235話―強襲! 最後の飛行要塞!
レケレスとファティマの大ゲンカから数日後。リオは帝都の北にある魔物使いたちが暮らす小さな町、レペッタにやって来ていた。
たまには普段指輪の中にいるフィンやリーズとのんびり遊ぶのもいいだろうと思い、数日ほど滞在する予定で訪れたのだ。魔物使いたちの町だけあり、至るところに魔物たちがいる。
皆、テイムされ契約を交わした魔物たちだ。
「ふう、やっと着いた。ずっと馬車の中にいたからお尻が痛いや。滞在手続きもしたし、そろそろ出してもいいかな。さー、出ておいでー」
宿に荷物を置き、召還の指輪を持ってリオは町の広場に行く。テイマー交流広場と銘打たれた広い公園にて、指輪の中にいるスフィンクスのフィンとクイーンコールドスライムのリーズを呼び出す。
「ん……久しぶりだな主。こうして外で会うのも久しぶりだな」
「ごめんな、なかなか外に出してあげられ……ひゃあっ!」
「……♥️♥️」
リオがフィンと話していると、リーズが勢いよく飛び付いてきた。バランスを崩して引っくり返ってしまい、リオは背中から地面にぶつかる。
フィンに起こしてもらっていると、グリフォンを連れた魔物使いの男がリオに話しかけてきた。
「やあ、見ない顔だな。ここは初めてかい? それにしても、スフィンクスにクイーンスライム……上級の魔物を二匹も連れてるだなんて、見かけによらず凄いんだね」
「そうなんですか? いまいちそこのところがよく分からなくって」
そんな話をしていると、物珍しさに魔物使いたちが集まってくる。和気あいあいとした雰囲気のなか、リオは先輩たちから魔物使いの心得などをレクチャーしてもらう。
その時だった。町の遥か上空を、大きな影が覆ったのは。
「グレイガ様、到着しました。例の魔神の魔力を追って来て正解でしたね」
「ケケケケ、そのようだな。他の魔神どもはいねぇようだが……まあいいさ。まずは盾の魔神から潰してやる。全砲門を地上へ向けろ! 一斉掃射だ!」
魔導飛行要塞アッパーヤードに乗り込んだグレイガが、リオを抹殺するためついに動き出したのだ。要塞の下部から無数の大砲を出現させ、レペッタの町へ砲撃を始める。
「あれは!? まずい、みんな逃げて!」
それに気付いたリオは、魔力を大量に使いドーム状のバリアを張って町全体を覆い隠す。無数の砲弾が降り注ぎ、バリアを破壊せんと轟音を上げる。
非常事態を告げる鐘の音が響き渡り、魔物使いたちは迎撃のため町の外へ走っていく。その様子を、遥か上空からミニードアイバットを通してグレイガは見つめる。
「グレイガ様、魔物使いたちが動く模様です。如何致しますか?」
「なら、オレが行く。奴らの心をへし折るにゃ、それが一番はええからな。オレが地上に降りて合図をしたら、即座に防御体勢を整えろ」
「ハッ!」
グレイガは転送魔法を使い、アッパーヤードの外、真下に移動する。地上へ向かって落下しながら、右手に氷、左手に炎の魔力を凝縮させていく。
迎撃のためにグリフォンやワイバーン、ガーゴイルに乗ってやって来る魔物使いたちを見ながら、グレイガは両手を握り合わせ相反する二つの魔力を融合させる。
「ケケケケ、どんどん来やがれ。そして絶望しろ! このオレの力の前にな! ツイン・デストラクション!」
手を開くと、極限まで凝縮された魔力の塊が解き放たれ、勢いよく射出される。魔物使いたちの目の前まで飛来し、凄まじい大爆発を巻き起こした。
「なっ……うわあああああ!!」
「お、おい……前の方にいた奴ら、消えちまったぞ……?」
爆発が止んだ後、後方にいた魔物使いたちは唖然とする。先鋒として前を進んでいた仲間たちが、跡形もなく消滅してしまっていたからだ。
「ケーケケケケ! そりゃそうさ! 氷と炎、正反対に位置する二つの力を強引に融合させりゃあどうなると思う? 答えは簡単だ、全てを消滅させる究極の破壊の力が生まれるのさ!」
狼狽える魔物使いたちを前に、両足から魔力を噴出して滞空しながらグレイガは高笑いをする。再び両手に魔力を溜め、攻撃する姿勢を見せると魔物使いたちは慌てて退却していく。
「に、逃げろ! あんなの食らったらひとたまりもない!」
「逃がすと思うか? 一人残らず消し去ってやるよ。安心しな、苦しむ暇はねえ。痛みもなく、一瞬で死なせてやるさ!」
