93話―激突! 神の子どもたち!
「……誰? 僕たちに何の用かな?」
光の柱から現れた二人組を見て、リオは極力穏やかに、されど警戒心を込めた声で話しかける。そんなリオに、法衣を着た少女が語りかけてきた。
「魔神の子どもよ。お前が我らの敵対者を匿っていることは知っている。かの姫を引き渡せ。さすれば、喜びに満ちた終焉を与えてやろう」
「……やっぱり、エリルさんを狙ってるんだね? 悪いけど、絶対に渡さないよ。返り討ちにしてやる!」
少女の言葉から、この二人がケリオン王国を襲撃した一味のメンバーであると確信したリオは敵意を剥き出しにする。カレンも金棒を呼び出し、戦闘体勢に入った。
それを見て、少女はため息をつく。やはり、下等生物は骨の髄まで下劣である。そう言いたげに肩を竦めた後、両手を広げふわりと空中に浮かび上がっていく。
特殊な結界が張り巡らされ、周囲にいたゴブリンのくノ一たちはどこかへ転送されてしまった。
「……やはり、お前の言った通りだったなバギード。奴らは姫を渡すつもりはないらしい」
「ギャシャシャ、だから言ったろう? 所詮、下等は下等……崇高なる神の子たる我らの意思を理解することなどないと」
バギードと呼ばれた単眼の巨漢は、背中に背負っていた戦鎚を引き抜く。鎚頭の片方の打面はミートハンマーのような凹凸で覆われており、もう片方はピッケルのように尖っていた。
己の背丈に迫るほどの巨大さを誇る戦鎚を片手で軽々と振り回しながら、バギードはゆっくりとリオたちに近付いてくる。リオは迎え撃つために走り出そうとして、異変に気付く。
「……!? あ、足が……地面に埋まってる!?」
「リオ、大丈夫か!? 今引き抜いてやる!」
いつの間にか、リオの両足が足首近くまで地面の中に埋まってしまっていたのだ。それに気付いたカレンが引っこ抜こうと試みるも、ビクともしない。
「どうだ? 私の先天性技能……『魔念』は。この大地は全て……偉大なる我が父、ファルファレーの宣教師たる私、ローレイの意のままだ。バギード、今のうちに殺せ」
「ギャシャシャ、一撃で仕留めてやろう!」
法衣を着た少女――ローレイが自らの先天性技能を使い、土を操ってリオを動けないようにしてしまったのだ。カレンは必死にリオを引っ張りながら、焦った声を出す。
「やべえ、あのデカブツがもうすぐ来る!」
「……しょうがない。こうなったら……お姉ちゃん、離れて!」
リオは事態を打開するべく、奥の手を使う決意を固める。カレンに離れてもらった後、飛刃の盾をしっぽに移し、膝から下を切断して脱出したのだ。
あまりの痛みにリオは呻き声をあげるも、魔神の治癒能力ですぐに足が生えてくる。それを見たバギードは、舌打ちしつつ走り出し、戦鎚を振り上げた。
「おとなしくしていればいいものを! 叩き潰してくれるわ!」
「そうは……いかないよ!」
バギードが振り下ろした戦鎚を、リオは両腕をクロスさせ受け止めた。そこへすかさず、空中に浮かんだローレイが追撃を仕掛けてくる。
彼女が腕を振ると、近くに生えている木がバラバラに分解され七つの鋭いトゲに変化する。ローレイが指を振ると、トゲはバギードを避けつつリオへ飛んでいく。
「串刺しになるがいい。下等な者よ」
「そうはさせっかよ! おらっ!」
身動きの取れないリオに変わり、カレンが金棒を振るってトゲを打ち落とす。それを見たローレイは、興味深そうにカレンを見つめながらさらに『魔念』を振るう。
「面白いオーガだ。なら、これはどうかな?」
「ん……うおっ!? あぶねえ!」
次の瞬間、カレンの足元の土が盛り上がり、先端が尖った杭が突き上げられる。紙一重で回避している間、リオはバギードを押し返すべく力比べを行う。
全身に力を込めるも、バギードの巨体はビクともしない。三メートル近くある肉体のほぼ全てが、強靭かつ柔軟な筋肉に覆われているようだ。
「ほう、このオレと互角のパワーを持つとはな。なかなか面白い奴だ、気に入ったぞ」
「別に……僕としては、お前に気に入られても嬉しくは……ない、かな!」
しっぽを地面に着け、バネのように縮ませ反発力を利用してリオはバギードを押し返した。背中に双翼の盾を装着し、攻撃を止めさせるべくローレイの元へ向かう。
「ほう、バギードを押し返したか。面白いものだ。下等生物も捨てたものではないらしい」
