287話―一騎討ち、その果てに
冷気が吹き荒び、周囲の空気が急激に冷やされていく。離れた場所で戦っているアイージャたちにも、リオが力を解き放ったことが伝わっているようだ。
リオの力を間近で感じているゾームは、ニヤリと笑う。そうこなくちゃ面白くないとばかりに、樹皮を纏った二振りの大鉈を振り回しながら突撃する。
「ようやく本気を出したか! いいぜ、来な。オレとお前、どっちの本気が勝つのか勝負といこうぜ!」
「負けるつもりはないよ! 出でよ、氷爪の盾!」
氷の爪が生えた盾を呼び出し、両腕に装着したリオは相手の攻撃を回避する。リーチはまだゾームの方に分があるが、ある程度差は縮まった。
先ほどのように突進して膝蹴りで返り討ち、という事態になることはもうない。大鉈の攻撃のみを警戒し、隙を突いて必殺の一撃を叩き込む。
それだけでいいのだ。
「オラッ! こいつを食らいな! フルスイング・アタック!」
「くっ……このっ!」
身体ごと大鉈を回転させ、ゾームは力任せに攻撃を叩き込む。避ければそのまま追撃を食らうと判断したリオは、盾で大鉈を受け止めた。
予想通り繰り出されたもう一振りの鉈は回避し、隙が出来たゾームに向かってリオは盾を振り下ろす。ゾームは素早く大鉈を逆手持ちにし、盾代わりにして攻撃を防ぐ。
「やるね。今の隙はイケると思ったんだけど」
「ハッ、そう簡単にゃやられねえぜ? 何せ、オレはつええからなぁ! プレッサー・ブレード!」
難なくリオの反撃をいなしてみせたゾームは、大鉈の腹でリオを挟み、叩き潰そうとしてくる。真上に飛んで大鉈を避けたリオに、さらなる追撃が放たれた。
「あめえぜ、真っ二つにしてやるよ!」
「そうはいかない! 出でよ、凍鏡の盾!」
ゾームは二つの大鉈を重ね合わせ、おもいっきり真上に振りかぶり股下からリオを攻撃する。対して、リオはもう一つの切り札である凍鏡の盾を呼び出し攻撃を受け止めた。
盾に衝撃が蓄積され、僅かに輝きが増す。リオは一旦氷爪の盾を消し、足元の凍鏡の盾を手元に引き寄せる。両手でしっかりと取っ手を握り、守りを固める。
「なんだぁ? 今度はドン亀戦法か? いいぜ、いつまで持ちこたえられるのか試してやるよ!」
「さあ、来い!」
この時、ゾームが凍鏡の盾の特性を把握していれば迂闊に攻め込むことはしなかっただろう。だが、彼は愚直に突撃していってしまった。
(よしよし、来たぞ。ゾームの攻撃力は凄い高い。それを逆に利用すれば……この勝負、一撃で終わらせられる!)
心の中でそう考えながら、リオはゾームの猛攻を凍鏡の盾で受け止め防いでいく。凍鏡の盾が少しずつ輝きを増していっていることに、ゾームはまだ気付いていない。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ダンスレイル、そっちは大丈夫か!?」
「オーケー、問題ないよ。いつでもやれる!」
その頃、アイージャたちとギア・ド・ラーヴァの戦いは佳境に差し掛かっていた。ゾームのせいで活性化してしまった巨人を倒すべく、八人の共同作戦が行われる。
「ロープの強度、本当に大丈夫なんだろうな? 途中で水が蒸発して燃えちまったらシャレにならねえぞ」
「ま、大丈夫さ。クイナを信じてるからね、きっと上手くいくよカレン」
「……まあ、今さらギャーギャー言ってもしゃあねえよな。それ……ふんっ!」
ダンスレイルに背負われたカレンの手には、分厚い水の膜に守られたつるが握られていた。反対側はアイージャが持っており、三人はギア・ド・ラーヴァの足首近くまで降下している。
彼女たちが立てた作戦はこうだ。クイナの力でマグマの熱を弱め、至近距離まで接近出来るようにする。その状況を維持しながら、例のつるを作り出し相手の両足を縛る。
「よし、熱がかなり弱まってる。いけるよ、アイージャ!」
「妾はいつでもいけるぞ! 合図したらやってくれ、姉上!」
そうしてバランスを崩して転ばせ、外装に大ダメージを与えるつもりなのだ。外装にヒビが入れば、そこから内部にマグマを流し込める。
いくら外装の耐熱性が高くても、マグマが入り込むことを想定していない部位は熱に弱いはず。内部から破壊出来れば、そのまま一気に決着を着けられる。
それが、彼女らの考えた作戦だ。
『足元に敵性反応を確認。攻撃を……』
「おっと、そうはいかないよ! 奥義、天海領域!」
「わたくしたちのこと、忘れてもらっては困りますわよ!」
当然、ギア・ド・ラーヴァも足元にいる三人を放置するわけがない。足を振り上げ踏み潰そうとするも、その前に残りの魔神たちが注意を引き阻止する。
