228話―リオの『世界』
「おいおい、何が起きてんだ……?」
「す、すっごく寒いぃぃ……」
一瞬にして周囲一帯が銀世界に変わり、肌を刺す冷気が全てを支配する。ダンテとレケレスは突然の周囲の変化に驚き、鳥肌を立たせる。
「ほう、これは……。ロート、こちらも本気を出さねばならないようだ」
「どうやら、そうみたいだな」
怒りをあらわにするリオを危険視したブラオは、落下中の兵器に繋がるパラシュートに向けて弾丸を放つ。ロープが切断され、巨大な自走式大砲……ジャスティスブレイカーが降り立った。
ロートたち五人は素早くレケレスたちから離れ、ジャスティスブレイカーの後ろにある運転席に乗り込む。レバーを操作し、大砲が起動する。
「ハッハハハハ! このジャスティスブレイカーがあれば百人力! 全員まとめて消し去ってくれるわ!」
「……やってごらんよ。その暇があれば……だけどね」
静かにそう告げると、リオはゆっくりと歩き出す。ロートが狙いを付けていた次の瞬間、すでにリオの姿はなく、消えてしまっていた。
「なっ、消えただと!? 奴はどこだ!?」
「ロート、上よ!」
リオの姿を探していたその時、上を見たグリュンが大声で叫ぶ。リオはいつの間にか、ジャスティスブレイカーの上空に移動していたのだ。
下半身に巨大な氷の塊を纏い、大砲を押し潰さんと落下してくる。ロートはジャスティスブレイカーを勢いよく走らせ、辛くも攻撃から逃れる。
「リオの奴、いつの間にあんなとこに……どうなってんだ?」
「……これは推測だが、リオの激しい怒りがこれまで眠っていた力を呼び覚ましたのかもしれん。リオ自身も知らなかった、未知の力をな。……まあ、あやつらの相手はリオに任せよう。その間に……」
エルカリオスはそう呟きながら、上空に浮かぶジャスティスデストロイヤーを見つめる。爆撃をしてくる気配はないが、放置すればさらに兵器を投下してくるかもしれない。
「アレを破壊するとしよう。なあ、ダンテ、レケレス」
「だな」
「おっけー!」
三人はリオがロートたちの相手をしている間に、飛行要塞を撃墜することを決めた。一方、その気配を察知したDファイブは、大砲を走らせ三人を狙う。
「おっと、上には行かさんぞ!」
「ダメだよ、どこいくの。君らの相手は僕なんだからさ」
「なっ!?」
が、瞬きする間にリオが大砲の前に現れ、おもいっきり蹴りを放つ。ジャスティスブレイカーのキャタピラが破損し、盛大に横転してしまう。
ゲルプは素早く鉄槌を支えにして車体を起こし、機能不全に陥るのだけはなんとか避けた。が、地面が凍結していることもあり、走ることは出来なくなってしまった。
「キャタピラが……。ロート、どうすんだい? これじゃもう走れないぞ」
「なに、大砲部分は生きてる。方向転換は出来るから、奴を狙い打てばいい!」
レバーを操作し、リオを狙って魔法のレーザーを放つ。対するリオは盾を構えることもせず、ただジッとレーザーが到達するのを待っていた。
「……ムダだよ。今の僕には……どんな攻撃も当たらない」
操作呟いた次の瞬間、リオの姿がまた消えた。今度はジャスティスブレイカーの背後に移動しており、素早く飛刃の盾を作り出し投げ付ける。
「あいつ後ろに……うぐっ!」
「ヴァイス、大丈夫か!?」
背中に攻撃が直撃し、ヴァイスは呻く。大砲の向きを変え、リオを狙ってレーザーを撃つも、またしても消えてしまう。背後に現れてはロートたちを攻撃し、また消える。
その繰り返しの中、ブラオとグリュンはわずかではあるが違和感を抱き始めた。リオの攻撃のカラクリに、少し思い当たるモノがあったのだ。
「……グリュン。さっきから何か違和感を感じないか?」
「奇遇ね、私もよ。あの子どもが消える瞬間……一瞬だけ私たちも動きが止まる感覚があったわ」
そんな会話をしている間にも、再びリオが瞬間移動する。神経を集中させていた二人は、はっきりと味わった。――まるで時間が止まったかのような感覚を。
「……あの二人、気付いたみたい。この力の秘密に……。なら、さっさとケリを着けた方がいいかな」
二人の変化に気付き、リオは目を見開く。そして、目にも止まらぬ速度で冷気を放出し……時間を凍結させた。
