215話―毒の海の決戦
レケレスは新たに作り出した舌を鞭のように操り、ガガクたちを攻撃する。が、二人は機敏に動き回り、なかなか攻撃を当てることが出来ない。
「むう、それならこうだ! いくよー! パワフルアーム、ゴー!」
レケレスの掛け声に合わせて、アマガエルの背中がボコボコと波打ち始める。少しずつ体表が盛り上がり、長く太い腕が形成されていく。
あっという間に、アマガエルの背中に灰色の鎧に包まれた大きな右腕が出現した。腕はエイメイに狙いをつけ、勢いよく振り下ろされる。
「そーれ、潰れちゃえー!」
「ちょ……っと! 危ないじゃない!」
エイメイは慌てて横に飛び、攻撃から逃れる。が、攻撃を避けることに意識を割いたことで、木の根への魔力供給が一瞬だけ途切れた。
その隙を突き、レケレスは一気に毒性を活性化させてアマガエルに巻き付く木の根を腐食させ破壊する。自由を取り戻したアマガエルを操り、レケレスは反撃を始めた。
「またぐるぐる巻きにされても面倒だし、さっさと終わらせちゃうよ。いけー! ポイゾナス・ダイダル・ウェーブ!」
アマガエルが足を地面に叩き付けると、毒液が増殖し周囲一帯に広がっていく。火を消しながらどんどん溢れていき、燃え尽きた木を腐食させる。
エイメイとガガクはそれぞれ木と金属の塔を作り出し、毒液の海から辛うじて逃れた。が、すでに塔の下部は腐食が進行しており、少しずつ沈み始める。
「まずいな……。長くはもたない、速攻で勝負を決めねば」
「私があの小娘を始末するわ。ガガクはあの小僧をお願い」
長期戦は出来ないと感じ、二人は次々と塔を作り出して飛び移り、アマガエルに接近していく。カエルの口の中に素早く入り込み、リオたちを叩くつもりのようだ。
相手の作戦を理解したリオは、双翼の盾を装備してアマガエルの口の中から飛び出す。先にアマガエルに到達しそうなガガクを狙い、両腕に装着した飛刃の盾を投げる。
「食らえ! シールドブーメラン!」
「そう簡単に当たるものか!」
リオは連続で飛刃の盾を投げ付け、ガガクを毒の海に叩き落とそうとする。一方、ガガクは両手に棍棒を持ち、飛んでくる盾を打ち落として攻撃を防ぐ。
ガガクは塔を次々と作り出し、飛び移りながらリオと激しい戦いを繰り広げる。その一方で、エイメイはアマガエルに到達しようとしていた。
「さあ、あんたの相手は私よ。そのカワイイ顔にナイフを突き立ててあげるわ! 葉刃投射!」
「そうはいかないよーだ! あっかんべー!」
六振りのナイフが放たれると、レケレスはアマガエルの口を閉じて攻撃を防いだ。ナイフは毒によって腐食し、塵となって消滅してしまった。
「チッ、鬱陶しい毒ね!」
「そうだよー、わたしはねー、毒を使わせたら強いんだよ! ということで……そろそろ死んでね?」
アマガエルの口がゆっくりと開くと、死神のような冷徹な顔つきをしたレケレスがそう宣告する。先ほど作り出した舌を横薙ぎに振るい、エイメイが作り出した木の塔を全て破壊した。
「しまっ……」
「本人を倒さなくても、こうしちゃえばいいもんねー」
「くっ、まだ……終われないわよ!」
足場を失い、絶体絶命の危機に陥ったかのように見えたエイメイだったが、すんでのところで鎧をボートに変形させ着水し、難を逃れる。
が、完全に無傷とはいかず、着水の衝撃で跳ねた毒液がかかり両足を溶かされてしまう。痛みに悶え苦しみながらも、レケレスを睨み付ける。
「あぐ、ううう……! よくも、よくもやったわね! でも、まだ終われない! せめて、あんただけでも殺す!」
ボートもすでに侵食が始まっており、完全に崩れるのは時間の問題だった。最後の抵抗とばかりに、エイメイは投げナイフを両手に構える。
「いいよ。受けて立つよ。『抜きな! どっちが早いか勝負だ!』ってやつだね!」
エイメイの覚悟を感じ取り、レケレスは真っ向から迎え撃つことにしたようだ。アマガエルの舌を縮め、いつでも発射出来るよう力を溜め込む。
数秒の沈黙が続いた後、レケレスとエイメイは同時に攻撃を仕掛けた。投げナイフと舌が交差し、相手に向かって飛んでいく。先に命中したのは……。
「ぐ、がはっ……。結局、私たちじゃ……勝て、ないのね……」
「危なかったよ。もうちょっとズレてたら、首をやられてた」
先に命中したのは、アマガエルの舌だった。胴体を貫かれ、エイメイは無念の言葉を遺し息絶えた。一方、レケレスも無傷で勝利、とはいかず首筋に浅い傷を受けていた。
本人の言う通り、後少し投げナイフの軌道が内側にズレてたらていたら、両者相討ちとなっていただろう。
「くっ、エイメイが敗れたか。ならば、せめて私だけでも勝たねば!」
「悪いけど、負けるつもり一切ないよ。まだまだ、やらなきゃいけないことがたくさんあるからね!」
エイメイの敗北を目の当たりにし、ガガクは唇を噛み締める。鎖を伸ばしてリオを捕らえようとするも、巧みな空中機動でかわされてしまう。
リオを捕らえるのは無理だと判断し、ガガクはオメガレジエートが爆弾を投下するのを待つ作戦に切り替えた。大量の爆弾でリオとレケレスを吹き飛ばしてもらおうと考えたのだ。
が、いつまで経っても爆弾が投下されることはなく、ガガクは焦りを覚え始める。
(クッ、どうなっている!? もうとっくに五分経ったはずだ、なのに何故爆弾を落とさない!?)
