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海 短編集  作者: 魚羅太郎
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文章執筆症候群

僕は小説家を目指している。とは言ってもただ書くだけ。何かエントリーしたわけでもなく、誰でも見ることのできるサイトへの投稿をするわけでもない。本当にただただ、書くだけ。そして今、最初の小説を書き終えた。深呼吸をし、僕は椅子の背もたれに深く体重をかけた。ため息を吐き、これが達成感かと数分間の間、僕は何もせずに目を瞑っていた。


目が覚めると、部屋は暗くなっていた。開けっ放しのカーテンからは雲ひとつない夜空が広がっていて、明るい星がまばらに散らばっていた。机の上のデスクランプの明かりを点けて、薄く白い光を浴びた原稿用紙をパラパラとめくった。「あっ」と小さな声を漏らした。折角なら名前を書こうと、すぐに万年筆を取り出した。原稿一枚目のページ右端に『足立 春(あだち はる)』と名前を書いた。名前を書いてペンネームでも考えておけば良かったなと思いながらキッチンに向かった。お湯を沸かし安いドリップコーヒーを赤色のマグカップに淹れた。リビングでコーヒーを飲みながら夜の情報番組を見ていると、画面の上部に「地震速報」とテロップが出現した。そこまで大きい被害は出ていないようだ。足立はその2時間後に満足感と共に布団へと潜った。


朝日に目が覚めた足立は布団から出ると、ドリップコーヒーを飲むためにお湯を沸かしに行った。足立は酒やタバコを一切買わないが、代わりにコーヒーを一日に最低は10回は飲むといったヘビードリンカーであった。お湯を沸かす間にそのまま朝飯の準備を始めたが、どうにもいつものように調子が上がってこない。普段なら鼻歌を陽気に漏らすのだが、今日はそうではなかった。腹が減っていないわけではない。悶々としているうちにやかんが音を立てた。足立はとりあえずコーヒーだけでも、と緑色のマグカップに淹れた。そして一杯飲み終わるころにはこのもやもやが何だったのか理解したのだ。

「小説だ…。書かねばならない…。」

思わず大きく独り言を足立は解き放った。その一種の義務のようなものを感じた足立は頭の靄が少し薄れたように感じたのであった。そしてコーヒーをグイッと飲み干すと足立は早速執筆に取り掛かろうとした。しかし、思うように筆は進まなかった。それは書きたいという欲求があっても具体的な内容があるわけでもなかったからだ。ただ漠然と単純に文を綴ることがしたいのではない。だからといって多くの人に読んでもらいたいわけでもない。足立はペンを持ちながらフリーズしてしまった。

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