249話―コンサート、開幕の日
翌日。リオとプレシアによる共同コンサートが行われる日となった。テンルーの街は諸国連合を形成する国々や、その他の国からの観光客で賑わっている。
年に二回、七日に渡って行われる祭りの初日だけあって、大通りは大勢の人々が行き交っていた。そんな中、リオとアイージャは朝早くからコンサートホールにてリハーサルを行う。
リオはプレシアの着ているパレオとお揃いの柄のハーフパンツの水着に着替え、指導を受けながら歌と踊りを覚える。意外にも才能があったらしく、メキメキ上達していく。
「ふむ……リオの奴、なかなか上手いな。元々身のこなしはかなりのものだったが……とても初めてとは思えぬキレのある動きだ」
舞台袖でリハーサルの様子を眺めていたアイージャは、感心しそう呟く。リオを誉めるたびに毎回プレシアが抱き着いているのは癪に触ったが、大人なので堪える。
しばらく時間が経ち、リオの飲み込みの速さも手伝い昼前にはリハーサルが終了した。本番は三時に始まるため、それまでは昼休憩となり、リオたちは自由時間を迎える。
「リオくん、お疲れ様! すっごく踊りが上手なんだね! わたしビックリしちゃった!」
「ううん、プレシアさんが丁寧に教えてくれたおかげだよ。とっても分かりやすくて、すぐ覚えられちゃった」
リハーサルを通して二人の新密度が上がったようで、リオとプレシアは和やかに談笑しながら控え室の方へ戻っていく。一人のけ者にされ、アイージャは頬を膨らませる。
「リオめ……あんな小娘にデレデレしおって。こうなれば、大人の魅力でリオを取り戻すしかあるま……ん!?」
どうにかプレシアからリオを取り返そうと思案しつつ後を追っていたアイージャは、二人が通っていった通路から濃い煙が吹き出してきたことに驚き足を止める。
どうやら設備にトラブルが起きたようで、ホールを管理する職員たちが右往左往しつつ互いに指示を飛ばし合っていた。アイージャはリオを助け出すべく、煙の中に入ろうとするが……。
『……そこにいて。あなたまで中に入ると、ややこしいことになるから』
「む? 今の声は一体……」
どこからともなく聞こえてきた声に静止され、アイージャは戸惑う。少し考え、何が起きているのか把握する前に軽率に動くべきではないと判断する。
まずは煙を外へ排出する必要があると考え、通路の反対側へ走っていった。一方、煙の中に閉じ込められる形となったリオとプレシアは、はぐれてしまわないよう手を繋ぎ外を目指していた。
「変だなぁ、いきなりこんな煙が出るなんて……。プレシアさん、はぐれないように気を付けようね」
「う、うん……」
突然の異常事態に不安を抱いているようで、プレシアはピッタリとリオに寄り添い、手探りで通路を抜けようとする。しかし、どれだけ歩いても通路を抜けることが出来ない。
分かれ道のない、普通の通路であるのにも関わらず。流石におかしいと思い始めたリオの耳に、くぐもった声が聞こえてきた。
「止まれ。魔神よ、我々と共に来てもらおうか」
「あなたたち……誰? どうやって入ってきたの?」
煙の向こうから、突如黒い服を着た数人の男たちが現れた。この時のリオはまだ知らなかったが、彼らはレンドン共和国から来たエージェントたちだった。
本来の計画では、エージェントたちはコンサートの最中に乱入し、リオの偽物を使ってプレシアへの殺傷未遂事件を起こして罪を被せるつもりでいた。
が、急遽ラークスから指示が下され、計画が前倒しされることとなったのだ。そのため、エージェントたちはリハーサル終了直後を狙って襲撃を行う。
……それが、父を追い落とすためのラークスの策であるとも知らずに。
「答えるつもりはない。大人しく我々と共に来るんだ。でなければ、その少女がどうなるかなぁ?」
「ヒッ……」
底知れない悪意を感じ取り、プレシアは怯えながらリオの背中に隠れる。相手が自分を狙っていることに気付いたリオは、無関係のプレシアをまきこもうとしていることに怒りが沸き立つ。
「……やってみなよ。お前たちなんかに、指一本プレシアさんは触れさせないよ」
「つまり、拒否するというわけだな。お前たち、力ずくで連れていけ!」
「そうはいかない! 出でよ飛刃の盾! 食らえ、シールドブーメラン!」
短剣を取り出して襲いかかってくるエージェントたちに向かって、リオは飛刃の盾を容赦なく叩き込む。盾は何度もバウンドしてエージェントたちの間を飛び回り、一撃でダウンさせる。
