天敵
※一部、お食事前、お食事中には不適切と思われる表現があります。ご注意ください。
我々は宇宙最強の称号を持つ完成された生命体だ。その強さの源泉である唯一無二の武器は類稀な変身能力である。我々の身体を構成する特殊な細胞は、他の生物に接触することで、即座に遺伝情報を読み取り解析し、その種の最も苦手とする凶悪な姿に形を変えるのだ。
ただ見た目のみ変化するのではなく、致死毒を流し込む針に鋼鉄を断つハサミ、全身を覆う無数の棘に酸を滴らせる牙、神経を麻痺させ自由を奪う触手など、どんな特徴でも再現可能。即ちあらゆる生物の天敵になり得る能力を持っているということに他ならない。
一方、変身前は1ミリメートルにも満たない微生物の状態になっている。この姿は満足に攻撃こそできないものの、乾燥、温度、圧力、放射線……ありとあらゆる過酷な環境変化に適応できる堅固な防御を誇る。この無敵の盾と矛により幾千万もの生物種を滅ぼしながら、銀河を渡り歩いてきたのが我々九魔虫という最凶生物なのだ。
次なる標的を求め、単体で宇宙空間を彷徨っていた私は、巨大な宇宙船と、外部で何らかの作業を行っている生命体を発見した。それなりの科学技術を獲得しているようだが、我々の力の前ではその程度の付け焼刃など一切役に立たない。直に接触する機会を伺うため、まずは防護服に張り付き様子を見る。
船内に入る際の除染作業やエアロックも難なく通過し、分厚い宇宙服を脱いだ標的は、ついにその無防備な肌を私の目の前に晒した。さあ、一方的な蹂躙の時間だ!
……おや……何だか随分サイズが小さいな。たとえ少々体格差があっても強力な毒や酸を用いて相手を追い詰める生物もいるのだが……この小さく黒光りする昆虫はそのような武器を持っているわけでもないようだ。まさか読取エラーでも起きたのか?
私としたことが数秒ほど、動揺のあまり固まってしまっていた。だが、そんな心配も杞憂であったとすぐに明らかになった。私の姿が視界に入った途端、奴らは血の気の失せた顔で情けない悲鳴を上げて一目散に逃げ出したのだ。やはりあの生き物の天敵であるというのは間違いないらしい。驚くべきことに、どうやらこの外見、そして体の動きが直接精神に干渉し、恐怖と絶望を深く刻みつけ、奴らを逃走させ得る凄まじい力を持っているようだ。
ん? ……一匹だけ、のこのことこちらへ戻って来たぞ。さては命乞いでもする気だろうか……いや、あの表情を私は知っている……決死の覚悟を決めた戦士の顔だ。しかし、右手に構えているのは只の紙の束を丸めたものに見えるが……そんな貧相な武具で、天敵であるこの私と戦うつもりなのか。奴は脂汗を流しながら一歩ずつ、じりじりと距離を詰めてくる。
くそっ、無重力のせいで俊敏に動くことも叶わない。逃走は我が種族にとって恥ずべき行為だが、もし命の危険が迫っているのだとしたら、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
……嘘だろ……ひょっとしてあんなもので叩かれただけで、この体は死んでしまうのか……そんな訳はないよな……だって、私はお前の天敵なんだろう? ……やめてくれ……たのむ……おねがいだ……やめろおおおおおお!!!
バシン