251話―悪竜の騎士の切り札!
ダンスレイルとファティマを見送ったカレンは、じっとシルティが墜落していった方向を見続ける。少しして、不意に矢が飛来してきた。
カレンは慌てることなく金棒を振り回し、飛んできた矢を叩き落とす。それを合図に、次々と矢がカレン目掛けて発射される。今度は逆に、シルティが隠れる番だ。
「さあて……よっ! 今度はアタイが……はっ! あいつを追い詰めてぶっ潰す番だ!」
そう叫びながら、カレンは少しずつ矢が飛んでくる方へにじり寄っていく。一方、雷で半身を焼かれたシルティは、風で地面を抉って隆起させ、隠れながら矢を射っていた。
左目は雷で焼け焦げ、その機能をほぼ完全に喪失してしまっていた。左腕も動きが鈍り、弓を握るのもやっとといった有り様である。相棒のルーダも、瀕死の状態だ。
「……負け、られない。せめて……あの女だけは、ここで仕留める。大丈夫……私には、まだ切り札が……ある。ルーダ……その時が来たら力を……貸してね」
「ギュル、ギュアア……」
じっと座り込み、傷を癒しながらワイバーンは頷く。そうしている間にも、シルティはカレンの接近を感知し、守りを固めるため竜巻の壁を作り出す。
「……どこからでも、来なさい。私たちが……返り討ちに、してあげる」
「へっ、そうかよ。んじゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ! 食らいな! ライトニング・バースト!」
すぐ近くまで到達していたカレンは、金棒に大量の雷の力を纏わせる。ヘビの下半身に力を込め、金棒を振り上げつつ勢いよくシルティへ飛びかかった。
(……来た。今よ、ルーダ)
シルティが小さく口笛を吹くと、ルーダは彼女を咥え水平に飛んでいき、金棒を避けた。カレンが方向転換している間に、シルティは懐から手のひらサイズの緑色の石を取り出す。
「……見せて、あげる。オルグラム様に仕える、四竜騎の本当の力を。竜魂、解放!」
「何を……!?」
そう口にしながら、シルティは手にした石を握り砕く。それと同時に、ルーダは主を一息に飲み込んでしまった。理解不能な行為を見て、カレンは混乱してしまう。
「な、なんだ!? あのワイバーン、自分の相棒を食っちまったぞ!? 雷に焼かれて頭がおかしく……!? なんだ? 身体が光って……」
直後、ルーダの身体に異変が起こる。緑色の光が放たれ、少しずつ姿が変わりはじめたのだ。嫌な予感を覚えたカレンは、ルーダを仕留めようとする。
が、見えない壁のようなものに阻まれ、相手に近付くことが出来ない。悪戦苦闘している間に、ルーダは……いや、ルーダと融合し、半人半竜の騎士となったシルティが現れた。
「人と竜が……融合、しやがっただと……」
「……そう。これが、私たちの切り札。永き修行の果て………オルグラム様に認められた竜騎士だけが会得出来る、竜の魔術。さあ……今度は、私たちの番」
そう口にすると、シルティは弓を拾い上げ、素早く降り畳んで棍へと変える。そのままカレンに挑みかかり、棍を振るい殴打を叩き込む。
寸前でガードに成功したカレンだったが、ルーダと融合したシルティの膂力は凄まじく、金棒を取り落としそうになってしまった。何とか耐え、素早く後退する。
「ぐううっ……なんつうパワーだ! 竜の膂力が加わってやがるのか!」
「……その、通り。ザラドはまだ、半人前だった。だから、この力を持たない。でも……私たちは、違う。この力は……無敵!」
シルティは目を見開き、素早くバックステップしつつ大きく息を吸い込む。そして、カレン目掛けて突風のブレスを放ち、吹き飛ばそうとする。
カレンはしっぽと金棒を地面に突き刺し、突風にとばされてしまわないよう耐える。空いた左手にもう一つ金棒を呼び出し、背中に背負った五つの太鼓を打ち鳴らす。
「無敵だぁ? ハッ、そりゃ過信し過ぎだぜ。アタイだってな、切り札の一つや二つ持ってるんだよ! いくぜ、スロウリィ・メロディー!」
「……? なにを、している? 太鼓を鳴らす程度で……?」
ゆっくりと打ち鳴らされる太鼓の音を聞いていたシルティは、ふと強烈な睡魔に襲われる。カレンの背中に付けられた太鼓の使い方は、己や仲間を強化するだけではない。
打ち鳴らすリズムによって、様々な効果を発生させることが出来るのだ。ゆっくりとした、眠気を誘う緩やかな音によって、シルティは力が出なくなってきていた。
「こ、れは……まず、い……」
