255話―屍肉の恐怖、再び
ギュドが取り出したソレは、昔……リオに敗れ死ぬ前に、かつての魔王軍最高幹部キルデガルドが開発していたものだ。腐肉を取り込むことで、異形の姿となりパワーアップする。
数ヶ月前、魔王軍にとって不要となった魔道具や兵器をドゼリーが買い占めた中に、この腐肉があった。ドゼリーはデメリットを説明することなく、ギュドに腐肉を渡した。
彼にとっては、自分以外の全てはただの使い捨ての駒に過ぎないのだ。
(少々早いが、どのみち謀反を起こす予定ではいたのだ。この場で邪魔者を全員始末してやる!)
醜悪な笑みを浮かべ、ギュドは腐肉の塊を一息で飲み込む。何が起こるのか――いや、起こってしまうのか理解することもなく。
異変はすぐに訪れた。ギュドの身体が内側から盛り上がり、筋肉が肥大化していく。それと同時に、壁となってリオたちから隠していた取り巻き二人を吸収し始めた。
「うわああっ! な、なんだこ……ぎゃあっ!」
「誰か、たす……」
「な、なんだあっ!?」
突然のことに対応出来ず、取り巻きたちはあっという間にギュドに吸収されてしまった。近くにいた者たちが悲鳴を上げ、我先にと逃げ出していく。
そんな彼らを逃がすまいと、ギュドは触手のように変化した腕を伸ばし捕まえる。そのまま吸収しようとするも、リオが投げた飛刃の盾により阻まれた。
「他の人たちに手出しはさせないよ!」
「黙れぇぇ!! お前が余計なことをしなければぁぁぁ、こんなことをせずともぉぉ、よかったのだぁぁぁぁぁ!!」
異形へと変貌しながらも、ギュドはしっかりと理性が残っていた。切断された腕を拾いあげて断面を押し当て、何事ものかったかのように繋げてしまう。
各国の代表たちは部屋から逃げようとするも、兵士たちに槍を向けられ、押し留められてしまい出ることが出来ない。事前にギュドが彼らを買収していたのだ。
「こうなればぁぁぁぁぁ、全員この場で吸収してやるぅぅぅぅぅぅ!!」
「そうはいくか! ねえ様、あいつを倒そう! シールドブーメラン!」
「任せよ、リオ。ダークネス・レーザー!」
リオとアイージャはギュドを止めるべく、攻撃を叩き込む。しかしギュドには全く通じず、逆に盾とレーザーが吸収されてしまった。
「ぬふぅ! そんなものぉぉぉぉぉ、効くものかぁぁぁぁぁ! なんだ、この身体もぉぉぉぉぉ、案外ぃぃぃぃ、悪くないではないかぁぁぁぁぁ」
「あいつ、攻撃を……こうなったら、先にみんなを逃がすしかない!」
攻撃が通用しないことを知り、リオは先にモーゼルたちを避難させることに決めた。議事堂の入り口を塞いでいる兵士たちに向かって右腕を伸ばし、ジャスティス・ガントレットの力を使う。
灰色の宝玉が輝き、突風が巻き起こり兵士たちを吹き飛ばす。退路が確保され、これで脱出出来ると思われたが……。
「言ったはずだぁぁぁぁぁ!! 全員吸収してやるとなぁぁぁぁぁ!!」
「あやつ、何を……!? 全員、入り口から離れよ!」
ギュドは腕を床に突き刺し、床下を通過して腕を飛び出させ入り口を塞いだのだ。アイージャの声かけで代表たちは難を逃れることが出来たが、兵士たちは串刺しにされ吸収された。
「チッ、出入り口が潰されたか。こうなれば……部屋の壁をブチ抜くのみ! ダークネス・レーザー!」
アイージャは議事堂の壁をレーザーで破壊し、無理矢理ながらも退路を確保する。幸い、議事堂自体は宮殿の一階にあるため、飛び降りても問題はない。
……ギュドさえいなければ、だが。
「逃がさぬぅぅぅぅぅ!! くっ、邪魔をするなぁぁぁぁぁ!」
「こいつは僕が! 皆さんは今のうちに逃げてください!」
リオは次々と飛刃の盾を投げつけ、ギュドの四肢を両断して動きを鈍らせる。攻撃の手を遅らせている間に、ゾーナが先導してモーゼルたちを脱出させる。
獲物を逃がすまいと、ギュドは立ち塞がるリオに襲いかかり障害を排除しようとする。再生させた腕を槍のように尖らせ、リオの心臓を狙って突き出す。
「お前から死ねぇぇぇぇ!!」
「そうは……いかないよ!」
リオは背後にいるラークスたちを守るため、あえてギュドの攻撃を盾で受ける。そのまま盾を捨て、取り込まれてしまわないよう注意しつつ防御を繰り返す。
そうしている間に、モーゼルたちは無事に議事堂から脱出することが出来た。後はギュドを倒せば、万事解決する。そう思っていたリオは忘れていた。
