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53話―とある死者の願い

「師匠、そっちに屍兵が来ますわ!」


「ありがとエッちゃん! てやあっ!」


 ハールネイスでバゾル大臣が裁きを下された翌日。リオとエリザベートの二人はスレッガを経ち、南下しながら屍兵たちの討伐を行っていた。


 少しずつ敵の本隊に近付いていっているようで、南へ進めば進むほど、強力な屍兵たちがリオたちの前に立ち塞がる。まるで、誰かを守ろうとするかのように。


「……師匠。気のせいかもしれませんが、屍兵たち……少しずつ統率の取れた動きをしてくるようになっていません?」


「多分、気のせいじゃないと思う。さっきだって、明らかに三体で連携して襲ってきたもの」


 そう言いながら、リオはついさっきまで行われていた戦いを思い出す。街道の端に馬車を停め、休憩していたところを不意打ちで襲われたのだ。


 どうにか反撃に転じることが出来たものの、後少し反応が遅ければやられていた。そう感じたリオは冷や汗を流す。ここから先は、油断は出来ない。


 そう考えていた時、どこからともなく女の声がリオたちの耳に届いた。


「素晴らしい実力ね。流石、盾の魔神といったところかしら」


「誰!? どこにいるの!?」


 リオが飛刃の盾を構えつつ声をかけると、街道の側にある森の中から一人の女が現れた。全身に縫い目が付いた痛々しい容姿に、リオとエリザベートは動揺してしまう。


 そんな二人を見ても気分を害することなく、女は悠々と会釈をし笑う。ゆっくりと顔を上げた後、女はリオたちに向かって自分の素性を伝えた。


「ごきげんよう。私はスノードロップ。魔王軍最高幹部の一人、キルデガルドの配下死に彩られた娘たち(デス・ドーターズ)の長女ですわ」


「! あらあら、敵が自ら会いに来るとは……よほど自分の強さに自身があるようですわね」


 エリザベートは腰から下げたレイピアに手を掛けながらそう口にする。リオも盾に付けられたベルトを握り締め、いつ相手が襲ってきてもいいように備える。


 警戒体勢を取る二人を前にしてもなお笑みを崩さず、スノードロップはニコニコしていた。が、すぐに悲しそうに表情を歪め彼らの前にひざまずく。


「……私があなたたちの前に現れたのは、戦いに来たからではないの。あなたたちに、お願いがあって会いに来たのよ」


「お願い……?」


 スノードロップの言葉に、リオは首を傾げる。エリザベートと互いに顔を見合わせていると、リオたちにどんな『お願い』をしに来たのかをスノードロップは話し出す。


「私の願いはただ一つ。母を……キルデガルドを止めてほしいの。あの人の非道な行いを……邪悪な企みを阻止する手伝いをしてください」


「え……?」


 予想もしていなかった言葉に、リオとエリザベートは目を丸くして驚く。そんな彼らに、スノードロップは語り始める。何故自分がキルデガルドを止めようとしているのかを。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……トリカブトも敗れたか。情けない奴じゃのう。せっかく、盾の魔神の仲間を仕留められるチャンスが巡ってきたというのに」


 研究所の一室にて、キルデガルドは舌打ちをしながら水晶玉を覗き込んでいた。ミニードアイバットを使って逐一娘たちを監視し、活動をチェックしているのだ。


 ダンスレイルたちがスライムアーマーごとトリカブトを両断したのを見届けた後、キルデガルドは水晶玉を放り投げる。つまらなさそうに頬を膨らませ、床に寝転がる。


「ま、よいわ。おかげでリビングスライムアーマーの弱点は分かったからの。ローズマリーもトリカブトも、所詮は捨て駒。死んだとて問題は……おっと、もう死んでおるわ! ホッホッホッホッホッ!」


 大声で笑うキルデガルドのことを見ながら、部屋の隅に立っていたスノードロップは悲しそうに目を伏せる。妹を二人も失い、彼女は悲しみの中に沈んでいた。


 床の上を笑い転げるキルデガルドから目を背け、スノードロップは過去に想いを馳せる。まだ、自分たちが生者だった頃の楽しかった日々の記憶を手繰り寄せる。


(……どうしてこうなってしまったのでしょう。五年前のあの日、母上の……キルデガルドの提案さえ受け入れなければ……。私たちは、死者として眠れたのに)