特にクイナの活躍は目覚ましく、マグマの冷却・硬化から天海領域による相手の動きの鈍化など、作戦の中核を担っている。一時間ほどして、ようやく仕上げの用意が整った。
「姉上、いくぞ!」
「任せて! カレン、しっかりつるを握ってなよ」
「ああ!」
ダンスレイルとアイージャは、大きく弧を描くように水平に飛び、ギア・ド・ラーヴァの両足首をつるで縛りあげた。このまま転ばせられる、そう思われたが……。
『ジャイロバランサー起動。体勢を建て直します』
「ゲッ、こいつビクともしてねえぞ!」
巨人は体内に埋め込まれている姿勢制御装置を起動させ、転倒を阻止したのだ。作戦失敗かと思われたその時、遠くからなにかが飛んでくる。
よく見ると、それは真っ二つにへし折られたゾームの大鉈だった。大鉈はギア・ド・ラーヴァの背中に勢いよくぶつかり、体勢を崩させる。
「おお、これはいいお助け! それっ、拙者もとつげーき!」
それを見たクイナは、自らも突撃していく。水の渦を作り、水流を利用して加速しキャノンボールアタックを叩き込んだ。これにはたまらず、巨人は今度こそ倒れた。
『姿勢制御、不可。姿勢制御、不……』
自らが作り出したマグマの海に倒れ込み、ギア・ド・ラーヴァの装甲に亀裂が走る。隙間からマグマが入り込み、本来高熱に晒されることを想定していない部位を破壊していく。
『致命的、エラー発生。リカバリーシステム、起動……。起動、不可……エラー、エラエラエラエラエラエラエラ……』
「やりましたね。マグマの熱で頭脳回路が完全に故障したようです。もう、これで終わりでしょう」
ギア・ド・ラーヴァの最後を見届け、ファティマはそう呟いた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……やるな。オレの大鉈を弾き飛ばすたぁな。ちょっと油断してたぜ」
「もうちょっとで一撃必殺だったんだけどね。咄嗟に避けられるなんて思わなかったよ」
その頃、リオとゾームの戦いも終盤に突入していた。一時間をかけて攻撃を吸収・蓄積させ、リオはミラーリングインパクトを放ち一撃でゾームを葬るつもりでいた。
しかし、直撃する寸前で回避されてしまい、左腕ごと大鉈を吹き飛ばすだけに終わってしまったのだ。とはいえ、大ダメージを与えられたことに変わりはない。
二刀流による猛攻という強みを失ったゾームでは、今のリオに勝ち目はほぼないと言ってもいいだろう。それを、ゾーム自身もよく理解しているようだ。
「さて、オレぁもう片腕吹っ飛ばされちまったからな。これ以上長くかけても、逆に首絞めるだけだ。だからよ……この一撃で終わらせるぜ。属性付与・エクスプロージョン!」
「来い! お前の全力、受け止めてやる!」
今度は逆に、ゾームがリオを一撃で仕留めんと最後の攻撃を仕掛けてきた。右手に握った大鉈に、膨大な魔力を込め爆発の力を宿らせる。
それを見たリオは、凍鏡の盾を消し氷爪の盾を作り出す。フェアな状態にするため、あえて左腕に何も装備せず背中へ回した。
「これで……終わりだああああ!! エクスプロード・インパクト!」
「僕は……まだ、こんなところで負けるわけにはいかない! うりゃあああああ!!」
リオの盾と、ゾームの大鉈が激突する。大きな金属音と共に、凄まじい大爆発が巻き起こる。その様子は、離れた場所にいるアイージャたちにも見えた。
「あの爆発……! リオの奴、大丈夫なのか!?」
「だいじょーぶだよ、ダンテにーちゃん。おとーとくんはね、負けないよ。絶対にね」
リオの安否を気遣うダンテに、レケレスが自信満々にそう答える。少しずつ爆風が晴れていき、リオとゾームの姿があらわになってきた。
果たして、勝利を手にしたのは……。
「……なあ、リオ。この勝負……オレの、負けだわ」
「そう、みたいだね。ゾーム」
長い氷の爪が、ゾームの胴体を貫いていた。振るわれた大鉈はリオのこめかみ、そのすぐ横で止まっている。長い激闘を制したのは、リオだった。
「……お前、強いな。グランザーム様が惚れ込むのも、納得だぜ……ホントに、よ。オレに勝ったんだ……この先、あっさり負けたら……許さ、ねえ……から、な……」
「……分かった」
最後に、ゾームは満足そうに笑いそう声をかける。リオは頷いた後、爪を引き抜いた。ゾームの巨体が落下していき、冷え始めたマグマの海に沈む。
黒大陽の三銃士最初の刺客、ゾームとの戦いは……こうして、幕を閉じた。




