209話―そうして、ぜんぶ、大団円
ダーネシアとの決着が着いてから、三日が経った。テンキョウの復興が一段落したところで、リオはダンスレイルと共に仙薬の里を訪れていた。
メルンを治すために使う仙薬が、ようやく完成した……そう報告があったからだ。仙薬の里に着くと、ゲンテツたち薬師に暖かく出迎えられる。
「おう! よく来てくれたな。例の薬はもう出来てるぜ。ほれ、こいつだ」
「ありがとうございます、ゲンテツさん。これが……仙薬なんですね」
ゲンテツから渡されたのは、透明な丸いカプセルに入れられた琥珀色の丸薬だった。リオはなくしてしまわないようしっかりと懐に仙薬をしまい、お礼を言う。
「ありがとうございます、ゲンテツさん。これで、メルンさんを救えそうです」
「おう! 最上級の薬を作ったからな、どんな病や怪我もバッチリ治るぜ!」
リオとダンスレイルは界門の盾を使って直接グリアノラン帝国に向かい、メルンのいる宮殿の一室に入る。今日は調子がいいらしく、身体を起こしセレーナと談笑していた。
二人はリオとダンスレイルが入ってきたことに気が付くと、にこやかな笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「おお、リオか。久しいの、元気にしていたか?」
「はい、僕たちは元気です。ところで陛下、今日はお渡ししたいものがあるんです」
「リオ様、もしかしてそれは……」
リオが懐から取り出した丸薬を見て、セレーナはその正体を察する。メルンも同様にソレが仙薬だと理解し、神妙な面持ちになりリオに感謝の言葉をかけた。
「……リオよ。ありがとう。この薬を手に入れるために、どれだけの苦労をしたのか……そなたの目を見れば分かる。わらわのために……本当に、ありがとう」
「いえ、気にしないでください。さあ、これを飲めばキカイの身体もきっとなんとかなるはずです!」
メルンは丸薬を受け取り、カプセルから取り出す。果たして、仙薬が朽ちてゆくキカイの身体を治癒することが出来るのか……その場にいる全員が、固唾を飲んで見守る。
ゆっくりと口を開き、メルンは丸薬を飲み込んだ。ゴクン、と嚥下する音が部屋の中に響き渡る。少しして、メルンの身体に変化が現れ始めた。
彼女の身体を構成する歯車やパイプ、キカイのパーツが異音を発し始めたのである。リオとダンスレイルは焦りのこもった表情を浮かべるも、メルンは逆に笑う。
「慌てるでない。この音は……キカイの錆が取れる時の音じゃ。見よ、わらわの腕を。朽ちていたキカイが……直っていくぞ!」
嬉しそうに叫びながら、メルンは右腕をリオたちに見せる。彼女の言う通り、朽ちてスクラップ同然の状態になっていた腕が、時を戻すかのように綺麗になっていく。
瞬く間に身体が治癒し、メルンの命を脅かしていたキカイの老朽化問題は、根本から解決した。その後、メルンはキカイ技師と医者を呼び、念のため検査をする。
「どうじゃ、わらわの身体は」
「はい、全く問題ありません! あれだけ朽ち果てていたというのに、今は新品同然の状態になっています! これなら、もう問題はないでしょう」
「はい、医者として私も誓います。陛下はもう、完全な健康体です!」
その言葉に、リオたちは歓声を上げる。これでもう、メルンは全ての悩みから解放されたのだ。また、詳しい検査を行った結果驚くべき事実も明らかとなった。
なんと、リオたち魔神のソレとよく似た、自己修復能力がメルンの身体に備わったことが判明したのである。それを聞いたリオは、改めて仙薬の凄さを思い知った。
「ひゃー、凄いね仙薬って。ダーネシアたちが躍起になって消そうとするはずだよ、うん」
「そうだねぇ。ふふ、私も一粒、もしもの時のために持っておきたいね、これは」
検査が終わり、国を挙げてのパーティーが開かれる。リオとダンスレイルも参加していって欲しいと請われるも、彼らにはまだやるべきことがあった。
