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海 短編集  作者: 魚羅太郎
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駅の構内を僕は歩いていた。平日の昼過ぎはよく混む場所のはずである。しかし人は少なくて、まるで僕の知らない場所のように感じてしまう。

重い足を動かして改札まで向かった。涙はまだ出ていないようだ。下を向いてガムが落ちているとか、思ったよりゴミが落ちている等と考えながら歩いていた。

ため息は数秒おきに出ている。それも無理はない。そして、その無理もない話を、今日の出来事を、誰かに話したい。そうすれば少しは気分も軽くなるのかもしれない。いや、軽くなるどころか相手の反応によっては更に僕の心を悪化させてしまうかもしれない。大袈裟かもしれないが、今の僕の心は一種の病気を持っていると言ってもいいだろう。

改札にICカードを通して、最寄り駅を目指すことにした。というより、ただ帰るだけのことである。もう、こんな場所に用はないのだから、爆発でも何でもしてなくなってほしいものだ。

黄色い線の内側で電車を待った。椅子に座ろうか迷ったが、その間に穏やかな顔をした老夫婦が座ってしまった。しかし、それでいいのだ。一度でも座ってしまったら、もしかしたら二度と立ち上がることが出来ないかもしれないからだ。それくらい、今の僕は足だけでなく、腰も、頭もその体全体だけでなく見えない部分も全てが重いのだ。もしかしたら、その見えない部分、気持ちというのが一番の重しとなって僕を引きずっているのかもしれない。そうやってやはり私の心を蝕む原因とういのは今日の出来事だけで済ますことができるのか。本当は、前々から気づいていたのではないだろうか。今日という日が、必ずやって来るように必然であると感じていたはずなのだ。

そうして電車を立って待っていると、隣の乗車口に並ぶ一人の女性に目がいった。あれは、確か、優弥(ゆうや)じゃないか。しかし、それにしても、髪が長くなっている。僕の知っている彼女は、短髪で僕よりも男らしい活発少年そのものだった。中学までは同じ道を歩んでいた。家も近所だから、知らないうちから友達のようなものだった。しかし、高校に入る前に親の仕事の影響で引っ越してしまった。懐かしいな。しかし、本当にあれは優弥なのだろうか。他人の空似ではなかろうか。世界には同じ顔をした別人が何人か存在するという話を聞いたことがある。多分、それだろう。加えて、ここは昔から居た馴染みの場所ではない。大学を機に引っ越したのだから当然である。だからこそ、彼女が幼馴染みの優弥である訳がないのだ。

今の僕には、そうやって自分で納得する他なかった。余裕がないからだ。こんな日に余裕なんてあってたまるか。到着した電車に乗り込み、いつものように席の端に座った。ため息は未だに出続けている。目を開けていても、特にやることもないから目をつぶることにしよう。暗闇の端に最悪な記憶がチラついているが、今は我慢しよう。

目を開けると、優しく肩を叩かれながら声をかけられていた。駅員のようだ。

「すいません。終点ですよ、お客さん。」

何度も頭を下げながら僕は電車を降りた。散々だ。終点ま一度も来たことがなかったが、思っていたよりも都会である。僕は改札を出た。家の最寄り駅まですぐに戻ってもよかったが、このまま家に帰っても無気力に襲われるだろう。僕は散歩をすることにした。明日は特に用事もないから、どれだけ疲れようが構わない。駅の周辺は大きなマンションや団地のある住宅と飲み屋や夜になれば眩しい電光を放つであろうアッチ形の店が交互に立地している繁華街が合わさったような騒がしい所だった。しかし、一つ道を逸れると、騒乱は無くなって穏やかな住宅街に変わっていった。橙に変わりつつある陽を背中に感じながらあの終点駅を目指して歩き始めた。

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