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72話―魔神たちの再会

 王宮にて晩餐会が行われていた頃。セルンケールがあるメジュラ島の近海にある無人島でバルバッシュは眠っていた。夕陽が差し込む砂浜で寝ていた彼は、気配を捉える。


 酷く懐かしく、それでいて――とても憎らしい兄妹の気配を。バルバッシュは起き上がり、北の空を見やる。少しずつ、二つの影が無人島に接近してきていた。


「姉上、見えたぞ! あそこにバルバッシュがいる!」


「……へえ。たった一人とはね。よほど自信があると見えるね」


 空から島に近付きつつ、アイージャとダンスレイルはそんな会話をする。無人島の周辺は視界を遮るものが何もなく、浜辺にいるバルバッシュが丸見えだった。


 無論、アイージャたちの接近を黙って許すほどバルバッシュはお人好しでも愚鈍でもない。両手を牙が生えた手牙に変え、しゃがみながら砂を掬い上げる。


「クヒャヒャヒャヒャ!! 久しぶりに遊んでやるよォ! 楽しい楽しい……晩餐会の始まりだァ!」


 手牙の中に詰めた砂を限界まで圧縮し、鋼鉄に匹敵する高度を持つ弾丸として発射する。狙いは、空を飛ぶダンスレイルだ。牙の魔神の攻撃に気付き、アイージャは叫ぶ。


「姉上、来る!」


「はいはいっと。んじゃあ、ほいっちょ!」


 ダンスレイルは素早く方向転換し、砂の弾丸を避ける。それを見たバルバッシュは、しゃがんだまま手牙の中に砂を詰め込んでいく。


 連続で砂の弾丸を発射し、アイージャたちを撃ち落とそうとする。が、ダンスレイルは巧みな空中制動で攻撃を避け続け、砂浜に接近する。


「アイージャ、投げるよ! 一発ブチかましておいで!」


「任せよ!」


 バルバッシュを狙いを定め、ダンスレイルは足を振ってアイージャを投げ飛ばす。アムドラムの杖を使って鎧を纏い、アイージャはボディプレスを敢行する。


「兄上よ、これでも食らうがいい!」


「ハッ、そんなモン当たるかよ!」


 身体を丸め突っ込んでくるアイージャを横っ飛びに避けたバルバッシュは、鎧に手牙を突き立てようとする。が、何かを察知しアイージャから離れた。


 その直後、バルバッシュの首があった場所を、ダンスレイルが放った透輝の斧が通過していった。斧は大きく弧を描きながら、主の手元へ戻る。


「……避けられたか。相変わらず察知能力が高いね。忌々しいよ、ホントに」


 そう呟きながら、ダンスレイルはアイージャの隣にスッと舞い降りる。二人はバルバッシュと向かい合い、殺意に満ちた視線を投げ掛ける。


 そんな中、バルバッシュは動じることなく平静を保っていた。おちょくるような口調で、一万年ぶりの再会となったアイージャとダンスレイルに話しかける。


「久しぶりだなァ。最後に会ったのはトルエランでの戦い以来かァ? ああ、あの時はアイージャは封印されてていなかったな」


「白々しい……! お主の裏切りのせいで、妾たちの大願が露と消えたことを忘れたか!」


 悪意に満ちた笑みを浮かべるバルバッシュに向かって、アイージャは怒りの叫びを上げる。彼女の脳裏には、一万年前の出来事が思い出されていた。


「……ハッ、忘れちゃいねェぜ? そうさ、俺はお前たちを裏切った。そのこたァ悔いちゃいねえよ」


「不愉快な顔も相変わらずだ。……思えば、お前だけが最初からやる気を出してなかったね」


 右手に透輝の斧を構えながら、ダンスレイルはそう呟く。そんな彼女に向かって、バルバッシュは牙を剥き出しにしどこまでも小バカにした笑みを浮かべる。


「クヒャヒャヒャヒャ! 仇討ちだァ? そんなモン俺の知ったことじゃねェ!」


「姉上、来る!」


 バルバッシュは防御の薄いダンスレイルに狙いを定め、猛スピードで飛びかかる。ダンスレイルは攻撃を避けつつ、バルバッシュの脇腹を斧で切りつける。


 チッと舌打ちしつつ後ろに飛び、バルバッシュはアイージャが追撃に放った魔法を避ける。縦横無尽に砂浜を走り回りながら、大声で己の意思を叫び散らす。


「だいたい、顔すらも知らねェ親の仇討ちなんざバカのすることなんだよ! その大バカのせいで何が起きた? え? おい。俺たちは負け、一万年なんてクソ長い時間封印されたろうが!」


