225話―リベンジの行方
狭い通路にて、リオとジールの戦いが始まる。飛刃の盾を投げられるスペースがないため、リオは両腕に破槍の盾を装着し近距離での戦闘を行う。
前回とは違い、狭い洞窟での戦いとなるため盾を掻い潜って攻撃を当てられるジールに分があった。ならば、リオの取る戦法は一つ。
やられる前にやる。それだけだ。
「来い! 今度こそお前をぶっ殺してやる!」
「そうは……いかないよ!」
必要最小限の動きでショテルを振りかぶり、ジールはリオへ斬撃を放つ。負傷するのを覚悟の上で、リオは真っ直ぐ相手に向かって突進する。
盾を構えて頭部を守りつつ、猛スピードで突き進む。それを見たジールは突進を避けるため、近くの壁に接続された隠し通路へ飛び込んだ。
「しまった、逃げられた!」
「さあ、覚悟しな! こうなった以上、お前の背後を取るのは簡単だからなァ!」
どこの壁が隠し通路への入り口になっているのか把握出来ていないリオにとって、これは大問題だった。闇雲に隠し通路を探し飛び込んでも、ジールの撃破には繋がらない。
それどころか、逆に狭い通路や行き止まりの通路に追い込まれてしまう危険もある。故に、リオが狙うべき攻撃のタイミングは一つ。ジールが現れた直後にカウンターを叩き込しかない。
(落ち着け、音を拾うんだ。ジールの足音を聞いて……どこから来るのかさえ分かれば、破槍の盾を叩き込める!)
元々の武器や地形の相性の悪さもあり、このチャンスを逃せばもう勝機は来ないだろうと予測し、リオは目を閉じる。全神経を四つの耳に向け、どんな小さく細かな音も逃すまいとする。
そんなリオを他所に、コールドスライムは構ってもらえず拗ねたのかのそのそと地面を這い壁の方へ移動する。これがリオにとって幸運であり、ジールにとって不幸だった。
コールドスライムがへにゃっとへばりついた壁こそ、リオの背後に通じる隠し通路の出口だったのだ。リオを仕留めるべく飛び出してきたジールは、コールドスライムを踏んづけバランスを崩す。
「死ね! リ……おっ!?」
「そこだ! バンカーナックル!」
「ぐあっ!」
前のめりに倒れてきたジールのみぞおちに向かって、リオは戦闘不能になる程度に威力を抑えたバンカーナックルを叩き込んだ。ジールは呻き声を上げ、その場に倒れ込む。
おもいっきり踏んづけられたコールドスライムは怒っているようで、ジールの上にのし掛かりぽむんぽむんと跳び跳ね仕返しをしている。
「ぐ、クソが……。なんで、オレは勝てねえ……」
「勝てるわけないよ。僕は今まで、たくさんの強敵たちと真っ向勝負してきたんだから」
そう答えるリオを見上げ、ジールはハッとする。リオの瞳には、歴戦の戦士だけが持つ輝きがあった。それを見たジールは、憑き物が落ちたようにガクッと倒れ込む。
とうの昔に失ってしまったひたむきさと情熱を持つリオには勝てない。ようやく、そう悟ったのだ。武器から手を離し、ジールは自虐的な笑みを浮かべる。
「……負けたよ。オレの負けだ。ハナっから、勝つことなんて出来るわきゃなかったんだよなぁ。ホント、オレはバカだ」
「命までは取らないよ。だから、今度こそ反省して真人間になってね」
ジールの方から襲ってきたとはいえ、下手に殺してしまってはエドワードたちと軋轢を生んでしまいかねないため、リオは不殺を貫いた。コールドスライムを抱き上げつつ、ついでにとある問いを投げ掛ける。
「そういえば、何で僕たちがコラルの冷洞にいるって知ってたの?」
「恥ずかしい話だが、お前を始末するためにゴロツキどもを雇ってたんだ。そいつらから聞いたんだよ、お前がギルドの依頼でここに向かってるって」
その言葉を聞き、ふとリオは思い出す。ギルドの受付嬢の話してくれた、噂話……猟兵団の中に魔王軍と通じる裏切り者がいて、コラルの冷洞を根城にしているという話を。
そのことについて何か知っているかもしれないと考え、リオはジールに問いかける。すると、途端にジールの挙動が怪しくなった。
「し、知らねえな、そんな話はよ」
「……ホントに?」
とぼけるジールを見て、リオは確信する。何らかの形で、ジールが噂と関わっている、と。問い質そうとしたその瞬間、ペタペタと足音がリオたちの方に近付く。
ゴロツキたちを始末し終えたレケレスがやってきたのだ。
「おとーとくん、だいじょうぶー?」
