそうな顔をするな」


 ヘンリックは少し拗ねたような顔になる。

 珍しいものを見て、ステラはついクスリと笑っていた。


「気を悪くされました?」

「いや、全然」

「でしょうね」


 そのくらいはさすがにわかってきた。

 それ以上語ることもなく、お互い本を開いて、そちらに目をやる。


(デート……しかしデートなのかしら、これ。まあ、私と殿下が膝をつき合わせて、会話が弾むことを期待するよりは、ずっと生産的だろうけど。……いえ、デートって絶対に生産性を求めるようなものじゃないわ。さすがの私でもそれはわかるわ)


 そう考えながらページをめくっているうちに、不動星に関する記述を見つけた。

 天文台はやはり不動星の光の弱まりについて観測していた。

 観測の結果が淡々と載せられた後、報告文がついていた。


「…………」


『――以上に記したここ半年の観測から、不動星の光の弱まりは決定的なものと考えられる。これまでの天文の歴史の中、星の光の弱まりは必ずしも、珍しいものではない』


(そう、前例はある。それが『不動星』――国家の象徴だったから星見伯としては困るというだけの話)


『星の光が弱まった後、その星の今後は主に二つに分かれる。星が消えるか、いつの間にか元に戻るかである。不動星がどちらであるかは要観測』


(……ま、そうなるわね。そうとしか言えないわよね……)


 当然ながら、不動星が持つ星見的意味などその本には書かれていなかった。


 念のため他のページも猛然とめくってみたが、不動星に関してそれ以上の記述はなかった。

 さて、どうしたものかと、思案にくれながら、パラパラと他のページをめくる。




「君の趣味は?」

「え……」


 突然そう語りかけられ、びっくりして目を上げる。

 ヘンリックが本に目を落としながら、しかし、確かに口を開いていた。


 趣味。ステラの趣味。考えたこともなかった。


「……ほ、星を見ること……?」

「それは、仕事ではないのか?」

「……家業ではありますが……」


 しかし別に今更、それで食べていけるわけでもない。

 星の観測だって、天文台が行っている。

 星見伯家がやり続ける必要なんてどこにもない。

 そもそもステラが王都に出てしまったせいで、現在、星見伯領の天体観測記録は途切れてしまった。

 弟も学んではいるが、まだ拙いし、幼さ故に夜には眠くなってしまう。

 そもそも、あの子が星見伯家を継ぐとして、天体観測まで続けたいのか、わからない。

 怖くてステラは聞けなかった。父は、話したことがあるのだろうか?

 当主として、弟に尋ねたことが、あったのだろうか?


「……私は跡を継ぐわけでもないので、趣味、にすぎないのかもしれません」


 それは母のように。

 父に星見を教わった母のように。ステラに母が星図を遺してくれたように。

 仕事ではない。仕事ではもうない。


「それでいいのか? 君は、星見が『趣味』でいいのか」


 ヘンリクは本をめくりながら、こちらを見ることもなく、そう言った。


 言葉に詰まる。

 返答ができない。


「う……わ、私は……」


 一気に嫌な汗をかく。

 図書館の中は建物の構造か、一定の気温が保たれていて、外の日もそうそう差し込まない。

 だからこれは心のせいで、かいている汗だ。

 ステラの戸惑う心が、流させる汗だ。


 その汗を、ヘンリックは見ていない。

 ステラとの会話より、ワインについてのアレコレの方が興味深いらしい。

 それは、そうだろう。

 今時、星見の話なんて、面白くもなんともない。

 馬鹿にされないだけマシだ。


「……なんで、そんなこと、急に聞くのですか……」


 ヘンリックがようやく本から目を上げた。

 ステラの顔を見て、少し表情が歪む。


「……ユッタ、汗を拭いてやれ」


 後ろに存在感を消して控えていたユッタがすっとステラの横に立つ。


「よろしいですか?」

「……頼むわ」


 ユッタがハンカチを取り出し、ステラの汗を丁寧に拭いていく。


(こんな風に私が――婚約者がかいがいしく世話されることは、殿下には当然のこと)


 しかしステラは今まで専属の侍女を持ってこなかった。

 だから人に汗を拭いてもらうなど本当は慣れていない。ただヘンリックの手前、婚約者として目の前にいる都合上、おとなしく汗を拭かれているにすぎない。


 こんなちょっとしたことが、ステラを毎回、戸惑わせる。

 どんどんと、口にしても意味のない違和感が募っていく。


「……そろそろ時間か」


 ヘンリックが本を閉じ、伸びをした。


「この本が王宮にもあるか、確認してくる。君も出立の準備を」

「はい……」


 図書館は本の貸し出しを行っていない。

 あくまで国有の資料として保管し、必要があれば提供する。

 王家に対してはその扱いは緩いようだが、本来、こうやって無計画に本を選んで読んでいるのも格別の扱いのはずだ。


 一昔前の星見伯ならともかく、今の星見伯にはそんな権限はなかっただろう。


「…………」


 どうして、こんなに気が滅入ることばかり考えてしまうのだろう。

 ユッタが鏡を差し出してくれる。

 汗はきれいに拭き取られていたけれど、鏡の中のステラは拠り所なくこちらを見返していた。

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