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35話―ゴブリンたちの救い主

「……なんのことだ? 馬車には妾たち二人しかおらぬぞ」


 ゴブリンの女の言葉に、アイージャはそう答える。しかし、ゴブリンたちのリーダーはフッと小バカにするような笑みを浮かべて槍を馬車に突きつけた。


「嘘ついてもムダ。ニオイで全部分かる。私たちには男が必要。中にいる男を置いていけ。そしたら通してやる」


「わりいがそいつは無理だな。リオは渡せねえ。大事な仲間なんでね」


 カレンはそう言うと、金棒を呼び出して地面に叩き付ける。それを見たゴブリンの女たちは顔をしかめて一斉に槍を構え、臨戦体勢を取った。


 いつ戦いが始まってもおかしくない――そんな中、リオが馬車から降りてきた。一触即発な状態の両者の間に割って入り、この場にいる全員を宥めようとする。


「みんな止めて! そんなことで争うなんてダメだよ!」


「ふふ、やっぱり男いた。しかも可愛い男の子だ」


 リオを見たゴブリンたちは一気に色めき立つ。そんな中、リオはリーダーの女に近付き声をかけた。


「あの、さっき魔王軍に襲われたって言ってましたけど……詳しく教えてくれませんか?」


「いいだろう。教えてやる」


 アイージャたちに対する対応とは正反対な優しい声でリーダーは答える。そして、自分たちの部族に何があったのかをリオたちに話し始めた。


「今から一月ほど前のことだ。このケルケーナに、魔王軍を名乗る女の子どもが来た。部族の男を差し出せ、と」


 そこまで言うと、リーダーは当時のことを思い出し悔しそうに表情を歪める。槍を握る手は震えていた。


「当然、私たちは拒否した。男は大切な宝。渡すつもりはなかった。でも……そいつに、私たちは負けた。男はみんな連れていかれてしまった。子どもや老人まで、みんな」


 リーダーの言葉に、他のゴブリンたちも悲しみの表情を浮かべる。女性上位のこの部族にとって、男は守るべき大切な宝であり家族なのだ。


 それを奪われた不条理に、彼女たちが嘆き苦しんでいることを知ったリオもまた、悲しみに包まれる。しかし、己の使命を捨てここに留まることは出来ない。


「私たちの家も、祈りの祭壇も……何もかも壊された。自分に逆らった見せしめだと、勇敢な戦士が何人も殺された。もう、我らは二十人もいない。このままでは、我らは滅びる。滅びて、しまうんだ」


 はじめの頃の覇気はすでになく、部族のリーダーの声に嗚咽が混ざり始めた。彼女たちの境遇に、カレンとアイージャも同情する。


 そんな中、リオはずっと考えていた。どうすれば、このゴブリンたちを助けられるのだろうか、と。今の自分に、何が出来るのか、と。


(この人たちを放っておいたまま、旅を続けるなんて出来ないよ。こんな時、どうしたら……そうだ!)


