47話―二人ぼっちのドラゴン退治
盗賊たちを退け、封鎖された道を越え旅を続けるリオたち。今度こそ問題は起こらない……と思われた矢先、またもやトラブルに見舞われてしまう。
宿を利用するために立ち寄った町で、住民たちに入町を断られてしまったのだ。町の入り口に立ちはだかる町の住民たちの説得を試みるリオだが、返答は冷たかった。
「お願いです、町の中に入れてもらえませんか? せめて食料の補給だけでも……」
「ダメだダメだ! エルフ以外の種族をこの町に入れるわけにはいかん! 下賎な連中を町に入れればこの地が穢れる。見逃してやるからさっさと消えろ!」
「……分かりました」
かたくなに首を横に振る住民たちの敵意に折れ、リオはしょんぼりと肩を落とす。少し離れた場所に停めてある馬車へ戻ろうとすると、一人の老エルフに声をかけられた。
「待ちなされ。お前たちも少し落ち着きなさい。こんな小さな子どもを追い出すなど、誇り高きエルフのすることではなかろう」
「じゃあどうするんだよ、長老。バゾル大臣がいつも説法してるじゃないか。エルフ以外の種族はどうしようもなく野蛮で頭が悪くて、恩を仇で返す最低な奴らだって」
ここにきてまたバゾルの名を聞くことになり、リオは軽い目眩を覚える。彼の歪んだ価値観は、他のエルフたちにも広まってしまっているようだ。
その時、エリザベートがリオの元へ歩いてきた。なかなか戻ってこないのを心配して様子を見にきたのだと言う。彼女を見て、住民たちはまた嫌そうな顔をする。
「若き者たちよ、提案がある。この町はここ数年フレアドラゴンという魔物に何度か襲われていてな。このままでは町を滅ぼされてしまいかねん、かの魔物を打ち倒してくれたら、一夜の宿を提供しよう。どうじゃ、やってくれるか?」
「分かりました! そのフレアドラゴンって、どこにいるんですか?」
リオが問うと、長老と呼ばれた老エルフはフレアドラゴンの居場所を話す。町の北にある岩山を根城にしており、たまに町に現れては若い娘をさらい食らうのだという。
その話を聞いた時、リオ以上にエリザベートがとてつもなく憤っていた。乙女として、フレアドラゴンの所業を許すことが出来ないらしい。
「酷い話ですわね……! そんな悪いドラゴンはお仕置きしなくてはなりませんわ。師匠、行きましょう。わたくしたちの手で、必ずかの悪竜を滅ぼしましょう!」
「うん! がんばろー!」
二人はフレアドラゴン討伐に熱意を燃やし馬車に戻っていく。そんな二人を見送りながら、エルフたちは小声でヒソヒソと話をしていた。
「長老、本当にあんな奴らがフレアドラゴンに勝てると思いますか? どう考えても無理でしょう。それに、仮にフレアドラゴンを倒してきたら本当に町に入れるつもりですか?」
「無論、約束を違えるつもりはない。それに、わしはあの二人が勝つと思っておるよ」
エルフの青年に問われた長老は微笑みながら答える。そんな長老を見ながら、他のエルフたちは肩をすくめた。どうせ戻って来ないだろうとタカをくくり、町の中へ戻っていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「よーし、早速フレアドラゴンをやっつけに行くぞー! どんな作戦で行こうかなぁ」
「そうですわね、闇雲に突っ込むのは危険ですから」
エルザに事情を説明した後、リオとエリザベートは町の北にある岩山を目指して歩いていく。その途中、どうやってフレアドラゴンと戦うか相談する。
勢い勇んで飛び出してしまった以上、フレアドラゴンについて詳しく聞きに町へ戻ることに抵抗感を覚えた二人はそのまま岩山へ向かう。
「そうですわ。いいことを思い付きました。フレアドラゴンは乙女を好んで食らう……なら、少々危険ですがわたくしが囮になって……」
「ダメだよ! そんな危険なことさせられないよ! ……しょうがない。こうなったら、正面から叩き潰すしかないか。元々搦め手を使うの苦手だしね」
エリザベートが自ら囮になろうとするのを止め、リオは真正面からフレアドラゴンと戦うことを決意する。岩山の入り口まで近付いた後、リオはキョロキョロと周囲を窺う。
「すうー……にゃああああああ!!」
特に生き物がいないことを確認した後、大きく息を吸い込んで『引き寄せ』の力を乗せた雄叫びを上げる。可愛らしい雄叫びにエリザベートが悶えていると、羽ばたきの音が聞こえてくる。