リオの攻撃を防ぎながら、ガガクは心の中でそう呟いていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
時は少し巻き戻る。オメガレジエートによる爆弾投下が始まり密林が火に包まれたと同時に、アイージャとダンテは同じ方向に逃げていた。
「お主、何故妾と同じ方向に逃げる!? 邪魔であろうが!」
「しゃーねえだろ! たまたまこっちに逃げたらおめーがいたんだからよ!」
落ちてくる爆弾を突風で吹き飛ばしてながら、ダンテはアイージャに向かってそう叫ぶ。リオやレケレスとははぐれてしまったものの、二人は無傷で爆撃を切り抜けた。
とはいえ、いつまでものんびりしているわけにはいかない。うかうかしていれば、第二第三の爆撃がおこなわれないとも限らないからだ。
「なあ、アイージャよ。あのでっけぇ鉄の塊、落とさねえか? オレたち二人でよ」
「ふむ……。よかろう、その話乗った」
先手必勝と言わんばかりに、二人は空に浮かび上がる。アイージャは全身から魔力を放出し、ダンテは風を纏い……それぞれのやり方で空高く飛んでいく。
第二波の攻撃が来る前に、オメガレジエートを撃墜してしまおうと考えたのだ。当然、その動きはオメガレジエートの艦橋にいるクルーたちに探知機を通して伝わる。
「ネモ艦長! オメガレジエートに二つの生命反応が近付いてきています! どうしますか?」
「迎撃せよ! 髪の毛一本、この艦に入れるな!」
「ハッ! 砲撃用意、撃てー!」
クルーの一人が手元のレバーを操作すると、魔力が送り込まれ無数の砲台が起動する。すでにオメガレジエートの頭上に到達していたアイージャたちに向け、砲撃が始まった。
「来たぜ、敵さんの攻撃だ!」
「フッ、妾たちの力で返り討ちにしてくれようぞ」
自分たちを狙って放たれる砲撃を避けつつ、アイージャとダンテはオメガレジエートに少しずつ接近していく。アイージャは闇のレーザーで、ダンテは槍で。
それぞれの武器を使い、砲弾を打ち落としながら確実に距離を詰める。その様子を探知機で見ていた艦長は、さらに弾幕を激しくするよう指示を出す。
「奴らを仕留めろ! 砲撃の速度を三倍に上げろ、絶体に乗り込まれてはならん! 最悪、切り札の使用も許可する!」
「イエッサー!」
砲撃の勢いが増し、アイージャたちは後退を余儀なくされる。一旦砲撃の射程範囲外に撤退し、二人は激しい弾幕をどう対処するか話し合う。
「ダンテよ、どうする? あれだけ激しい砲撃では、そう簡単には肉薄出来ぬぞ」
「へっ、問題ねえさ。このオレに任せな。必ず、あの砲撃の雨を突破してやるよ。まあ見てな、オレのやり方ってやつをよ」
「ふむ。では、期待半分に見物させてもらうとしようか」
弾幕の対処をダンテに任せ、アイージャはサポートに徹することにしたようだ。ダンテは威風堂々と構えるオメガレジエートを見ながら、小さな声で呟く。
「見せてやるよ。オオカミってのはな、群れる時が一番脅威なんだってことをな」
その目には、好戦的な光が宿っていた。




