265話―竜とフクロウ、天空決戦!
エリザベートとノーグの戦いが終わり、ダンスレイルとディーナの戦いが始まる。水竜の背に乗り、トライデントを構えたディーナはダンスレイルに突きを連続で繰り出す。
対するダンスレイルは、巨斬の斧を巧みに操って突きを弾き返しつつ反撃を行う。ノーグの物に勝るとも劣らない巨大な斧が、勢いよく振り下ろされる。
「さあ、まずはこれを受けてごらん。アックス・スレイル!」
「フッ、そんな大振りな攻撃当たるものか!」
振り下ろされた斧の一撃を、ディーナはトライデントで受け止める。柄を傾けて斧刃を滑らせ、ダンスレイルの体勢が崩れたところを仕留めようと狙う。
が、それを読んでいたダンスレイルは巨斬の斧を手放し、素早く後退し難を逃れた。落下していく斧を手元に呼び戻し、戦局を仕切り直した。
「面白い武器だ。ひとりでに主の元へ戻るとは。斧は私の専門ではないが……是非欲しいものだ」
「へえ、なかなか見る目があるね。でも、これはあげられないなぁ。代わりに、こっちを食らわせてあげるよ。出でよ、呼び笛の斧!」
巨斬の斧に興味を示したディーナに、ダンスレイルは軽い口調で答える。そして、すぐさま小さな手斧を二つ呼び出し空中に浮かべた。
何をするつもりなのかと訝しむディーナから距離を取りつつ、ダンスレイルは左手の指で輪を作る。指を加え、指笛を吹くと手斧がひとりでに動き始めた。
「む、これは……! くっ!」
「ククゥ!?」
『ふふふ、どうだい? 私の手斧は。なかなかいい具合だろう? 切れ味も抜群なのさ』
驚いているディーナと相棒の水竜に、ダンスレイルは楽しそうに念話で声をかける。二つの手斧は変幻自在の軌道を描き、竜騎士に襲いかかっていく。
前後左右、上下……常に相手を挟み撃ちにするように手斧は飛翔し続け、ディーナに休む暇を与えない。反撃のチャンスを次々に潰され、ディーナは苛立ち始める。
「このっ……鬱陶しい斧め! マーピア、お前の得意技を見せてやるがいい!」
「クウゥゥー! コオォォー!」
水竜・マーピアが透き通った鳴き声をあげると、大きな泡が四つ生まれ、ディーナの周囲を漂う。泡を割るべく、ダンスレイルが手斧を飛ばすが……。
「フッ、この泡を割るつもりなのだろう? 残念だが、そうはいかないな」
(!? 手斧が……泡の中に吸い込まれた!?)
勢いよく飛来していった手斧は、泡を割ることなく中に吸い込まれてしまった。内側から泡を割ろうとするも、ゴムのように伸び縮みして割ることが出来ない。
それを見たダンスレイルは、即座に泡の破壊を諦め呼び笛の斧を消滅させた。あの泡に触れるのはまずい。魔神としての本能と、自身の知識がそう告げていた。
「察したようだな。さっき見たように、この泡は粘り強い。身体につけば、払うのは大変だぞ」
「だろうね。だから、このまま近付かずに攻撃させてもらうよ。フェザーレイン!」
接近しての戦いは不利だと考え、ダンスレイルは徹底して遠距離からの攻撃を行うことを決めた。翼を広げ、抜け落ちた無数の羽根をディーナたちへ飛ばす。
対するディーナは泡を盾の代わりにし、羽根を防御する。その間にマーピアが力を溜め、渦巻く水のブレスをダンスレイルへと勢いよく放った。
「クアアアァ!」
「おっと……危ない危ない。当たったら痛そうだからねぇ。ほら、羽根のおかわりだ!」
ディーナが投げるトライデントとマーピアの放つ水流のブレスを避けながら、ダンスレイルはひたすら羽根を飛ばす。抜け落ちるたびに新たな羽根が生え、尽きることはない。
「しつこい奴め! どれだけ羽根を飛ばしてもムダだぞ、臆病者め!」
「臆病者? ふふ、それは違うね。ほら、よく見てごらんよ。自慢の泡がどうなってるのかをさ」
「何……? こ、これは!」
ダンスレイルにそう言われ、攻撃に集中し周囲の状況が目に入らなくなっていたディーナはようやく異変に気付く。自身の周りを回っている四つの泡は、羽根で満タンになっていた。
「これならもう、中に吸い込まれる心配はない。お望み通り、もう羽根を飛ばすのはおしまいだ。アックス・スレイル!」
