60話―エルフたちの英雄
キルデガルドとの戦いが決着してから、三日が経過した。戦いで破壊された広場の修復も終わり、ユグラシャード王国は平穏を取り戻した。
城の一室にて、リオはエルシャと共にベッドの上で眠るミリアを見つめていた。キルデガルドの死後、ミリアはずっと眠ったままであったのだ。
「……なかなか起きないね、ミリアさん」
「仕方ないですよ。この子の核はまだ不安定な状態……当分、目覚めることはないでしょう」
ミリアを見つめるエルシャの瞳には、最後に残った妹を救えた安堵と、眠りから覚めないことへの悲しみがない交ぜになっていた。そんな彼女の気を紛らわせようと、リオは別の話題を振る。
「でも、よかったね。二人ともエルフのみんなに受け入れてもらえて」
「……はい。女王陛下の寛大な措置には感謝してもしきれません。ミリアが目覚めたら、二人で恩返しと罪滅ぼしをしなければなりませんね。勿論、あなたにも」
エルシャとミリアは、キルデガルドの情報を渡し戦いを有利に導いたことを認められ、リオとセルキアの計らいもあって王国に住むことを許された。
二人がエルフたちに認めてもらえるようになるまでの間、裏でリオたちが苦労していたのをエルシャは知っていた。だからこそ、二人に感謝していた。
「いいのいいの、気にしないで? 今はまだ大変な時期だし、妹さんのことだけを考えてあげ……あれ? なんで笑ってるの?」
「ふふ、本当に、あなたは不思議なお人ですね。決して驕らず、いつも他者のことを気にかけてる。あなたに惹かれる人が多くいるのも、納得です」
微笑みを浮かべながら、エルシャはリオの頭を優しく撫でる。いつの日か、この子に恩返しをしたい。そう思いながら猫耳を触っていると、部屋の扉が開かれる。
「あら、やはりここに居られたのですね、師匠。女王陛下が呼んでいましたわ。勲章の授与式を始めたい、と」
「分かった、今行くよ。それじゃ、また式でね、エルシャさん」
ユグラシャード王国を救った功績が認められ、リオは新たに勲章を授けられることになった。アーティメル帝国に続き、エルフたちの王国でも、彼は英雄として認められたのだ。
エリザベートと共に謁見の間に入ったリオを、セルキアをはじめとしたエルフたちが出迎える。貴賓席にはカレンたちが座り、授与式の様子を見守っていた。
「……皆さん、静粛に。これより、我がユグラシャードを魔王軍の脅威から救ってくださった英雄……リオ・アイギストスへの勲章授与を行います」
セルキアが式の始まりを告げると、謁見の間が静まり返る。リオは女王の御前でひざまずき、栄誉ある救国勲章を下賜された。
「ありがとう、リオさん。あなたのおかけで、この国は救われ……長く根付いていた異種族への偏見も払拭されました。あなたへの感謝を、私たちは永遠に忘れないでしょう」
「こちらこそありがとうございます、女王さま。女王さまやエルフのみんなの協力がなかったら、こういう形でこの国を救うことは出来なかったと思います」
リオは勲章を受け取り、セルキアに言葉を返す。万雷の拍手が鳴り響くなか、セルキアは側に控えていた側近の兵士を呼び寄せる。
兵士は金色の箱を持っており、セルキアの合図で蓋を開く。箱の中には、手の甲に七つの穴が空いた黄金の輝きを放つ籠手が片方だけ収められていた。
「女王さま、これは?」
「この籠手は、遥か昔アーティメル帝国から友好の印に送られたもの。古い文献によれば、かつて魔神ベルドールが用いていた伝説の装具を模倣して作られたものだとか。私からの感謝の証として、どうかお納めください」
「ええっ!? そ、そんな大切なもの、もらっちゃうわけには……」
一度は断ろうとしたリオだったが、セルキアは微笑みを浮かべ首を横に振る。兵士から箱を受け取り、リオの前に差し出し受け取ってもらおうとする。
