第13話 自我か、彼我か
「僕は………まだ………好きじゃない………。」
「まだ、好きじゃないんだね。」
そうして僕は、また逃げていた。そう自覚していても口から本心が出てくることはない。
「うん。」
「………嘘ついてるの知ってるからね。動揺が隠しきれてない。」
幼馴染にはこんな些細なことすらもバレるのか?いや、僕がわかり易すぎるだけか。
「ごめん白状する。正直なところ僕は、どちらか選ぶなんてできない。僕は、この生活がすごく楽しいんだ。この時間がすごく幸せなんだ。友達としては好きだよ。でも、恋愛感情は存在しない。これが僕の本当の気持ちだよ。」
「そっか………私達と一緒に居たくないわけじゃないんだよね?」
「うん。僕は染羅たちのことが嫌いなわけじゃないからね。」
「そっか………散歩、付き合ってくれる?」
「うん。」
そうして、僕たちはまたいつかみたいに夜の散歩へでかけた。実際2,3日ぶりくらいなのだが体感はもっと長く感じられた。ここ数日はかなり色々あったからそのせいであろう。
歩きながらも僕たちは静かなままだった。何を離していいのか全くわからない。とても焦っていた。今の僕には余裕なんてものが一切無いようだ。そんな中口火を切ったのはやはり染羅だった。
「気持ち、伝えてくれてありがとうね。」
「いや、むしろなんかゴメン。」
「謝る必要なんて無いよ。このまま黙ってたらそっちのほうが許さなかった。」
「そう………。」
あからさまに僕は少し落ち込んでいた。
「でもそれでいいんだよ。雉矢のままで。それでも私達が雉矢のこと好きなことには変わりないし、接する態度だって変わりない。むしろ、もっと激しくなるかもよ?」
「そ、それは困るような気もするけどな。」
「でも、私達はそうしたい。だからさ、雉矢も私達に流されないで自分思うようにして。じゃないと、こっちが気を使わせてるみたいじゃん。そんなのは、なんかやだ。」
「………まぁそりゃあそうだよな。なんかゴメンな。今まで本当に。」
また僕は謝っていた。流石に間違いに気がついてきた。そうだ、今までの選択は誰も幸せにならないのだから。もっと自我を全面に出してもいいのだろう。
「だから謝んなくてもいいって。これからなんだからさ。はい、と言うことで到着。」
「ここは………。」
そこはいつもの公園だった。僕達にとって最も思い出深い場所ではないだろうか。
「雉矢、こっち。」
染羅は急かすように僕のことを呼んだ。呼び出された場所は、あのブランコの前。
「染羅?」
「また、人肌恋しくなったなぁ。」
いつかとは違い、かなり大胆なことをする。
「はぁ。それで、僕どうしてほしいんだい?」
「取り敢えず、ここ来て。」
呼び出された場所は、染羅の目の前。正直、何が起こるかは分かっている。この状況は一度経験済みだ。
「はい、染羅。来たよ。」
「雉矢、大好き。」
その言葉とともに、僕は体温を感じた。とても暖かく、安心する。力強く僕のことを抱きしめる彼女。よほど寂しかったのだろう。子犬みたいになついてきて、とっても可愛くて。僕はいつもよりドキドキしていた。染羅って、こんなに可愛かったんだ。
「かまってやれなくてゴメンな。」
自然とその言葉を口に出していた。恥ずかしいことを言ったが、心からの言葉だった。そうして、その言葉ともに僕の腕は染羅のことを抱きしめていた。このときの僕はそのことには気がついていなかった。しかし、僕は染羅の頭を確かになでていたらしい。
「今日謝りすぎじゃない?」
「だって本当にそう思ったんだから。しょうがないじゃん。」
「それだったらまぁ、しょうがないね。私も、ちょっと今幸せ。雉矢が頭なでてくれてるから。」
「えっ?あ、本当だ。」
この時僕は、初めて自分が何をしていたのか自覚した。とても恥ずかしいが、なぜかとても心地よい。ずっと、こうして居たいほどに。あれ?そうなると、僕は染羅のことが好きなのか?いや、どことなく違う。根拠はないけど、きっと違う。僕の中では結論が出たばかりだ。だから、きっと違う。
「気付いてなかったの?」
「気付いてなかった。なんか、染羅が可愛くてさ。」
「え?告白?」
「違う。」
「知ってた。」
僕は、僕なりの結論を見つけ出すことに成功したのかもしれない。彩羅にも伝えなきゃな。しかし、本当にスッキリした。僕は、僕の考えでいいんだ。当たり前のことだけど、それを自覚した。そうだよ、僕は僕なんだから、その考えを主張したっていいだろう。そのことを、改めて気付かされたかもしれない。
とある夜の話だ。私は………少し遠出した夜の散歩の帰り道。ある2人を目撃した。クラスメートの小鳥遊 雉矢、鷹野 染羅の2人だ。心底幸せそうな顔をしていた。私は少し戸惑った。どうしたらいいのか、どうするのが正解なのか。実際何をすればいいのか分かっている。ここから速やかに立ち去り、このことは絶対に誰にも言わないようにすること。絶対にこのことについて本人たちにも言及しないこと。それが大事である。
「じゃあ、帰ろうか。」
夜道で1人、そう呟いた。そうして私は、いつも通りその結論に従った。彼らとは今後一切関わり合いはないだろう。そもそもこれまでそこまでの関わりがなかったのだから、今までどおり猫をかぶっていればいいのだ。今までどおり正解を求めていればいいのだ。そうして、暗い夜道を進む。もうこの習慣が身についてどれだけ経っただろうか。1人になりたい時に、私は散歩に出かける。夜道は涼しくとても静かだ。自分を見つめ直すことができる。
私は、所謂エンパスと言うやつである。共感能力が異常に高い。自分と相手の感情の区別がつかないくらいには高い。だから私の置かれている状況については把握済みである。大抵、私が誰かに話しかけると何故か嫌な気持ちになる。もともと、共感能力は強いのであろうなとは思っていた。友達の失恋話を聞いて、私も心にポッカリと穴が空いたようになったり、かと思えばおかしな話を聞いて本人以上に笑ったり。そんなことがずっと続いてた。そうして、その生活の中でいつしか私は、八方美人と思われるようになった。私はその人と共感し最善を選んでいただけだ。それなのにどうしてこうなってしまったのか。いや、分かってる。普通そんな人が居たら気持ち悪い。そうでしょう?私は、いつからか諦めるようになっていた。『普通に考えて、これは仕方ない』と。
しばらくして、私は家の前で歩みを止めた。表札には朱雀と書かれている。私の家だ。私の家族は四人構成。お父さん、お母さん、私と弟。弟は3つ下でとても優秀だ。私なんかよりもずっと。だからよくお母さんに比べられる。そうして叱られる。この時が一番酷なのだ。お母さんのイライラ、私のイライラ。わからなくなって、合わさって、抑えられなくなる。その度に喧嘩になって、私はこうして散歩に繰り出す。お母さんは無駄に意識が高い。テストで平均点をとっても私を咎める。その都度、弟のことを聞かされる。もう、うんざりなんだ。疲れてきたんだ。家でも、私は苦しめられる。正直に言ってしまおう。私にとって弟は邪魔だ。居なくなればいいのに、とどれだけ思ったことか。辛い。しんどい。そんなことを吐き出すところもない。私には友達が居ない。そろそろ、いいだろうか。玄関の扉を開く。
「ただいま。」
その声に対して返ってきたのは、いつもようなお母さんの声だった。
「虹姫!いつまで、遊んでたの!?もうみんなご飯食べたよ!!」
これも、しょうがないことだ。
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