「うん、勝ったよおねーちゃん」
「そっかぁ、よかったぁ」
レケレスはぎゅっとリオに抱き付き、よしよしとリオの頭を撫でる。その間にも、リオはジールへ質問を繰り返す。しばらく問答が続いた後、ジールは観念したらしく話し出した。
「……しょうがねえ。デネスの野郎には言うなよ、面倒なことになるからな。その噂はオレも知ってる。前からな。気になってたから、たまにここに来て調査してたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。お前らがここに来るって聞いて、どこからそのことを聞き付けたのかと焦ったぜ。オレら隊長格は勝手に宿舎を出ちゃいけない決まりがあるからな、デネスにバレたら叱られちまうんでな」
想定外の返答に、リオは拍子抜けしてしまう。てっきり、これまでの言動からジールが裏切り者だと考えていたが、予想が外れた。
が、ジールの証言から、少なくとも裏切り者がいるのであろうことは明白になった。裏切り者がいないなら、わざわざジールが調査をする必要などないからだ。
「でも、だとしたら誰が裏切り者なんだろう……」
「誰が裏切り者かって? 知りたいなら教えてやるよ」
その時だった。冷洞の入り口の方から声が聞こえてくる。少し遅れて、とある人物が姿を現す。その人物を見たリオたちは、驚きで固まってしまう。
「……ディシャ? お前、何でここに?」
「おいおい、それを聞くのかよジール。ここまできたら、もう分かってんだろ? 裏切り者が誰なのかを、さ」
「まさか……お前、なのか?」
ジールの問いに答えることなく、ディシャは懐に忍ばせた吹き矢を取り出し、素早く発射する。針がジールに到達する直前、リオが割り込み攻撃を阻止した。
「危ない!」
「へえ、庇うのか。あれだけ散々バカにした相手をよ。お人好しだねえ」
「ディシャさん、答えてください。本当に、あなたが裏切り者なんですか」
呆れたように笑うディシャに、リオは静かに問いかける。レケレスも戦闘体勢に入り、すぐにでも迎撃出来るよう準備を整える。
そんな状況のなか、ディシャはゆっくりと頷いた。そして、吹き矢をしまいながら話し出す。
「そうさ。もう五年になるな。アタシがスパイ活動を始めたのは。今まではバレずに済んでたけど、ジールが勘づいてるとは思わなかったよ。お前だろ? あの噂を流したのは」
「……そうだ。噂を流せば、ヘマをして何か手がかりが掴めるかと思ったが……」
「ハッ、甘いね。アタシがそんなヘマをすると思うかい? ヘマなんてしないさ。グレイガ様の力があればね」
そこまで言うと、ディシャは喉を鳴らしながら笑う。三対一という圧倒的に不利な状況にあってなお、余裕の笑みを浮かべる彼女にリオは不穏なものを感じる。
「街でゴロツキたちがコソコソやってるのを見た時にピンときてねえ。あの一件があって、あんたが何の報復もしないなんて考えられなかったからね、利用させてもらったよ」
「利用? 何にだ?」
「決まってるだろ? この冷洞ごと! 魔神二人を地の底深くに沈めてやるためさ! ジャスティスデストロイヤー、ファイア!」
「おとーとくん! こっち!」
次の瞬間、冷洞全体が激しく揺れる。ディシャは素早く転移石を取り出し、脱出してしまう。どうやら、リオを冷洞に釘付けにし、外から魔王軍に攻撃させるつもりだったようだ。
レケレスは素早く毒液を地面に噴射し、人が三人は隠れられる大きさのくぼみを作り出す。リオはジールの服を掴み、くぼみの中に飛び込んでから光射の盾を呼び出し蓋をする。
「う……ぐうっ!」
「おとーとくん、頑張って! わたしも支えるから!」
洞窟が崩れ、大量の土砂が降り注ぎリオたちを押し潰そうとする。リオは全身に力を込め、潰されてしまわないようレケレスと共に必死に盾を支え耐え続ける。
一方、冷洞の外……遥か上空には、グレイガが建造した飛行魔導要塞『ジャスティスデストロイヤー』が浮かび、爆撃を行っていた。
しばらくして、砲撃が止み少しずつ要塞が降下してくる。生命探知機に、リオたちの反応がまだあったからだ。
「奴ら、まだ生きているな。どうする?」
「我々が出よう。直接、この手で始末する」
艦橋内でのやり取りの後、次なる刺客が地上に降り立つ。新たな戦いが、始まろうとしていた。




