有体 有能 無体 無能
「…本当によろしいのですね…?2度目の脳死の判定が終わりましたが…。」
医者はクリップボードから目を移した。
「…構いません。もう…顔も見たくありませんから。…チッ。クソ親父…。」
少しぶっきらぼうにそれでいて多少の丁寧さをもって青年は答えた。しかしその親父に向ける眼差しは鋭く、今昔の別れとしてはあまりに嫌悪のこもっているものであった。病室から運ばれる親父の姿を青年は最後まで見送ることはなかった。寒い凍てつくような風が吹く冬の出来事であった。
「退院、おめでとう!心臓の移植手術も無事に成功して本当に良かった!」
うっすらとぼやける世界の中で大勢の祝福の声が聞こえた。
これは、夢だろうか? だが…心臓?移植?何のことだ?
しかししっかりと足は地に着き、視線はあちらこちらにひっきりなしだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
周りの声に合わせて順にそう誰かが言っている。
俺か?俺が言っているのか?しかし…このまどろみは多分…夢なんだろう。
目の前にある車に乗り込んでもまだお礼を言っている。
眠い…。あ…だんだんと視界が薄れていく…。
「太一、本当に良かった。元気に帰ってきてくれて。」
「うん!僕も…本当に嬉しいよ…!なんだか安心したら眠くなっちゃったな…。」
「寝てていいのよ。太一はこれから色んなことを経験するんだから。」
俺に言っているのか…。こんな風に俺も抱きしめられてみたかったな…。寝よう…。
そんな風に俺はいくつかの夢を見た。それは全て俺が経験したことのない…家族の幸せ。薄っすらと白く濁る夢の中で、不自由な夢の中で、俺はこの幸せに少し「くそったれ」って僻んでいた。俺も好きなように生きるんじゃなくて…こういう幸せを掴みたかった…。叫びたい。いつもみたいに…不満があれば「くそったれ」って大きな声で…。
俺は夢の中で深く息を吸った。これまでの鬱憤を晴らすように。
「“くそったれ”!」
「どうしたの!?太一?大丈夫?」
どたばたと部屋に入ってきて声をかけてきた。そんなことはつゆしらず、太一と呼びかけられた青年は大きくガッツポーズを取って、「よっしゃー!」とまた叫んだ。隣で涙目になって困っていることにも全く気が付かないようであった。