「そういう言い方、僕は嫌い……かな! シールドブーメラン!」
余裕たっぷりなローレイに向かって、リオは飛刃の盾を投げつける。ローレイはカレンへの攻撃を中断し、盾を回避する。その瞬間、バギードが動いた。
「ギャシャシャ! 足元がお留守だぞ? これでも食らえ!」
「え? うわっ!」
空中にいるリオへ向かって戦鎚が振られると、鎚頭と柄の接続部が外れる。柄の内部に格納されていた鎖が鎚頭に接続されており、勢いよく鎚頭が上空へ飛んでいく。
辛うじて足元からの攻撃に気付いたリオは鎚頭を避けるも、そこへ間髪入れず放たれたローレイの追撃を受けてしまう。渦巻く風の檻の中に閉じ込められてしまったのだ。
「リオ! くそっ、こいつら連携が取れすぎだろ!」
「ギャシャシャ、当然だ! 我らは選ばれし神の子どもたち! 常に完璧な連携を取れるのだ!」
カレンはリオと入れ替わりでバギードと交戦し、金棒と戦鎚がぶつかり合う。矢継ぎ早に行われる二人の連携に、カレンは焦りを抱く。
一方、風の檻に囚われたリオは、下手に動くことが出来ずにいた。檻の中に刃のような風の渦が滞留しており、動きを封じられていたのだ。
「さて、お前にはこのまま死んでもらうとしよう。我らが父より授けられし使命を妨害したのだ、安らかに死ねると思うな」
「残念だけど、僕は殺せないよ。こっちには、切り札があるからね! ビーストソウル、リリース!」
「な……くっ!」
リオが魔神の力を解き放つと、身体から溢れ出た冷気によって風の檻がローレイともども吹き飛ばされる。両腕に氷爪の盾を装着し、リオはローレイが態勢を整える前に攻撃を仕掛けた。
「食らえ! アイスシールド・スラッシャー!」
「く……ぐあっ!」
ローレイが『魔念』を発動するよりも早く、リオの氷の刃が斬撃を放った。空中に浮かび続けることが出来ず、ローレイは墜落していく。
「ローレイ!」
「おっと、余所見してていいのかよ? 隙だらけだぜ!」
相方が墜落したのに気を取られたバギードのこめかみに、カレンは渾身の力を込めて金棒を叩き込む。が、バギードには効いていないらしく、微動だにしない。
「んなっ……!?」
「ギャシャシャ、なんだ今のは? それが攻撃か? なら教えてやろう。これが本当の攻撃だ!」
バギードは手の中の戦鎚を素早く反転させ、ピッケルのように尖っている面をカレンのほうへ向ける。そのまま戦鎚を振り下ろすのを見たリオは、まっすぐ降下していく。
「お姉ちゃん、危ない! あぐあっ!」
「リオ……うあっ!」
間一髪間に合ったリオは、カレンを庇い戦鎚の餌食となってしまう。左の脇腹にピッケル状の尖りが食い込み、カレンごと吹き飛ばされてしまった。
脇腹を抉られ、大穴が空いたリオはダウンしてしまう。二人を吹き飛ばしたバギードは、地面に落ちたローレイの元へ向かい、無事かどうか声をかける。
「ギャシャシャ、派手にやられたな。腹が切り裂かれてるじゃないか」
「悪かったな……。私はお前のようにフィジカル特化してないのでな……うぐっ!」
「ギャシャシャ、仕方のない奴め。これでは一対一になってしまったではないか」
命に別状はなかったが、ローレイもまたリオの一撃を受けた結果戦闘続行が不可能になってしまっていた。リオは脇腹を再生させながら、カレンに向かってささやく。
「お姉ちゃん……今がチャンスだよ。クイナさんのところに戻って、みんなでここから逃げて」
「待てよリオ。その間、お前はどうすんだよ? そんな怪我してる状態で、あの一つ目野郎の攻撃を捌けるわけねえだろ!」
「大丈夫……すぐに、追い付くから……」
バギードたちからエリルを逃がすことを選択したリオは、カレンにクイナたちの元へ戻るよう告げる。当然、リオを置いていけないとカレンは反発する。
「ギャシャシャ、何を揉めているかは知らんが……逃がすつもりなどハナからない! ここで二人とも仕留めてくれるわ!」
戦鎚を構え、バギードはリオたちの元へ向かって走り出す。その時、空が一瞬にして黒雲に覆われ、ゴロゴロと不吉な音が鳴り始める。
直後、リオたちの元へ雷が落ちてきた。凄まじい轟音と目映い光に、たまらずバギードは目を閉じて動きを止めてしまう。彼が目を開けた後……そこに、リオたちの姿はなかった。
 