「ねえ、ねえ様。僕の盾を作り出す力って、本当にどんな盾でも作り出せるんだよね?」


「ん? そう、だな。少なくとも、魔力さえ十分にあれば、理論上はどんな盾でも作れるぞ」


 リオは何かを閃いたらしく、アイージャに問いを投げ掛け確認する。返答を聞いたリオは、リーダーの女に静かに声をかけた。


「……ねえ、お姉さん。この土地を離れなくちゃいけないけど……それでもいいなら、僕が何とか出来るかもしれない」


「え……?」


 ゴブリンたちだけでなく、カレンやアイージャも驚きをあらわにする。リーダーはしばし迷っていたが、やがて意を決し力強く頷いた。


「構わない。我らに未来がもたらされるなら」


「じゃあ、僕のお屋敷でみんな雇ってあげる。お屋敷の改築が必要だけど、それくらいなら大丈夫だから。じゃあ、いくよ!」


 そう言うと、リオはしゃがみ込み地面に両手をつける。魔力を注ぎ込みながら、帝都にある自分の屋敷を頭の中に思い描く。そして、大声で叫びながら新たな盾を生み出す。


「……出でよ、界門の盾!」


 その言葉と同時に青い光が地面から放たれる。アイージャたちが目を瞑っている間に、地面が盛り上がり平たい板のようなものが形作られていく。


 光が収まる頃には、リオの目の前に装飾が施された立派な青色の扉が現れていた。目を開けたカレンは、その扉を見て目を丸くし呟きを漏らす。


「……扉? なんで扉なんか……」


「ふう……この扉の向こう側を、僕のお屋敷と繋げたよ。今開けるね……」


 疲労困憊といった状態になりながらも、リオはドアノブを回し扉を開ける。彼の言葉通り、扉の向こう側には屋敷の庭が広がっていた。


 庭ではちょうどセバスチャンが草刈りをしており、突然の事態に目を丸くして固まっていた。パニック寸前の彼に、リオは扉越しにこれまでのことを説明する。


「……なるほど。お話は分かりました。では、そのゴブリンの方々をメイドとして雇えばよいのですね?」


「うん。勝手なお願いだって分かってるけど……この人たちを見捨てれないんだ。セバスチャン、お願い!」


 リオは頭を深々と下げ、セバスチャンに懇願する。少しして、セバスチャンは頷いた。ゴブリンの女たちを受け入れることに決めたのだ。


「分かりました。ご主人様のお言葉でしたら、わたくしは受け入れましょう。ただし、屋敷の改築費用はご主人様の資産から出してもらいますからね?」


「セバスチャン、ありがとう……」


 感謝の言葉を述べた後、リオは振り返りゴブリンたちに笑いかける。その笑顔を見たゴブリンたちは悟った。滅び行くだけだった自分たちに、救いの手が差しのべられたのだと。


 ゴブリンの女たちは互いに抱き合い、喜びの言葉を口にする。そんな中、リーダーの女はリオに近寄り、静かに彼に疑問を投げ掛けた。


「……不思議な魔法を使う者よ。何故……貴方は、私たちにここまでしてくれるのだ?」


「決まってるよ。僕は世界を救うために旅してるんだもん。それなのに、目の前で苦しんでる人たちを助けられないんじゃ……魔神として失格だからね!」


 屈託のない笑顔を浮かべ、リオはそう口にする。その言葉に、部族の長は胸の高鳴りを覚えた。迷うことなく彼の前にかしずき、リオの手の甲にキスをする。


「……ありがとう、我らの救い主よ。我が名はリリー。偉大なるケルケーナのゴブリン。救い主よ、我らは永遠に貴方のしもべとして尽くすことをここに誓う」


「え? しも……え?」


 リリーの言葉を聞いた他のゴブリンたちも、彼女と同じようにリオに向かってかしずく。それを見たリオたちが困惑している間に、リリーは仲間を率いて扉へ向かう。


「この恩は決して忘れない。もし私たちの力が必要になったらいつでも呼んでほしい。命をかけて、必ず恩を返す」


 そう言い残し、リリーたちは扉の向こうへ消えた。ひとりでに扉がしまり、魔力のチリとなって霧散する。残されたリオたちは、互いの顔を見ながら唖然としていた。


「……なんか、とんでもねえことになったな。しっかし、リオはすげえなー。転移石(テレポストーン)みてえなこと出来るなんて思わなかったぜ」


「うん……これ、結構魔力使っちゃうみたいで……しばらくは界門の盾使えないかも……」


「リオ!? しっかりしろ! 今馬車に……」


 魔力を大量に消耗してしまい、フラフラしていたリオは倒れてしまう。アイージャが彼を馬車の中に運ぼうとしたその時、巨大なフクロウが近付いてきた。


「フクロウ……? まだ夜でもないというのに、飛んで……いや、フクロウだと? まさか!」


「おい、どうしたアイー……うおっ! やべえ、リオが!」


 フクロウは大きな足を広げ、素早くリオをガッチリ掴んだ後どこかへ飛びさってしまった。巨体を感じさせない早業に、カレンたちは対応が遅れてしまう。


「まずいぞ……早くあのフクロウを追わねば! 妾の予想が当たっているなら、大変なことになる!」


 アイージャの焦りようは尋常ではなく、普段は絶対に浮かべないような焦燥感に満ちた表情をしながらそう叫ぶ。カレンは何故彼女がそこまで焦るのか、よく理解出来ていなかった。


「落ち着けよ、アイージャ。確かにリオが連れ去られたのは問題だけど、そんなに焦るこたぁ……」


「たわけ! あのフクロウは妾の姉、斧の魔神ダンスレイルの分身だ! 姉上め、やはりこの渓谷にある神殿に封印されていたか!」


「な、なんだって!?」


 カレンはアイージャの言葉に仰天し、目を見開く。拐われたリオを追うため慌ただしく馬車に乗り込み、フクロウを追って道をひた進む。


 盾と斧、二人の魔神の邂逅の時が、すぐそこまで迫ってきていた。

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[一言] ダンスレイルさん!?このタイミングを待ってたの!?
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