第8話 この輪の中に
今回は、ほんのちょこっと重めにしました。小鳥ちゃん目線です。
今日も、やっぱりリビングで椅子の上に独り、立っている。小鳥遊くんや鷹野さん達と別れ、私は現実に苛まれていた。クラクラとする視界。思考もおぼつかない。それでもあと一歩は踏み出せない。どうやら、ここまでしても根底となる欲望は揺るがないようだ。何故だろう。ここまでなっておきながら、どうしてまだ私はこうして立っているのだろう。もともと、私はもうここにはいない存在ではなかっただろうか。昨日で、終わったはずじゃないのか?まだ続けろというのか?まだ続けなければならないのか?いや、そう望んでいるのは私だ。あと一歩を踏み出すことを拒んでいるのは私だ。小鳥遊くんと付き合えなかったらもう終わらせようと決めていたはずだろう。
「あぁ、もう………。」
すべて小鳥遊くんのせいだ。小鳥遊くんが友達になろうなんて言うから、私は諦めがつかなかったのだ。そうだ、小鳥遊くんは私にとって枷になっている。何故か、私の心が分かってるみたいにあんな事言ってきて。どうして小鳥遊くんはYES、NOの二択で答えてくれなかったのだろう。おかげで私は、こんなにも苦しんてでいる。こんなことを考えていくと、何で私が告白したのかという疑問に収束していく。いや、分かってるさ。何で告白したかなんて。依存できる人が欲しかった。それが小鳥遊くんだっただけ。そうして、この告白が失敗したのであれば私は、何もかもを諦めるつもりだった。それなのに、どうしてけじめをつけさせいてくれないのだろう。こんな中途半端な状態で生きて………苦しいのは私なのに。
「本当なら昨日で全部終わってたはずなのに。どうして生きてなきゃいけないの?………いや、知ってるよ。そんなのどうでも良くて勝手に死ねばいいことくらい。でも………小鳥遊くんが………。」
小鳥遊くんがどうしたのだろう。自分で決めればいいことなのに、尚も私に足は動かない。一歩踏み出すことができない。恐怖に支配され怯えてる。竦んでる。惨めだ。滑稽だ。こんな姿誰かに見られたら、きっとこの先を急かされることだろう。もう準備はできているはずなのに。全く準備万端ではない。終わらせたいのに、その行動が間違いのように感じられる。いつもこうだ。ここから見る景色も変わらない。この時間が一番無駄なのだ。とっとと行動に移せばいいのに、そんなこともせず、ただ悩んでる。そんなくだらないことしなくてもいいのに。これが人間の性なのだろうか。なんとも非合理的である。その非合理性によって私は生き長らえてる。この忌々し記憶と一生物の傷を抱えてダラダラと生きている。
「だって、私には………友達がいる………だから………。」
だからなんだというのか?その友達は私の生きる理由になっているとでも言うのだろうか?残念ながらその友達というのは私の中で既に枷の判定をしたばかりだ。何故私はそんなくだらないもののために葛藤しているのか?とっとと、この目の前の輪の中に首を通せばいいのに。そうしてあと一歩踏み込むのだ。そうすれば、こんな記憶からも開放される。何故それをしないのか、いや今までもしてこなかったのか。
「そんなの、怖いからに決まってる。私は死ぬのが怖いんだ。だから………今までもここで立ち止まってるんだ。そんな感情がなければ私だって死んでた。そもそも、こんなことになってなかったかもしれない。それだったらある意味そっちのほうが良かった………。でも………。」
その声の続きは出てくることはなかった。当たり前だ。恐怖心を誤魔化すための言い訳に過ぎないのだから。はぁ、いつまでこうしているんだか………正直この景色にも飽きてきた。いつもいつも。もう何年だ?3年目になるのか。そのくらいの時間この毎日を経験し、1日の最後にはこの景色を見てきた。もう、いい加減終わりにしようじゃないか?疲れているんだろう。もういいじゃないか。
「それだったら………小鳥遊くんはどう思うの?彩羅ちゃんは?染羅ちゃんは?みんなどう思うの?私が死んだら………みんなはどう思うの?」
そんなの知ったことじゃあない。だいたいこっちは死んでるんだから人の気持ちを知ることなんてできないだろう?そんな事気にしてちゃ死ねないのに、どうして私はそんなにくだらないことを考えてるのだろう?本当、わからない。今までだって散々そう言って逃げてきた。それで苦労していたのは私だ。だからもう、やめにしようと言っているのだ。それなのに、何故私は拒むのだ?何故動かないのだ?もう………疲れたんだ。そろそろいいじゃないか。
「駄目だよ………そんな逃げ方無いよ………私はまだ怖いんだから。だいたい、何であのクソババアの望んだ通りのことをしなくちゃいけないんだよ?それこそ、一番の屈辱だろうが?もういいじゃないか。まだ、待ってくれよ。まだ、早いよ………。」
まだ早いか。どのくらいその言葉を使ってきただろう?もう覚えてはいない。しかし確かにあのクソババアの思惑通りになるのはこちら側としても面白いものなどではない。そうして私は私を納得させる。いつもと同じ流れだ。何も変わらない日常。変わらなければならない私に対していつも通りという怠けを提示し、そうして死は遅くなっていく。でも、もうそれでもいいのかもしれない。ここまでしても、私は死ねない。じゃあしょうがないのかもしれない。そういうものとして捉えた方がいいのかもしれない。
「確かに………もうこんな生活、辛いよ………。」
私は、最後静かに呟いて椅子から降りた。首には何も巻かないまま。
そうして………今日もやっぱり、朝がやってきた。どうも、私は昨日も死ねなかったらしい。
「いっつも、こうだ。」
葛藤しては死ねずじまい。こんなことをもうかれこれ3年やっている。私もはっきりしないものだ。
「そういえば、昨日雨降らなかったな。珍しい。低気圧じゃなかったのかな?」
そうして私は朝の準備に取り掛かる。そう準備がある。まだ日の出前だ。こんな生活………どうしてこんな事続けているのか。どうして今まで何も支え無しでやってこれたのかそれが謎だ。私は本当によく頑張ってきたよ。
「やめよ、朝からこんな考え方。1日が辛くなる。それに学校にいたときのほうが全然楽しいんだから。小鳥遊くんだって、鳥塚さんたちだっているんだから、前向こう。」
そう言って、自分を叱咤する。こういうときだけ私は聞き入れがいい。本当、欲に従順な人だな………。まぁそういう人でもいいか。今日も頑張らなきゃいけないから、前向かないと。
父さんからの仕送りはある。父さんからの連絡もある。でも私はここに独り。帰るべき場所には、私1人だけ。何も生活音はない。頭がおかしくなるくらいに、家には何の音もない。だから、私は独り言が多い。でも、その独り言の答えてくれるのは私しかいない。私は、もう相当ヤバいところまで来てるのかな?まぁ答えはもう出ている。相当おかしいようだ。狂ってる。そんな私を隠して、今日も通学路を歩いている。人の視線を感じることもない。なにも気にすることはない。ただ本当に孤独な時を過ごしているだけだった。あの、明るい声が聞こえてきた。聞き馴染みのある声。つい最近話し始めたばかりのはずなんだけどな。どうしてこうも馴れ馴れしいんだろう。この声は彩羅ちゃんだ。「おはよう」とそう聞こえてきた。そうして立て続けに染羅ちゃん、小鳥遊くんの声が聞こえてきた。そうしてまた私は、夢のような日常を再開するのだった。