腐肉を作り出したかつての敵、キルデガルドの悪辣さを。
「まだだぁぁぁぁぁ……この程度で諦められるものかぁぁぁぁぁ! そうだろう? お前たちぃぃぃぃぃ!!」
「あれは……まさか!? さっき吸収された……」
膨れ上がったギュドの胴体に、先ほど吸収された取り巻きたちの顔が浮かび上がる。それと同時に、脇腹から新たに腕が四本生え、死体のように肌が黒ずむ。
それを見たリオとアイージャは、かつてキルデガルドが操った屍兵を思い出し嫌悪感をあらわにする。早急にギュドを排除し、安全を確保せねばならない。
思考するまでもなく、本能がそう知らせていた。
「あいつは……生かしておけない。何があっても、ここで倒さないと!」
「うむ。とはいえ、どれだけ攻撃しても吸収されてしまっては意味がないぞ、リオよ。どうする?」
アイージャの言う通り、ギュドはそう簡単には倒せない。手足を切断しても再生し、攻撃はほぼ全て吸収してしまう。普通に戦っては、勝ち目は薄いと言える。
リオたちはギュドが伸ばす六本の腕をかわしつつ、相手を閉じ込めようと位置取りを調整する。出入り口や壁に空いた穴から外に逃げられれば、被害が拡大してしまう。
それだけは、なんとしてでも避けなければならないことだ。
「邪魔を、するなぁぁぁぁぁ!!」
「くっ、奴め……! このまま攻撃が激しくなれば避けられなくなるぞ!」
「……こうなったら、イチかバチかやるしかない!」
ギュドの攻撃が激しさを増すなか、リオはそう呟く。何かを覚悟したらしく、その目には強い決意が宿っている。リオは右手を握り締め、ジャスティス・ガントレットの力を使う。
紫色の宝玉が輝き、リオの全身にうっすらと細い濃紫のラインが浮かぶ。それを確認し、リオは真っ直ぐギュド目掛けて突進していった。
「うりゃああああああ!!」
「リオ、何をするつもりだ!? 危険だ、戻れ!」
アイージャがそう叫ぶも、リオは止まらない。自らギュドに飛び込み、左腕をみぞおちに突き刺す。ここぞとばかりにギュドはリオに抱き着き、そのまま吸収しようとする。
「バカな奴め! 自分から喰われに来るとは……!? グッ、ゲァァァ~!! な、なんだこの痛みはぁぁ~!?」
「どう? 直接取り込んでるから……よーく効くでしょ? この、猛毒は……」
どれだけ攻撃を重ねても、吸収されてしまう。だが、ギュドは屍兵とは違いまだ生きている。それこそが弱点だと考えたリオは捨て身の攻撃をしたのだ。
己自身を猛毒の塊へと変え、あえてギュドに吸収させる。そうすることで素早く毒を巡らせ、相手を倒そうと考えたのだ。
「ぐあああ~!! や、焼ける……俺の、身体がああぁぁ~!!」
「これで……終わり、だよ……」
「リオ! くっ、邪魔な腕め!」
アイージャはリオを助けに行こうとするも、ギュドが滅茶苦茶に腕を振り回しているせいで近付くことが出来ない。悪戦苦闘している間に、リオは半分近く吸収されてしまっていた。
早くギュドを始末しなければ、リオも死んでしまう。どうにか出来ないかと考えていると、アイージャの目にあるものが止まった。先ほどリオが捨てた飛刃の盾だ。
「これだ……! ふっ、久方ぶりにかつての盾の魔神としての実力を……見せてくれるわ!」
そう叫ぶと、アイージャは飛刃の盾を拾い上げつつ、勢いよくブン投げた。盾は腕の間を縫うように飛び、議事堂の壁に当たり数回バウンドする。
ちょうどギュドの背後へと飛んだ盾は主を救うかのごとく、忌まわしき敵対者の首を両断してみせた。リオを喰らったことで毒が回り、吸収する力を失いつつあったギュドは、そのまま息絶える。
「バカ……なぁぁ……」
「死んだか……! リオ、今助けるぞ! 頼む、死なないでくれ!」
うつ伏せに倒れ込んだギュド死体に駆け寄り、アイージャはリオを引きずり出す。左半身を中心に吸収され、腐肉がこびりつきながらもリオは辛うじて生きていた。
「あ……ねえ様……。僕、勝ったよ……」
「この大バカ者……! 死に急ぐようなことをしおって! そなたが死んだら、妾は、妾は……」
涙を流しながら、アイージャはリオを抱きしめる。全面戦争の初戦は、犠牲を払いながらもリオたちが勝利した。そして、この出来事が魔神の乙女たちの怒りに火を着けることになるとは、まだ誰も知らなかった。