「がっ……」
「ぐあっ!」
「くそっ、なんだこの威力は! だが、俺たちはお前の前にしかいないわけじゃないんだぜ! やれ!」
仲間を盾にしてシールドブーメランから逃れた最後のエージェントが叫ぶと、リオとプレシアの背後から別のエージェント三人が飛びかかってきた。
迎撃しようと振り返ったリオの耳に、エージェントたちとはまた違う、静かな女性の声が聞こえてくる。
『大丈夫……こっちは、任せて』
「!? なんだおま……があっ!」
突如、リオの足元……薄い影の中から一人の女性が躍り出た。驚いているエージェントの下顎に、躊躇なく小型の鎌を突き刺して息の根を止めていく。
リオは敵か味方か一瞬判断に迷うも、直感で味方だと感じ取り増援の相手を任せることにした。最初に現れた五人のエージェントのうち、最後に残った一人へ向け、再び盾を投げる。
「これで終わりだ! シールドブーメラン!」
「がはっ! く、くそぉ……」
『終わった……みたいだね。ウワサ通り……うん、凄く……強い、ね』
手元に戻ってきた盾をキャッチし、腕に装着しているリオに、謎の女――シャロンはそう声をかける。少しずつ煙が消えていくなか、リオはお礼の言葉を述べた。
「加勢してくれて、ありがとうございます。おかげで助かりました。それにしても、この人たちは一体……」
『……こいつらの正体は、今は話せない。時間が……ない、から。明日……また、公王様の執務室に来て。その時に……全部、話す』
「あ、待って!」
言葉少なにそう言うと、シャロンはリオの影の中に潜り込んで姿を消してしまった。それと同時に煙が完全に晴れ、リオとプレシアは元の通路に戻っていた。
「一体なんだったんだろう……。まあ、プレシアさんが無事だったし、気にしてもしょうがない……むうっ!?」
「うわーん! 怖かったよぉー!」
プレシアは目に涙を浮かべ、おもいっきりリオにしがみつく。彼女にとって、かなりショッキングな光景であったため無理からぬことだろう。
その後、アイージャたちと合流したことでプレシアは落ち着きを取り戻していった。本番を控えたプロだけあって、気持ちの切り替えをすぐ出来るのは流石と言えた。
「リオくん、助けてくれてありがとう。すごく怖かったけど……リオくんがいてくれて、心強かったよ」
「いえ、怪我がなくてよかったです」
数時間後、本番直前の舞台袖にてプレシアはリオにお礼の言葉を述べる。満員の客が詰め掛け、ざわめきが聞こえてくるなかプレシアは笑顔を浮かべた。
「よーし、そろそろ本番だね! まずはここで見ててね、リオくん。わたしのホンキ……バクハツさせちゃうんだから!」
開演のブザーが鳴り響くと同時に、プレシアは舞台へ駆け出していく。観客たちの声援のなか、プレシアは挨拶を述べたあと元気よく歌い出した。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……やれやれ。結局、アタイらもシャーテルに行くことになるたぁなあ。こうなるって分かってたら、リオと一緒に行ってたんだがな」
「ぼやいても仕方ないよ、カレン。それに、私たちがあっちに行くのは観光のためじゃあないだろう?」
リオとプレシアのデュエットでコンサートが大盛り上がりしている頃、大シャーテル公国を目指す三つの影が、遥か上空を移動していた。
エルカリオスの指示を受け、カレンとダンスレイル、ファティマの三人がリオと合流するべく出発していたのだ。目的は一つ、リオと協力して魔王軍と戦うことである。
「お二人とも、あまり動かないように。ハコボードの状態では即座の上下移動が出来ないので、落ちたら助けられませんよ」
「わーってるよ。にしても、せめぇよなあ、ここは。二人入ったらもうすし詰めだ」
カレンとダンスレイルは、ファティマの胴体が変形した箱型のボードに乗り込み空を飛んでいた。この方が効率がいいとファティマが判断したからだ。
リオたちとの合流を最優先目標にし、先へ進んでいたが……。
「……ファティマ、どうやらお客さんが来たようだ。丁重に出迎えてあげようじゃないか」
「そうですね、ミス・ダンスレイル。我が君の喉元に、醜悪な竜の牙を触れさせることは許せませんので」
邪悪な気配の接近を感じ取り、三人は身構える。リオの知らないところで、戦いが始まろうとしていた。
 




