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第18話 弱虫

 弱い、憎い、酷い、辛い。そんな気持ちが渦巻いていた。私はただ立ち尽くしていた。独り、その場に立つことしか出来ないでいた。どれほど時が経ったか、或いはそこまで経っていないのか。私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「一華姉………?」


どこか、虹姫と似通った顔つき。幼く、どうしてか意地悪したくなってしまうようなそんな声。私は彼の事をよく知っているはずだ。朱雀 光華(しゅざく こうが)。虹姫の弟だ。昔はよく4人で遊んでいた。いつからだろうか、離ればなれになったのは。確かにずっと近くにいた。でも、気がついたらなんだか遠くに行ったような、離れてしまったような。だから、私は夢七のことが好きになってしまっていたのだろうか。私ですら、よく分かっていない。


「こ………光華ぁ………。」


気がつけば私は情けない声を上げながら、光華にしがみついていた。周りの目なんて全く気にせず、光華のことも考えることができず。でもその行動は、私にとって、安心感を与えるものであった。いつからだろう。私がここまで周りを考えることができなくなっていたのは。何もかも、どうでも良かった。私の気持ちが晴れさえすれば、他のことなんてどうでも良かった。これが、失恋なのだろうか。今までこんな経験したことがない。きっと、失恋なのだろう。


「ち、ちょっと!?一華姉!?」


案の定、光華はものすごく動揺していた。でも、そんな事なんてどうでもいい。今はただ安心感の中で泣きじゃくりたかった。このままの時間が続けばいいのにと思ってしまうほどに。


 結局、私は光華に連れられて私の家に入って行った。その後も泣いていたのだが…少しだけ安心していた。その声落ち着きを取り戻した私は嗚咽ながらに声が出た。その声というのも酷いもので『夢七のバカヤロー!!』だとか『なんでなんだよ!?』とか自分のことを全面に推しだした内容だった。そんな中でも光華は私の事をなだめてくれた。昔は私の方がなだめていた側だったのに。そんなことで、光華のちょっとした成長を感じていた。


「はぁ、一華姉、落ち着いた?」


光華は私にそう聞いてきた。実際いつもと比べるとまだ興奮状態にあったが先程よりも落ち着いていた。まだべそはかいていたが、なんとか喋れるようにはなっていた。


「う、うん………。」


「それで………だいたい予想はついてるけど、どうしたの?話したくなかったらそれでいいんだけどさ。」


「………振られた。夢七に………振られた。」


そのことを話すと、光華は少し寂しそうな表情になった。私のことを心配してくれているのか。優しい人だよ。


「そっか………やっぱりそうなんだ。」


そこで、会話は途切れる。その場の空気もそんなに話すような雰囲気ではないし、それにお互いに久しぶり過ぎてどんなことを話したらいいのか分かってないというのがあるだろう。その気まずい雰囲気は数分間ほど続いた。


「一華姉………。」


静寂を破ったのは光華だった。私もそれに応える。


「…何?」


「いや、その………なんでも無い。」


その続きを聞くことはできなかった。そのままその日は大きなものを失ったまま過ぎてしまった。私は………これからどうしたらいいのかわからない。何もする気力がおきなかった。夜にはまた布団に包まって泣いてしまった。勝手に涙が溢れてくるのだ。勝手に寂しくなってしまうのだ。自分じゃどうも制御できない。私は、そんなにも夢七のことが好きだったのか。


 そうして、泣きつかれたのか私はいつの間にか眠ってしまっていた。気がつけばもう朝。私の気持ちは何も変わってない。何に対しても気が乗らない。失恋のショックはここまで大きいものなのか。これが初恋というのもあったのかもしれない。しかし………私はここまで弱いものか………。現実をみることができてない証として、私の中では『大好き』が渦巻いていた。どこに当てるでもない、そんな行き場をなくした『大好き』が暴れまわってる。それが余計に私を悲しくさせる。それでも最低限学校には行かなければ。


「はぁ………はは…駄目だな。私って。」


そんな独り言を、ベッドの上で呟いた朝だった。


 何も頭にはいってこない。授業もいつも以上に上の空。何をするにもうまく行かない。ボーッと前半戦、午前の授業を駆け抜けた。そうしていつも通り隣のクラスへ向かい小鳥遊さんと話し合いをする。


「で、振られちゃったんだ。」


「知ってるんだ。」


「振った張本人から聞いた。まぁ、案の定と言うかなんと言うか。」


「分かってるけど………夢を見てたかったんだよ。口数も減って、疎遠になって、それなのにあっちは虹姫のこと好きになっててさ………もう………なんでなのさ。何で私は報われないのさ………。全部分かってるから、理論武装しないでよ?しょうがないなんて分かってるから。あと、多分泣いちゃうから。」


空元気。ふざけたような言い回し。


「………流石に、そのくらいわかる。でもまぁ、案外繊細なんだな。」


「案外とは何だ案外とは?失礼じゃないのか?」


「まぁ、正直な感想。それはそれとして、大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。多分。」


「本当のところは?空元気で答えるんじゃないぞ?」


「………だいじょばってない。」


「だろうな。まぁ、相談できるやつには相談しろよ?烏丸さんは真面目なんだから、思い詰めるタイプだろうから。」


「………口説いてる?」


「なるほど、冗談が言えれば大丈夫そうだな。」


「あぁゴメンって。また、話聞いて?」


「了解。」


そこで、私の方に関する会話は終了した。また、愚痴りにでもきてやろう。そんな気でいた。ふと気がつく。私達のつながりは、夢七を振り向かせることが発端であった。それ以外で関われるものなのだろうか?


「また、話しに来てもいいの?」


「いいけど。て、言うか何で駄目なの?」


「いや、いいなら………また来る。それじゃ、ありがとね。」


「なんかあったら吐き出しにきな?聞くだけ聞くから。」


「うん。」


ほんの少しだけ、ちょっぴりだけおもりが外れたような気がした。話を聞いてくれる人がいる。それだけでも、前をむこうとする気が起きるものだ。何なら………光華も………また話せるかな。小鳥遊さんのクラスを出ようとした時、あまり会いたくない人達と会ってしまった。


「あ………。」


自然とその声はこぼれてしまった。朱雀 虹姫、白鷺 夢七。


「一華………。」


夢七がそう呟いた。この顔ぶれ全員というのは非常に久しぶりなような気がする。どうしていいかわからない。私は………。


「………。」


無言のまま、自分のクラスへと駆け込んでいった。なにもできそうな気がしなかった。どうも、私は前よりももっと弱くなってしまっているらしい。前の関係まで戻れっこない。また、行き場をなくした『大好き』が私を苦しめる。また、視界がぼやける。自分の席に付き伏せる。もう、しばらくは誰の声も聞きたくなんて無い。


「一華………。」


「………夢七………今は、声聞きたくない。」


「………その、ゴメン。」


どっちの意味かはわからない。でも、それっきり昼休憩から後学校内で私に話しかけてくる人は居なかった。しばらくは立ち直れそうにない。やっぱりまた明日小鳥遊さんに相談でもしてみよう。相談と言うか愚痴だ。あぁ………小鳥遊さんの存在に感謝しながら、今日も泣きながら床につく。こんなに泣き虫になって………あぁしばらくこんな生活が続きそうだ。はぁ………もうしんどいな、辛いな。早く、忘れよう………。

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