そのため、名残惜しくもグリアノラン帝国を離れ、ヤウリナに戻ることとなった。去り際、セレーナがリオに歩み寄り、ぺこりと頭を下げお礼を述べる。
「リオ様、ありがとうございます。おかげで、お母様は救われました。このご恩……絶対に忘れません。何かお礼が出来ればいいのですが、今は……こ、これくらいしか思い浮かびません!」
「へ……ふにゅ!?」
セレーナは顔を上げ、リオをおもいっきり抱き締めながら口付けを交わした。生まれて初めてセレーナが交わす、不器用でたどたどしい、触れ合うだけのキス。
唇が離れた後、セレーナは顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。それだけ、恥ずかしかったのだろう。リオの方も、顔を赤くして固まってしまっている。
「ふふ、モテモテだねぇ、リオくん。相変わらずうぶなところが可愛いねえ。後で私ともキスしようか」
「ふにゃっ!? い、いやいいよ、恥ずかしいもん!」
「いやいや、絶対させてもらうよ。もう決めたからね、覚悟してもらわなきゃ」
セレーナを見て火がついたらしく、ダンスレイルは獲物を狙うようか目付きでリオを見る。そんなダンスレイルに、リオは冷や汗を浮かべるのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……なるほど。で、ダーネシアのおっさんに言われてオレのとこに来た、と」
「はい。あれからダーネシア様から連絡がありません。恐らく、もう……」
その頃……魔界では、ダーネシアの軍勢を率いる五行鬼の二人が最高幹部の一人『氷炎将軍』グレイガの元を訪れていた。ダーネシアの言い付け通り、彼の配下に加わるために。
「……そうか。あのおっさんが、か。辛かったろ、おめえら。分かった、これからはオレの配下に加えてやる。しばらく休め。つらいのを我慢する必要はねえからよ」
「優しいお言葉、感謝致します。では、我々はこれで……」
二人が退室した後、グレイガはふうと息を吐く。彼はなんとなく理解していた。リオとの戦いに敗れ、倒されたのだと。
「しっかし、おっさんがやられるたぁなあ。こりゃ、オレも気合い入れねえといけねえな。最高幹部は後二人……順番から言や、次はオレだな」
そう呟くと、グレイガは椅子から立ち上がり窓に近寄り外の景色を眺める。月の昇らぬ、神聖な闇の夜……ラーカ。神々の力が、最も弱まる新月の時間だ。
自身の主君であるグランザームの城がある方角を見ながら、グレイガは不敵な笑みを浮かべる。氷のような冷徹さと、炎のような暴力性が、瞳に宿っていた。
「さあ、次はこのオレが相手をしてやる。覚悟しておきな、盾の魔神。おっさんの仇は討たせてもらうぜ」
◇―――――――――――――――――――――◇
「へっくしょい! うー、くしゃみが出ちゃった」
「なんだ、風邪でもひいたか? こっち来てみな、熱があるか見てやるから」
ヤウリナに戻ったリオは、再建されたオウゼンの屋敷で休んでいた。カレンと共に畳に寝っ転がっていたところ、盛大にくしゃみをしてしまった。
そんなリオを心配し、カレンは身体を起こして手招きする。リオが近付くと、カレンはころんとリオを寝かせ、膝枕をする。手を額に当て、熱があるか確認を行う。
「んー、特に熱くはねえな。ま、問題ねえだろ。だから……」
「だから?」
「このまま、アタイとメシの時間までゴロゴロしてようぜ!」
カレンはリオを抱き締め、ゴロゴロと畳の上を転がりふざけ回る。リオも悪乗りし、部屋の中をどったんばったん転げ回って遊び始めた。
「なあ、リオ」
「なぁに?」
「……これからも、一族共々仲良くしてくれよな!」
「うん!」
そう答えるリオの顔には、笑顔が広がっていた。