「ブレスが止まったぜ、ドラゴン女! 今度こそ……終わりにしてやる! ライトニング・ツイン・バースト!」
シルティのブレスが中断された隙を突き、カレンは再び飛びかかり、雷を纏った金棒二刀流による攻撃を叩き込む。が、カレンは相手の防御能力を甘く見ていた。
強靭なウロコは、ルーダ単体の時よりも強化されており、本来弱点としてる打撃を無効化してしまった。金棒に纏わせた雷も効くことなく、逆に棍の一撃によるカウンターを食らってしまう。
「がはっ!」
「……残念。睡魔に襲われていても……この程度で、遅れは……取らない!」
そう叫ぶと、シルティは右の太ももに生えているウロコを一枚剥ぎ取り、己の脇腹に突き刺して睡魔を追い払う。完全に眠気が消えたシルティは、怒涛の攻撃を叩き込む。
「これまでの……お返し! たくさん……食らえ!」
「ぐっ……! やべえ、このままじゃ押しきられる! どうにか攻撃を通さねえと……ん?」
シルティの攻撃を捌きつつ、反撃の方法を考えていたカレンはふと相手を見て気付く。竜のウロコは、確かに鉄壁の防御力を誇る鎧となっている。
しかし、その下にある皮膚は違う。融合する前と同じ、脆弱な部分であるはずだ。カレンは、突破口を見出だした。
(あそこだ! あの一ヶ所、ウロコが剥げた場所……あそこにフルパワーの電撃をブチ込めば!)
活路自体は見出だした。しかし、ウロコが剥げ、皮膚が剥き出しになった場所はかなり小さい。金棒ではピンポイントな攻撃が出来ず、周囲のウロコに弾かれてしまうだろう。
そこで、カレンは頭脳をフル回転させる。リオのように思考を柔らかくし、どうすれば致命傷を与えられるかを考え、そして……最良の案を閃いた。
「これなら……イケる! 食らえやあっ!」
「む……はっ!」
カレンは両手に持っていた金棒をシルティに向かって全力で投げつける。シルティは反射的にバックステップで攻撃を避ける。そう、避けてしまった。
金棒を叩き落とし、そのままカレンにトドメを刺せば、シルティは勝てていた。この判断が、彼女に敗北をもたらすのだ。
「かかったな! いくぜ……来い! 刺雷の鎚!」
「何を……!? まさか!」
カレンは魔力を練り、鎚頭の片方がピッケルのように細く尖った鉄鎚を作り出し、シルティに飛びかかる。相手の目線から狙いを悟ったシルティだったが、もう遅い。
退避は、間に合わない。
「これならよぉ……小さく露出した、てめぇの肌を! 雷で焼いてやれるぜ! これでトドメだ! ライトニング・ピック!」
「ぎっ……あああああああ!!!!」
刺雷の鎚が、ウロコの剥げたシルティの太ももに突き刺さる。そこから大量の電撃が流し込まれ、竜騎士を体内から焼き焦がしていく。
皮肉にも、全身をウロコに守られているせいでシルティは電撃を体外に放出出来ず、竜ですら耐えられない致命的なダメージを受けてしまう。
断末魔の絶叫が終わった後、ゆっくりと刺雷の鎚が引き抜かれる。シルティだった黒い炭の人形が、そのまま崩れ落ち粉々に砕け散った。
「……っはぁ。勝ったぜ……。んだよ、クイナとレケレスのやつ……敵がよええなんて嘘っぱちじゃねえか。こいつ、とんでもなく強かったぞ……」
そう愚痴をこぼしながら、カレンは獣の力を解きその場に座り込む。かなり魔力を消耗してしまったため、すぐには動けそうになかった。
「あー……こりゃ休憩がいるな。ま、いいか。ダンスレイルたちがいりゃ、リオは安全だろ……」
そう呟くと、カレンは寝転がり寝息を立て始める。リオを取り巻く陰謀が、今この瞬間も動いているとは知らずに。
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「……そうか。エージェントたちは失敗したか。分かった、父上への報告は私がしておく。下がっていいぞ」
その頃、大シャーテル公国へ向かう竜車の中で、ラークスは魔法石を使ってドゼリーの部下と連絡を取っていた。リオへの次なる作戦が失敗したと知り、一人ほくそ笑む。
わざと作戦が失敗するように、ラークスは決行を早めさせた。その目論見は上手くいったが、一つだけ誤算があった。無関係のプレシアを巻き込んでしまったことだ。
(……全ての事情を伝えたら、謝罪しなければ。関わりのない者を巻き込むのは、私の矜持に反するからな)
心の中でそう呟きながら、ラークスは窓の外を眺める。リオとの接触の時は、すぐそこまで迫ってきていた。