「いいのです。ずっと保管庫の中で埃を被っているよりも、あなたに使ってもらったほうがご先祖様も喜ばれると思いますから」
「……そう? じゃあ、お言葉に甘えて……これ、貰います」
リオはセルキアの意を汲み、箱の中に収められている籠手を手に取る。しげしげと見つめた後、ゆっくりと右腕に籠手を嵌めていく。
「んー……」
「どした、ダンスレイル。難しい顔してよ」
「いや、あの籠手……何故だろう、凄く気になるんだ。始祖ベルドールが使っていたものの模造品とはいえ、何かこう……波長が合う、ような」
籠手を見つめ、顔をしかめながらダンスレイルはそんなことを呟く。アイージャも同じように神妙な顔つきをしながらリオを見ていた。
「ちょっと大きいかな……この籠手……!?」
リオが籠手を嵌め終わった、その瞬間。籠手から黄金の光が放たれ、謁見の間を包み込んでいく。エルフたちがざわめくなか、リオの頭の中に声が響いた。
『……新たなる我が子よ。汝に祝福を与えん。創世の神の一角……知恵の神ベルドールの祝福を』
「な、なに? 今の声……なんだったんだろう?」
「り、リオさん……籠手の手の甲の部分が……」
「へ?」
光が収まると、セルキアが唖然とした様子で籠手を指差していた。リオは言われた通り籠手の手の甲を見て目を見開く。
「な、なにこれ!?」
籠手の手の甲に空いていた七つの穴のうち、二つにいつの間にか宝石が嵌まっていたのだ。六つの小さな穴のうち、一つに緑色の宝石が。
そして、六つの穴に囲まれた中央の大きな穴には、リオ自身の力を象徴するかのように、深い青色の宝石が嵌め込まれていた。その様子を見て、魔神の姉妹は互いに顔を見合わせる。
「姉上、聞こえたか? あの声が」
「……聞こえたよ。随分懐かしい声だった。始祖ベルドール……死してなお、リオくんに贈り物を持ってきてくれたんだね」
二人が感慨深そうに呟くなか、カレンやエリザベートたちは事態を飲み込めず首を傾げていた。
(……さっきの声、なんだったんだろう。でも、不思議と……心があったかくなる優しい声だった)
宝石を眺めながら、リオは頭の中に流れてきた声について考える。ざわめきが収まらぬなか、リオは拳を握りグッと腕を突き上げた。
「よーし! 僕は決めたぞ! この籠手と女王さまに誓う! これからも、魔王軍と戦い続けるぞ!」
高らかにリオがそう宣言すると、再び謁見の間に拍手が鳴り響く。仲間たちに見守られるなか、授与式は無事閉会し――長かったユグラシャード王国での戦いが、幕を閉じたのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……クックックッ。ようやくたどり着いたぜ。牙の魔神バルバッシュが眠る封印の間に、な」
同時刻、魔界のどこかにある封印の神殿の最深部に、一人の男がいた。赤と青に塗り分けられた鎧を身に付けた、魔王軍最高幹部の一人――『氷炎将軍』グレイガが、ついに魔神の封印されている場所へたどり着いたのだ。
「だいぶ手間取らせられたもんだぜ。クソみてえな量の罠なんざ仕掛けやがって、創世神の奴ぁ相当コイツにご立腹だったんだろなぁ」
グレイガは目の前にそびえる扉を見ながらそんなことを呟く。アイージャやダンスレイルの時と違い、結界はしっかりと機能し魔神を封じていた。
「魔王様もお待ちかねだ。早速……封印を解くとしようかぁ!」
グレイガは右手に氷、左手に炎の魔力を集め結界にぶつける。相反する二つの魔力がぶつかり、扉ごと結界が消滅していった。
部屋の中に足を踏み入れたグレイガは、ヒュウと口笛を吹く。床にすわりこんでいる痩身の男が、彼にしわがれた声をかける。
「……ようやく、封印が解かれる時が来たか。ずっと待っていた。復活の時を」
「歓迎するぜ、バルバッシュ。魔王軍と一緒に……世界をぶっ壊そうぜ?」
グレイガの言葉に、牙の魔神バルバッシュは頷く。そして――狂喜に満ちた笑みを浮かべた。