「その大バカはお主だ、兄上! お主が裏切らなければ、妾たちは創世神を仕留めることが出来た! それを、それをお主が……」


 アイージャは足元に向かって闇の魔法を放ち、砂を巻き上げてバルバッシュの視界を遮る。舞い上げられた砂の中を、闇のレーザーと呼び笛の斧が飛んでいく。


「ハッ、言うじゃねえかアイージャ! ならなんで創世神への復讐を止めた? あのリオとかいうガキが関係してんだろ?」


 その言葉に、アイージャとダンスレイルの動きが止まった。舞い上げられた砂が落ち、再び視界が開けていくなか、アイージャは静かにバルバッシュに問いかける。


「……貴様、リオに会ったのか? リオに……何をした」


「クヒャヒャヒャヒャ! ちっとばかし相手をしてやってなァ! 片腕をもぎ取ってやったんだよ! 傑作だったぜ、あんな程度で盾の魔神を名乗るん……」


 次の瞬間、バルバッシュの身体に無数の斧が突き立てられていた。ダンスレイルが一瞬で大量の斧を呼び出したのだ。殺意に満ちた声で、斧の魔神は呟く。


「……そう。じゃあお前は殺すよ。私たちを裏切っただけじゃなく、リオくんに怪我までさせたんだから」


「だな。許せぬことだ。リオに傷を負わせたこと……極限の苦痛を以て後悔させてやる」


「……チッ。こりゃ逆鱗に触れたか。まあいいさ。これで狙い通りだ! やれ、ガルトロス!」


 満身創痍であるのにも関わらず、バルバッシュは平然とした態度を崩さない。その理由を、アイージャたちは身をもって知ることとなった。


 砂浜の中から飛び出してきた無数の金属片が、ドーム状の牢獄となってアイージャとダンスレイルを閉じ込めてしまったのだ。ダンスレイルは状況を悟り、舌打ちをする。


「……やられたね。仲間がいたか」


「その通り。初めてお目にかかる、斧の魔神よ。私の名はガルトロス。魔王軍最高幹部の一人だ」


 風が集まり、純白の鎧兜を纏った男の姿へと変わる。ガルトロスはバルバッシュにチラリと目を向けた後、アイージャたちに視線を戻す。


「……まだお前たちは殺しはしない。ここで大人しくしていてもらおうか」


「そうそう。お前らには特等席で見てもらいたいからなァ。ロモロノスを舞台にした、あの日の続きをタァァッップリとよォォ」


 牢獄の中にいる二人に向かって、バルバッシュは大笑いする。そんな彼に対して、アイージャはフッと小バカにするような笑みを向けた。


「やってみるがいい。三人の魔神が目覚め、リオの中に眠る力もより強いものになってきている。お前が動く頃には、リオはもっと強くなっているぞ。あの日の……神魔大戦の再来など起こりはしない」


「……起こらなくともよいさ。私としては弟を殺せればそれでいいのだから」


 アイージャの言葉に対し、ガルトロスはそう返す。その意味を理解出来ず、アイージャとダンスレイルは互いに顔を見合わせ困惑する。


 そんな彼女たちを見ながら、ガルトロスはゆっくりと兜に手をかける。兜を脱ぎ、あらわになったガルトロスの素顔を見て、アイージャたちは驚愕した。


 ――ガルトロスの素顔は、リオと瓜二つだったのだ。


「その顔は……!? 一体どういうことだ? お前は何者なのだ!?」


 混乱しながらも、アイージャは叫ぶ。そんな彼女に冷たい視線を向けながら、ガルトロスは微笑む。どこか儚く、それでいておぞましさに満ちた笑みだった。


「教えてやろう。私の正体を。我が真の名はセネル。十三年前に滅びた……いや、我が手で()()()()国、リアボーン王国の最後の王族の一人にして……リオの実兄だ」


「……リオの兄だと? いや、あり得なくもないが、しかし……」


 ガルトロスを前に、アイージャはブツブツ呟く。リオが孤児だということは知っていたが、兄がいる……それも、亡国の王族だとは思っていなかったのだ。


「ガルトロスよォ、長くなるンなら俺は先に行くぜ。マルッテ島に部下がいンだろ? 先に合流しとくわ」


「……構わん。行け」


「待て! 逃げるなバルバッシュ!」


 バルバッシュは己の身体を水に変えて斧を排除した後、海に飛び込み姿を消した。ダンスレイルは後を追おうとするも、堅牢な牢獄を破壊することは出来なかった。


「……そう焦るな。全てを聞いてから追っても遅くはあるまい。聞かせてやろう。私とリオの関係を。貴様たち魔神の過去にも関係があるのだからな」


 そう言った後、ガルトロスはゆっくりと語り始める。己とリオの繋がりを。そして、アイージャたちですら知らなかった、創世神にまつわる逸話を。

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