マスク
旧友に向けて手紙を書いた。特にそういう趣味はなかったんだが、度重なる自粛に飽きたのだ。やりたいことは一通りやったし、引っ越した友達に手紙を書くなんていう古臭いことを思いついたのだ。近況報告なんかのちょっとした話を封筒に入れて、俺は家を出た。夕方の町は静かで少し遠いポストまで運動がてらウォーキングをすることにした。今の時期には珍しい丁度いい気温で、夕飯のことを考えながらズンズンと歩いていた。数分間歩いていると、一人の老人が俺を凝視していることに気が付いた。前から歩いていた普通の老人のはずだが、俺をずっと凝視している。
なんだ?なんでそんなに俺を見ているんだ。
その時、マスクをしていないことに気が付いた。いつも外に出る時は嫌だと思いながらも律義に付けていたマスクだが、この時ばかりは忘れていたらしい。故意に付けていない訳ではないが、実際、俺はマスクが苦手だ。あの圧迫感に似た感覚がどうも受け付けないのだ。
まぁでも、ちょっとの間だけだし。そもそも外を歩くときなんかしてなくてもなぁ…。
すると、老人は俺に詰めてきた。
「うぉぉ!」
思わず声が出た。しかし、老人は何も言わずに少しの間、俺の顔をじっと見ただけですぐに去っていった。
な、なんだ?わざわざ近づかなくても…。
さっきまでのいい気分はとうに無くなっていたが、この不思議な老人を忘れるべきだと感じた。歩いていれば、気分も晴れるだろうとまた歩き始めた。しかし、またも前方からあの視線を感じた。ちらっと見ると、二人組の親子が奇妙な眼差しを向けて歩いていた。
なんだなんだ!?今日はそういう日なのか!?
少し足早になりながらポストを目指した。道中は何人もの気持ち悪いヤツラが俺を見ていた。
お、俺は檻の中のライオンじゃねぇ。こんなに奇怪な目で見られることなんかしてねぇ。もう少しでポストだっ!早く入れて帰るしかないっ!
歩いているというより、もはや走っている俺はポストにやっとたどり着くことができた。ポストに封筒を投函し、踵を返してまた俺は走り出そうとした。が、目の前に一人の少女が立っていた。
「うわぁっ!」
顔を見てもあの奇妙な目ではなかった。俺は安堵していると、声を出した俺に少女は話しかけてきた。
「なんでおじさんはマスクをしてないの?」
「え?」
俺は少女の質問に答えられなかった。理由は言おうと思えばいくらでも思い浮かんだ。外だから、まだ若い方の年齢だから、ただの風邪だから、そもそもそんなものに怯えてないから、いろいろと思い浮かんだが、少女に対する適切な言葉が思いつかなかった。俺が言葉に詰まっていると、少女は俯いてまた顔を上げた。ギョッとしている俺をよそに少女はまた俺に聞いてきた。
「なんでおじさんはマスクをしてないの?」
あの目だ。こいつもあいつらと同じ目をしている。俺は何も言わずに逃げるように少女の横を通って走り出した。
俺がおかしいのか?ただ…マスクをしていないだけの俺がっ!?
俺は前だけを見て走り続けた。人の視線にかまってなんかいられるかと家まで全力疾走で切り抜けた。なかなか開かない家の鍵に苦戦しながら、部屋に入った。何が正しくて間違っているのか、俺にはもう分からない。
明日からアイツらと同じように何があってもマスクをしてないといけないのか?
混乱し始めた俺は床に突っ伏して泣いた。
「おい。なんでお前はマスクを付けていないんだ?」
俺は歩く男にあの目をしながらそう聞いた。