「くっ、このっ!」
巧みな作戦で相手の防御を封じたダンスレイルは、巨斬の斧を構え突撃する。身体を縦に回転させ、勢いを乗せた斧の一撃をディーナへと放つ。
受けるのは危険だと考えたディーナは素早くマーピアを下がらせるも、間に合わず相棒共々かすり傷を負った。前ヒレの一部を斬られ、マーピアが悲鳴をあげる。
「キュウウゥー!」
「マーピア! おのれ……よくもやってくれたな! 私を怒らせたこと、後悔させてやる! アクアイリュージョン・ウォーターシャドウ!」
相棒を傷付けられ、激昂したディーナはトライデントを掲げ水の魔力を解き放つ。空気中の水分が集まり、三体の分身が作り出される。
「へえ、人も竜も本物そっくりだ。これはちょっと……まずいかな? おっと!」
「逃げられると思うな、お前を必ず地へ落としてやるぞ!」
総勢四体のディーナは、一斉にトライデントを突き出しダンスレイルを攻撃する。振りの大きい剣や斧と違い、真っ直ぐ突く槍は同士討ちの心配がほぼない。
そのため、ディーナたちは途切れることのない連続攻撃が可能だった。その上、ただ突きを繰り出すのみならず、水流のブレスや粘着性のある泡による搦め手も加わる。
激しい攻撃のオンパレードにより、ダンスレイルはひたすら回避することだけに専念せざるを得なくなる。もし泡が翼に付着してしまえば、一気に機動力が削がれてしまう。
それだけは、なんとしてでも避けなければならない。
「やれやれ、しつこいね! 一方的にやられるってのはね……私は嫌いなんだよ。アックス・トルネイド!」
「全員、散……ぐあっ!」
攻撃が一瞬途切れ、その隙を突いてダンスレイルは強引に反撃を行う。巨斬の斧を回転させ、四人のディーナを一気に殲滅しようと試みる。
残念ながら攻撃を避けられてしまい、分身一体しか仕留められなかったが、ダンスレイルにはそれで十分だった。残りの三人が退いた隙に、素早く包囲網から抜け出す。
「抜け出したか、厄介な奴だ。なら、その機動力を削いでやるとしよう。マーピア、バブル・ランブル・ウェーブだ!」
「この泡の数……まずい!」
ディーナたちは再度布陣を敷き、ダンスレイル目掛けて大量の泡を飛ばす。粘着性の泡が、凄まじい数の暴力となって襲いかかってくる。
最初は巨斬の斧を振り回し、風圧で泡を飛ばして防いでいたダンスレイルだったが、次第にそれも難しくなってくる。そして、とうとう左の翼に泡が付着してしまった。
「しまった、泡が!」
「とうとう着いたな。その泡はなかなか割れないぞ、少しずつ広まって、お前の翼を包んで動きを鈍らせるのだ」
ニヤリと笑いながら、ディーナはトライデントによる攻撃に切り替え総攻撃を行う。ダンスレイルはジグザグ飛行で攻撃を避けるものの、動けば動くほど泡が広がる。
泡はどんどん広まり、あっという間にダンスレイルの左翼の半分を覆ってしまった。目に見えて動きが遅くなり、機動力が激減してしまう。
「くっ、動きにくい……!」
「そろそろトドメを刺してやろう。ザラドとシルティの仇、討たせてもらうぞ! スパイラル・デストレイザー!」
三人のディーナはトライデントを高速回転させ、ダンスレイル目掛けて突きを放つ。一つ目のトライデントは気合いで避けたものの、残り二つの直撃を受けてしまう。
「ぐうっ!」
「絶命はしない、か。タフなものだ、ならば……次で確実に仕留める!」
「そうはいかないね……君に敗れるくらいなら、こうさせてもらうよ!」
トライデントが引き抜かれ、トドメの一撃が放たれようとした瞬間――ダンスレイルは己の左翼を両断してしまった。片翼になりながらも、包囲網から逃れることに成功する。
「自分の翼を……貴様、正気か!?」
「正気さ。このくらいの代償で敗北を免れたんだから、安いものだよ。……さて、そろそろ本気を出させてもらおうかな。宣言しよう。ここから先、もう……君の攻撃は食らわない」
捨て身の行動で窮地を脱したダンスレイルは、切り落とした翼を再生させながら力強くそう口にする。彼女の顔には、不敵な笑みが広がっていた。
今、反撃が始まる。




