駅 2
次の日、私は布団の上で唸っていた。かれこれ一時間ほどはこうしていただろう。昨日の散歩が筋肉痛となって私を痛めつけているのだ。最悪だ。こうやって何かにつけて一生忘れさせないつもりなのだろう。最悪なことはそのままでも忘れることができないものなのに。これじゃ、やっと忘れたとしても何かのきっかけで思い出してしまう。笑えるほどに回復していればいいものの、そんなことは生きているうちには一生こないだろう。ジョークを交えながら私は必死に足をマッサージしていた。ようやく、足に力が入るようになってきた。結局、両足を地に着けて玄関から出ることができたのはそれからさらに二時間もたった後のことだった。
今日は特にやることもない。だから、電車で少し行ったところにある図書館に行くことにした。暇な時は小さな頃から図書館に行くほどの読書好きだった。それこそ、幼馴染の優弥とは家族ぐるみで仲が良かったし、一緒に図書館へも行った。まあ、彼女は本が好きではなかったようだから、私の隣でいつも寝ていたのだけれど。引っ越してから、この地区にも大きな市営の図書館があったことを知ってからは通うようになったが、ここ数年はあまり本を読んでいなかった。私は駅まで歩き、昨日とは反対方向へ向かう電車に乗り込んだ。借りていた数冊の本を返却し、読みたい本があるか探し始めた。私は、ミステリーと恋愛モノは読まないことにしている。一つは、頭が痛くなるほど理解ができないからである。二つ目に、読んでもちっとも心に届かないからである。逆に好きなジャンルは、歴史モノだ。実際に起きた事柄でも創作でも問わない。が、注文を付けるとしたら歴史が好きなだけの私から見ても矛盾を感じないものがいい。棚を探していたが、目当ての小説はなかった。人気な作家だからしょうがない。これからはネットの予約機能を活用するべきだろう。しかたなく、気分転換もかねているのだからと今日は歴史モノ以外の小説を読むことにした。棚から棚へと足を動かし、気になる題名の本があるか探した。
『昨日』
そんな題名の本が目に止まった。エッセイのようだ。昨日という言葉にはあまりいいイメージが今は抱けないが、目に止まったのだから縁があるのだ。私はその本を手に取って椅子に座った。この厚さなら一時間もあれば読み終わるだろう。私は雑音も気にせず、読書を始めた。
本を読むことが特段に速いと感じたことはないが、よく周りの人からは速読だと言われる。確かに、もとからこんなに早く読めるわけではなかったが、それは活字に慣れたというか、特別な何かを手に入れたからというわけではないはずなのだ。何かスポーツをしている人が速いタイムで走ることができたり、料理を何度も作っている人が目分量で最適な味にするように、早く読むことがメインではない。結果的に早く読めているだけで、それが大きなアドバンテージとなるわけではないのだ。確かに、一時間に二冊読むことができれば、一冊しか読むことができない人よりも多くの本を読むことが可能ではある。しかし、それだけのことに過ぎないのだ。
私は、エッセイを読み終えた。ひねくれ者の友人ならまずこの手の本は読まないだろう。人の人生がなんの参考になるのか、影響を与えるだけ与えておいてその後のことは何もない。そう言って私を一蹴するのだろう。しかし、それでも私はこの本を読んでそういった雑念に駆られることは一切ないのだ。それは、もとから参考にしていないわけではなく、そもそも、私が本に求めているものが癒しであるからだ。心の平穏を保つ薬のようなものだ。私は感嘆の息を漏らしながら、時計を見た。約一時間。いい時間を過ごしたものだ。