その様子を地上で見ていたリオは、どうするべきか迷ってしまう。魔物使いたちを助けに行きたいが、そのためにはバリアを解除しなければ動くことも出来ない。
が、迂闊にバリアを解けば、再度アッパーヤードが砲撃をしてくることも考えられる。そうなれば、魔物使いたちを救えても町を壊滅させられてしまう。
板挟みに苦しんでいると、グレイガが再び両手を合わせるのが遠目に見えた。二度目のツイン・デストラクション発動まで、もう時間がない。
「主よ。あの空を飛ぶ鉄の塊は私とリーズがなんとかする。だかは、主はあの男を倒してきてくれ」
「フィン……。分かった、無理だけはしちゃダメだよ。出でよ、双翼の盾!」
アッパーヤード対策をフィンに任せ、リオは背中に翼の盾を装備し猛スピードでグレイガの元へ向かう。フィンは背中にリーズを乗せ、翼を広げ空へ飛び立つ。
「さあ、ゆくぞリーズ! 久方ぶりの戦いだ、必ず主のため勝つぞ!」
「……!!」
フィンの言葉に、リーズもやる気満々といった表情をしながら強く頷く。一方、リオは逃げてくる魔物使いたちをすり抜け、グレイガの元へ向かう。
今まさにツイン・デストラクションを放とうとしている氷炎の悪魔の前に立ち塞がり、巨大な不壊の盾を作り出し攻撃を防ごうとする。
「これ以上、お前の好きにはさせない!」
「来やがったな、盾の魔神……リオ! ずっと待ってたぜ、お前とサシで殺り合える時をなぁ! こいつは挨拶だ、食らいな! ツイン・デストラクション!」
真っ直ぐ伸ばされたグレイガの腕の先から、全てを破壊し消滅させる禁断の力が放出される。青と赤、二つの禍々しい光を交互に放ちながら魔力の塊は真っ直ぐリオへ飛んでいく。
リオは両手で不壊の盾の取っ手を握り、ツイン・デストラクションを迎え撃つ。盾の表面に魔力の塊が触れる直前、アッパーヤードは垂直上昇し爆発範囲から逃れる。
その直後、盾と魔力の塊がぶつかり合い一回目を越える凄まじい大爆発が巻き起こる。幸い、リオが盾を展開していたおかげで魔物使いたちやフィンに爆風は届かず、消滅の危機は免れた。
しかし……。
「ほー、半身が吹っ飛んでも死なねえのか。流石魔神だな、耐久力だけならグランザーム様以上だな」
「く、うう……」
不壊の盾をもってしても完全にツイン・デストラクションを耐えきることは出来ず、リオは左半身をほぼ全て失ってしまっていた。
それでも、魔神特有の耐久力と再生能力が合わさり、辛うじて生き長らえていた。肉体を再生させ、グレイガと戦おうとするも先制攻撃を受けてしまう。
「おっと、何もやらせはしねえ! お前は頭が回るからな、先手必勝でいかせてもらう!」
「あぐっ…」
グレイガは素早くリオに接近し、右のこめかみにハイキックを叩き込む。ふらつくリオの顔を右手で掴み、メキメキと締め付けていく。
「このまま頭を凍らせて砕いてやるよ。おっと、兄妹が助けに来てくれるなんて思うなよ? 別動隊が帝都を襲撃してるからな、お前の仲間は一人もここに来れねえぜ!」
「ぐ、う……あ……」
リオはグレイガの手を振り払おうとするも、半身を失ってしまっているため剛力を発揮出来ない。少しずつ頭部が凍り付いていき、死を覚悟するが……。
「主から手を離せ! リーズ、やってしまえ!」
「……!!!」
「チッ、すっかり存在を忘れてたぜ」
遠くにいたフィンとリーズは、リオを救うべくグレイガに攻撃を叩き込んだ。リーズの作り出した氷の槍をフィンがしっぽで掴み、勢いよく投げ付けた。
グレイガは一旦リオから離れ、氷の槍をヒラリとかわす。その隙を突き、リオは魔力を大量に使い一気に肉体を再生させる。
「はあ、はあ……。危なかった、盾の厚みが後ちょっと薄かったら死んでた……」
「ケケケケ、さっきの一撃で死んどけば楽に逝けたのになぁ。まあいいさ。二発も撃ちゃ、しばらくはツイン・デストラクションは出せねえが……お前を殺す手段はいくらでもあらあな」
遥か頭上にあるアッパーヤードを見上げながら、グレイガは不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、氷のような冷徹さと炎のような残虐さを併せ持った光が宿っていた。