 五年前、スノードロップたちがまだ生きていた頃――エルシャという名前だった頃、彼女たちは故郷の村で姉妹仲良く暮らしていた。親を流行り病で亡くしてはいたが、姉妹で力を合わせ生きていた。


 キルデガルド率いる魔王軍が村を襲ったあの日までは。


『ゆけ、屍兵たちよ。この村を滅ぼし、地上の民の命を魔王様に捧げるのじゃ!』


 村人たちの悲鳴がとどろくなか、キルデガルドは配下を指揮しつつ村人たちを殺して回っていた。村が襲われるなか、エルシャは妹たちと一緒に納屋の中に隠れていた。


『お姉ちゃん、怖いよぉ……』


『大丈夫よ、みんな。お姉ちゃんが付いてるわ。ここに隠れていれば見つからないはずよ』


 納屋の中に積んである藁の中に身を潜めつつ、エルシャは妹たちを励ます。いつか助けが来るはずだ。そう思っていた彼女だが、現実は非情だった。


 納屋の中に押し入ってきた屍兵たちに見つかり、妹たちは殺されエルシャもまた瀕死の重傷を負ってしまう。納屋の中に転がる妹たちの死体を見ながら、彼女は憤る。


 何故、何も悪いことをしていない自分たちがこんな目に合わなければならないのか、と。


(おかしい、おかしいよ。私たち、なんにも悪いことしてないのに。毎日畑を耕して、一生懸命生きてきたのに。神様……もしいるのなら教えてください。私と妹たちは……こんな死に方をしなければならないほどの罪を、犯したのですか?)


 藁の山に背を預け、荒い息を吐きながらエルシャは神への呪詛を心の中でぶちまける。その時だった。納屋の中にキルデガルドが入ってきたのは。


『ごくろうじゃったな、お前たち。ふむ、死体の原型が綺麗に残っておるわ。これはいい材料に出来そ……ん? なんじゃ、こやつは生きておるのか』


『お前、は……お前、のせいで妹たちは……!』


 エルシャは重傷を負っているのにも関わらず、飛び起きてキルデガルドに掴みかかろうとする。が、屍兵たちに取り押さえられ床に倒されてしまう。


『ほう、瀕死のくせに活きがいいのう。……ふむ。そのバイタリティ、気に入ったぞ小娘』


 ニヤリと笑い、キルデガルドはエルシャに近寄る。途中、床に転がる死体に手をかざして記憶を読み取った後、エルシャにとある取り引きをもちかけた。


『どうじゃ、小娘。わしと取り引きをするつもりはないかの? わしと契約すれば、妹たちを生き返らせてやろう。その代わり、妹ともどもわしの配下として働いてもらうがの。どうじゃ? 悪い取り引きではあるまい』


『私は、私は……』


 キルデガルドの言葉に、エルシャは苦悩する。目の前にいる女は憎い。しかし、このまま妹たちを無念のうちに死なせたくはない――葛藤の末、エルシャは決意する。


 キルデガルドと取り引きをし、彼女の配下になることを。


『……分かった。あなたの、部下になる。だから、妹たちを生き返らせて!』


『ホッホッ、よかろう! わしは死霊術士(ネクロマンサー)、その程度お安いご用じゃ。これからの働きに、期待しておるぞ?』


 その言葉を聞くのと同時に、エルシャの意識は途切れた。



◇―――――――――――――――――――――◇



 それからの五年間、スノードロップとなったエルシャはキルデガルドの元で悪事を重ねた。しかし、キルデガルドにとって、姉妹はただの駒でしかない。


 それを知り、スノードロップは絶望した。ローズマリーも、トリカブトも。再び喪ってしまったのだから。


「……私は、過ちを犯しました。妹たちを想うあまり、悪に身を堕とした。その償いを……そして、せめて最後に残ったタツナミソウ……いえ、ミリアだけは……助けたい」


 スノードロップは涙をこぼしながらそう口にする。勢いよく土下座をしながら、リオたちに懇願する。妹を助けてほしい、と。


「お願いです! 私のことは殺しても構いません! ですが、妹だけは……ミリアだけは、殺さないで……。そのためなら、キルデガルドの情報を全て打ち明けます! だから……」


 泣きながらそう叫ぶスノードロップの頭に、そっとリオの手が乗せられる。優しく頭を撫でながら、リオは微笑む。


「分かった。あなたの妹さんへの想い、確かに受け取ったよ。だから……僕は、君たちをたすける。一緒にキルデガルドをやっつけよう!」


「……はい!」


 その言葉に、スノードロップは頷いた。

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