時が凍っている間にジャスティスブレイカーに接近し、ブラオとグリュンに狙いを定める。両腕に破槍の盾を装着し、一気に腕を突き出した。
「秘密を看破される前に……終わらせてもらうよ。バンカーナックル!」
攻撃が炸裂した瞬間……時の凍結が解除された。世界が動き出し、胴体を貫かれたブラオとグリュンは己に起きた異変に気付き、目を見開く。
「な……」
「ど、どうなって……」
ロートたちが反応する間もなく、リオは腕を引き抜き離脱する。ブラオたちは血を吹き出しながら崩れ落ち、地面に叩き付けられた。その音でようやく何が起きたのかを理解し、ゲルプは叫ぶ。
「ブラオ! グリュン! しっかりしろ!」
「ぐ、うう……。あの子ども、我らが感付いたことを悟ったか……」
グリュンは心臓を貫かれてほぼ即死していたが、辛うじてブラオは息があった。自分を助けに降りてこようとするゲルプを手で制止する。
「来るな……三人いれば、まだジャスティスブレイカーの切り札が使える。俺のことは気にするな……必ず、奴を倒せ……奴……は……」
「ブラオォォォ!!」
リオの攻撃の秘密について話そうとするも、ブラオは力尽き息絶えた。あっという間に仲間を二人失い、ロートとゲルプ、ヴァイスの心に復讐の炎が燃え上がる。
必ずリオを倒し、仲間の仇を討つ。そう誓う彼らだが、リオにとってもそれは同じだった。自分のために命を投げうったジールのため、絶対に負けられないのだ。
「……分かるよ、仲間を失った気持ちは。でもね、それでも僕はお前たちを許すつもりはない。お前たちは、ジールさんの死を侮辱した。そして……十三年前、僕の故郷を滅ぼした」
「お前、いつの間にそこに……」
リオは再び時を凍らせ、ジャスティスブレイカーの砲身の上に座り込む。狼狽えるロートたちを見下ろしながら、静かにそう口にする。
十三年前、というフレーズに心当たりがあったらしく、ゲルプはリオを見上げ思わず話し出す。
「十三年前? ……お前、まさかリアボーン王国の生き残りか? 有り得ん、あの国の民は皆殺しにしたはずだぞ!」
「いいや、お前たちは三人、殺せてないよ。一人は僕の兄、ガルトロス。もう一人は王の忠臣。そして……最後の一人は、その忠臣に守られて生き延びた王子……僕だよ」
その言葉に、ロートたちは目を見開く。根絶やしにしたはずのリアボーン王家の生き残りが目の前にいるなど、全く想像していなかったからだ。
「僕は過去を見た。滅ぼされる前の、王国の姿を。僕を愛してくれた、家族を。お前たちは僕から奪った。いや、僕だけじゃない。いろんな人から、お前たちは命を、幸せを奪ってきた。……だから、もう眠っていいよ」
「くっ……! 黙れ! 我らはグレイガ様のためにまだ働かねばならんのだ! お前のようなガキに敗れるわけにいくか! 最後の切り札を見せてやる!」
ロートがレバーを倒すと、ジャスティスブレイカーの砲身が跳ね上がり、リオを空高く打ち上げる。宙を舞うリオに狙いを定め、正義を破壊する必殺の切り札が放たれる。
砲身が変化し、巨大なドリルとなってリオへ向かって伸びてくる。それを見下ろしながら、リオは――静かに微笑みを浮かべた。ゾッとするほど、美しい微笑みだった。
「言ったよ? もう眠っていいって。みんな仲良く……凍てつく大地に葬ってあげる。……アイス・エンド・ワールド」
そう呟いた次の瞬間、世界が凍り付く。リオは獣の力を解き放ち、氷爪の盾を作り出す。そして、長く大きな氷の爪で、ジャスティスブレイカーごとロートたちを真っ二つに切り裂いた。
「……さよなら。悪逆の戦士たち。さあ……時よ、動き出せ」
その言葉を合図に、再び時の凍結が解除される。斜めに両断されたロートたちは、何が起きたのか理解することもなく……目を見開き、驚愕したまま息絶えた。
「嘘、だろ……。グレイガ様、申し訳……あり、ま……」
任務を果たせなかったことを謝罪しながら、ロートは地に落ちた。時を同じくして、遥か上空から派手な爆発音が響いてくる。エルカリオスたちが、飛行要塞を撃破したのだ。
「……ジールさん、終わったよ。ゆっくり、眠ってね」
悪逆の使徒を滅ぼしたリオは、そう呟き黙祷を捧げる。白銀の世界に、一陣の風が吹く。その風に乗って、一粒の涙が空へと消えていった。
 