己の縄張りに侵入者が現れたことを知った紅蓮の鱗を持つ竜――フレアドラゴンが現れたのだ。敵意に満ち溢れ、炎のようにギラギラ光る両の眼は、真っ直ぐリオを睨み付けていた。
「グギャアアオオオウ!!」
「き、来ましたわ! 師匠、まずはどうすれば!?」
「まずはね……真正面からとつげーき! レッツゴー! あ、これあげるからまずい時は身を守ってね」
「ええっ!? そ、そんなアバウトな!」
どう戦うか聞いてきたエリザベートに答えた後、リオは不壊の盾を作り出し彼女に渡す。自身も不壊の盾と飛刃の盾を両腕に装着し、フレアドラゴンと対峙する。
エリザベートが戸惑っている間に、リオは一気に先制攻撃を仕掛ける。不壊の盾を構え、フレアドラゴン目掛けて勢いよく突進していく。
フレアドラゴンは敵意を剥き出しにした唸り声を上げながら息を吸い込む。喉の奥で燃え盛る火炎を作り出し、リオへ向かって炎のブレスを吐き出した。
「グアアアオ!!」
「熱い……けど、負けないぞ! ヘビィブーツ!」
ブレスの勢いに押し返されそうになるも、リオは肉体強化の魔法を自分にかける。盾でブレスを遮断しつつ、一歩ずつゆっくりと着実に進む。
それを見たフレアドラゴンは、炎のブレスは効果がないと判断し攻撃を切り替える。ブレスを吐くのを止め、素早く身体を反転させ尻尾を横からリオに叩き付けようとする。
「師匠、危ないですわ! ……きゃあっ!」
リオに迫る尻尾を食い止めようと、エリザベートは両者の間に割って入り攻撃を受け止めようとする。が、踏ん張りが足りずリオの方へ吹き飛ばされてしまう。
飛んできたエリザベートをしっぽでキャッチしたリオは、彼女を地面に降ろし自分に使ったものと同じ肉体強化魔法を施す。その直後、再び飛んできた尻尾をリオが防ぐ。
「これでもう大丈夫。助けようとしてくれてありがとう」
「こちらこそありがとうございます、師匠。やっぱり師匠はお強いですわね……」
肉体強化魔法がかかっているとは言え、大木ほどの太さがあるフレアドラゴンの尻尾を平然と受け止めるリオの強さに、エリザベートは改めて舌を巻く。
「感心するのは後で、ね。今はあいつを倒さなきゃ。来るよ!」
「はい! 今度は足手まといにはなりませんわ!」
二人が身構えた直後、フレアドラゴンは雄叫びを上げながら猛攻撃を加え始める。尻尾を鞭のようにしならせ、左右と頭上から打撃の連打を叩き込む。
リオとエリザベートは協力し、不壊の盾で攻撃を防ぐ。四方八方から飛んでくる尻尾を受け止め続け、相手のスタミナを消耗させる作戦に出たのだ。
「グルアアアア!!」
「エリザベートさん、炎をお願い! 僕はこのまま尻尾を!」
「心得ましたわ!」
なかなか攻撃が決まらないことに業を煮やしたフレアドラゴンは、長い首を伸ばしリオたちに向かって再び炎のブレスを放つ。エリザベートが頭上に盾を掲げ、炎を防ぐ。
その間にリオは尻尾による攻撃を捌きつつ、反撃のチャンスを窺う。しばらく攻防が続いた後、反撃のチャンスが訪れた。フレアドラゴンの動きが鈍ったのだ。
「今だ! シールドブーメラン!」
「ギャオオアア!!」
勢いの弱まった尻尾目掛けて、リオは飛刃の盾を投げつける。盾はフレアドラゴンの尻尾を両断し、近くの岩に当たってリオの元へ戻ってくる。
尻尾を切り落とされた痛みで、フレアドラゴンはブレスを吐くのを中断し大暴れする。リオは自分たちにかけていたヘビィブーツを解除し、急いで離れた。
「グルルゥ……! ガアアアアア!!」
「し、師匠! あの竜、飛びましたわ!」
「逃げるつもり……かな? それとも……」
己の身体を傷つけられたことに激昂し、フレアドラゴンは翼を広げ空へ飛び立つ。巨体を感じさせない軽やかな動きで空を飛び回り、眼下にいるリオたちを睨む。
警戒する彼らを余所に、フレアドラゴンは口から炎の塊を吐き出し空中に漂わせる。リオたちが訝しむなか、炎の塊が勢いよく弾け飛んだ。
地上は火の海に包まれ、リオたちの姿が見えなくなる。憎たらしい宿敵を倒したと思ったフレアドラゴンは、高らかに勝利の雄叫びを放つ……が。
「残念! まだ僕たちはやられてないよ!」
「グルゥ!?」
いつの間にか目の前にいるリオとエリザベートを見て、フレアドラゴンは目を見開く。炎が弾ける直前、リオは双翼の盾を展開しエリザベートと共に空中へ逃れていたのだ。
「さあ、今度は空中戦だよ! 絶対に負けないから!」
リオの声が、青空にこだました。




