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素直になりたい(後半テオ視点)

 三時、お茶の時間が近付き私メリッサ・オリヴェーロは王城のある部屋へ向かった。

 扉を前にし、平静になるため深呼吸をしてからノックする。

「――入れ」

 不機嫌な声に内心げんなりしながら仕方がないと自分なりの最大級の表面上の笑みを浮かべて扉を開けた。


「ふん、遅いぞ」

 いきなりそれか。時間には間に合っているというのに、怒りを抑えて軽く頭を下げ謝罪する。

「申し訳ありません」

 自分でも平坦な声色だったと思う。相手が少しだけ片眉をつり上げたが本来は謝らなくていいことだ、私は悪くない。そもそも私はいつもこんな調子の声しか出ない。表情も無表情がデフォルトと言われている。すでに表情筋は限界に近い。

 テーブルを挟んで向かいのソファーに座る。お茶会の準備はされていた。部屋にいるのは私達以外に一人。おや珍しい、とそちらを見る前にあからさまな溜め息が聞こえた。

「君とのんびりお茶を飲むほど私は暇ではないんだがな」

 だったら退室すればいい。私が願ったことではないのに何故毎回決まり文句のように言われなければならないのだろう。相手の後ろで立っている人物に視線を送れば片手を顔の前に出し謝っている。大変なお仕事だ。

「さっきからどこに視線をやっているんだ。私を誰だと思っている、不敬な奴め」

「兄を見ていました。貴方は殿下です」

 お茶会の相手、テオドーロ・クオーレ。この国の王太子、悲惨なことに私の婚約者でもある。

 そして彼の後ろにいたのが私の兄、カルロ。可哀想なことにこの男の側近だ。

 紅茶を飲みお茶菓子を口にしていると殿下がまた何か口を開いた。舌打ちとともに。

「ちっ、君と飲む茶はまずいな」

「…………」

 ちらりと兄を見れば今度は両手を合わせて顔の前に出していた。昔は言い負かしていたが相手しないほうが得策だと気付いてから専ら無視している。しかし私の表情筋が悲鳴を上げている。そろそろ限界だ。カップの中の最後の一口を飲み干しテーブルに置いた。

「では、そろそろお開きにしましょうか」

「そうだな。私は君と違い仕事があるからな」

「それでは殿下、ごきげんよう」

 立ち上がり礼をする。こんな苦痛の時間が週一で開催されるとは悲劇である。私が一体何をしましたか神様。

 ジト目で殿下を見下ろす兄にも軽く礼をし私は部屋を出た。




 *   *   *




 このお茶会の後私が出向く先はいつも決まっている。殿下の悪口を言える相手など限られている。相手も分かっているからこの時間は部屋にいてくれる。私はノックもせずその部屋に入った。

「ムカつく」

「いらっしゃい。また兄さんと何かあったの?」

 ノックをしない無礼に何も言わず机に頬杖をついていた第二王子のエドモンド――エディが勧めてくれたソファーに座った。

「何故あんな暴言をいつも吐かれないといけないの。そんなに私が嫌いならさっさと婚約解消でも何でもすればいい」

「いやあ。それはしないんじゃないかなあ……だって兄さんメリッサのこと……」

 語尾がどんどん小さくなっていく。あいにく全部聞き取ろうとは思っていない。

「どうせなら相手が貴方なら良かったのに」

 同い年で気が合う。政略結婚でも彼となら仕方がないと思えるだろう。しかし彼は慌てたように首を横に振った。

「うわ、よしてよ。僕達は友人だろ?」

「そうね。……あんなのが次の王だなんてこの国は大丈夫かしら」

「……君以外の前ではしっかりしてるんだけどね」

 何かをぼそりと呟いていたが聞こえなかった。

「相手がしないなら私から婚約解消しようかしら」

「やめてよ、兄さん死んじゃうよ」

「それはぜひ見てみたいわね」

 口の端を上げてみる。エディは怖かったのかイスに座ったまま後ろに下がった。ふむ、やはり私は笑うのが苦手だ。

「……あのう、いろいろ限界だったりします?」

「違うと思う?」

「えっと、よく言い聞かせますので、勘弁してください」

 立ち上がり九十度の最敬礼をした。婚約したのは今から約十年前、彼が10歳で私は7歳の時。十年間暴言を聞かされているのだ、そろそろ気が狂いそうである。

「いいわよ、今更治るわけがないわ。私殿下に関しては諦めているの。頭を上げて」

「本当に申し訳ない」

「いいから。殿下に関係ない話をしましょう」

 今度の笑みはうまくいったようだ。エディの顔にも笑みが浮かんだ。




 ******




「…………死にたい」

「王太子が簡単に言うな。ったく、可哀想なのはあいつのほうだっつーの」

 ずーん、としょげてテーブルに突っ伏した私を見てカルロはわざと聞こえるように深い溜め息をついた。それを咎める資格は私にはない。

「お前、本当いい加減にしろよ」

「この口が恨めしい。ああ、きっと彼女に嫌われた」

「何を今更。お前の態度で嫌われてないほうがおかしいわ」

「……言わないでくれ。彼女の兄である君に言われると死にたくなる」

「事実だろ。そして悪いのはお前だ」

 はああああ、と嘆息し頭を抱える。どうして彼女に対してだけこうも心とは反対の言葉ばかり言ってしまうのか。よりにもよって一番大切にしたい女性に暴言を吐くなんて。自分の愛情は彼女に一つたりとも伝わっていないだろう。当たり前だ、これで彼女に好かれていたら奇跡だ。

 一目惚れして、すぐ両親に婚約をお願いした。婚約解消なんて絶対にしないし彼女以外の女性などまっぴらごめんである。

 十年以上もそう思っているのに、彼女を前にするとあんなひどい言葉を口走ってしまう。

 今日も彼女はエディのところへ行ってしまった。武道に優れ近衛団団長を任されている彼もカルロとともに私を応援してくれているが、そろそろ愛想を尽かされてもおかしくない。

 分かっている。分かっているのに私は。

「あああああ……」

「ああもう、辛気臭い。さっさと執務室に戻って仕事しろ! 一応帰ったらフォローしといてやるから!」

「すまない…………頼む」

 顔を上げてすでに冷めた紅茶を一気飲みすれば苦味が舌に広がる。それでも、彼女が私から受けている言葉に比べればまだマシに違いない。

 せめて仕事はしっかりせねば。仕事もできなければ私の代わりにエディが王太子になって彼女と婚約してしまう。……彼女にとってはそちらのほうが良いのかもしれないが、私はいやだ。


 ああ神様。どうか、彼女に対して素直になれますように。


 バカなのは私なのに、神に縋る方法しか思いつかなかった。

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