右足と君
僕は高校生の頃、右足を失った。しかし後悔はない。確かに昔は大変だった。急に昨日まで有ったものがなくなるというのは不便な物だ。しかし、今となってはもうそゆな不便も感じなくなった。慣れかもしれないが元からこうだったのだ、と思うようにマインドを変えたことも一つの要因だろう。
今日はそんな右足を失った時のことを話そうと思う。
あれは高校2年の春だった。部活はやっていなかった。一緒に入学した友人からは野球部に誘われていたが、断っていた。しかし部活に精を出している他の生徒を見ていると自分もやっておけばよかったなんて思って最寄駅で電車を待っていた。その時、後ろから声をかけられたんだ。2年生から同じクラスになった溌剌としたポニーテールの女の子だ。
「同じクラスだよね?」
「うん。そう…だね。」
それが、彼女と交わした最初の会話だった。彼女と話すのは楽しくクラスでも席が近かったことからすぐに仲良くなった。活発な彼女は誰とでも仲が良く、先生にも気に入られていた。勉強もできていつも成績上位者に入っていた。部活ではバレーをしているらしく、1年の頃からレギュラーとして頑張っていたそうだ。一方で僕はそんな彼女と対照的な人生を送っていた。確かに小学生の頃は活発だったかもしれない。しかし何時からか僕は大人しい影の薄い奴になってしまっていた。友達がいないわけじゃない。野球部に誘ってくれたあいつだって、昔から仲良くしているあいつだっている。ただ、なんにしても無気力なだけなのだ。やる気を出すことが意味がないとは思わない。しかし自分には必要のないものだと思うだけなのだ。彼女と喋ってからなんだか僕も多少は変わった気がする。しかし夏になる前あたり、そんな彼女は少し沈んでいるように見えた。なんでも前から嫌味を言ってきた部活の先輩からの嫌がらせが酷くなってきたらしい。例えば根も葉もない嘘や噂が広められたり、彼女の部活で使う道具を壊したりなど幼稚なものもあれば手の込んだものまでやっていた。僕はなんにもできない自分に肩を落とした。結局、彼女に適当な言葉の一つもかけることすらなかったのだ。日に日に荒んで暗くなっていく彼女からはだんだんみんなは離れていった。彼女の先輩がクラスメイトに無視をするよう言いに来ていたのだ。薄情だと思うかもしれないがみんなは従った。それもしょうがなかった。相手が悪かったのだ。嫌がらせをする先輩、というのもこの小さな学校の中では他学年への影響力がある。所謂、権力者なのだ。彼女に目をつけられたらもう終わりなのだ。次第に僕も彼女から離れていった。
ある日、初夏のお祭りのために家族で出かけた。近くの神社で盛大に行われる祭りだ。その日の帰り道、妹と両親と四人で歩いていると、コンビニから出てくる彼女を見つけた。肌を出さないジャージ姿にフードを被っていた。あっ。と声が漏れる。少しだけ目が合ったがすぐに僕は顔を背けた。後ろめたい気持ちが僕を襲っていた。しかし僕には何もできない。でしゃばるのはなんだか違う、と思うようにしていた。しかし、家に帰るや否や、酔っぱらっている父さんは僕を叱った。気づいていないと思ったのに彼女とのちょっとしたやり取りを見ていたらしい。僕は父さんにこれまでの事を話した。しかし返ってきたのはまず先に平手打ちだった。思わず尻もちを着く僕に
「お前は馬鹿か!」
そう言って胸倉を掴んだ。
「あの子に救われたって思うんだったらなぁ、困ってるときに手を貸すっていうのが当ったりめぇのことじゃないのかよ。男ならそれくらいやってみろよ!」
僕は泣いたまま何も言い返さなかった。言い返せなかったのだ。つまるところ、僕は勝手に言い訳を作って彼女を見捨てたのだ。そんな自分を情けないと、しかしこのままじゃだめだとも思った。
次の日、どんなに辛くても学校に来る彼女を僕は待った。彼女は窶れてはいたが僕は久々に話しかけた。周りの席の人は僕に肩を叩くなど忠告をしてくれたけれど、そんなのは気にしない。そもそも無視をする方がおかしいのだ。人のことを言えるわけじゃないが僕は勇気を出した。しかし彼女は僕を一瞥し、ぷいっとそっぽを向いてクラスから出て行ってしまった。当たり前だ。ある日から全く相手にしてくれなくなったクラスメイトや僕を嫌うのも無理はない。しかしそれから毎日話しかけた。たわいもない世間話が中心だったが、いつしか彼女は無視はしても席に座っていた。