206話―月下の決闘
日が落ち、満月が昇る頃……リオはダーネシアの手紙に記されていた、決闘が行われる地へたどり着く。切り立った断崖の上から滝が落ちる地で、ダーネシアが待っていた。
「……済まないな、こんな時間に呼び出してしまって」
「大丈夫、気にしてないよ」
荒れ果てた崖の上に降り立つリオに、ダーネシアはそう声をかける。月明かりに照らされた獣王の顔には、並々ならぬ決意が秘められていた。
リオを倒し、作戦失敗の汚名を灌ぐという決意が。鉄槌を背中のホルダーから引き抜き、ダーネシアはゆっくりとリオへ先端を向ける。
「ワーズ打倒に協力してくれたことには感謝する。だが……己は魔王軍幹部として、お前を倒さねばならない。それが、この国を侵攻する作戦を成功させられなかった己の最後の仕事だ」
「……そう、分かったよ。最後の挑戦……受けて立つ!」
さあっ、と夜風が吹くなか、リオとダーネシアは互いを睨み合い様子を窺う。二人とも神経を集中させ、隙を探って先制攻撃を叩き込むチャンスを見極めようとする。
が、相対するは盾の魔神と魔王軍最高幹部。歴戦の戦士たる二人がそう簡単に隙を見せることはなく、戦いは膠着状態に陥ることになる。
(隙がないな。流石、盾の魔神といったところか。迂闊に踏み込めば確実にやられるだろう。ここはもう少し様子を見ねば)
(参ったなぁ……。今攻めたら、絶対反撃されるよ。殺気が半端ないし……チャンスが出来るまで待たなきゃ)
互いに相手の出方を警戒し、中々攻められずにいた。数十分が経過し、一瞬静寂が二人を包む。それを合図に、二人は同時に踏み込み走り出す。
「ぬんっ!」
「てやっ!」
ダーネシアの鉄槌とリオの飛刃の盾がぶつかり合い、激しい激突音を上げ大気を震わせる。ファーストコンタクトの威力は、全くの互角。
このまま押し切って相手を倒すのは無理だと判断し、二人は素早く後退する。直後、先に仕掛けてきたのは、ダーネシアの方だった。
「ビーストメタモルフォーゼ……モード・ファルコン! フェザースナイプレイン!」
「うわっと!」
ハヤブサの獣人になったダーネシアは空高く舞い上がり、羽根の雨を降り注がせて地上にいるリオを攻撃する。リオは頭上に盾を構え、羽根を防ぐ。
一ヶ所に留まるのは危険だと判断したリオは、月明かりを頼りに崖の上をジグザグに走る。ダーネシアはリオの進む方向を読んで羽根を放ち、牽制を行う。
が、リオはそれすらも読んでおり、急ブレーキをかけて攻撃を避けた。ダーネシアは追加攻撃をしようとするも、すでに飛行するのに必要最低限な数まで羽根が減ってしまっていた。
「くっ、羽根を補充せねば……」
「そうはさせない! シールドブーメラン!」
羽根を補充する隙を突き、リオは両腕に装着していた飛刃の盾を投げる。月を背にして滞空していたダーネシアからは、投げられた盾が一枚に見えた。
「飛び道具か。だがムダなこと。我が鉄槌で叩き落として……何っ!?」
「いいよ、やってみて? 両方叩き落とせるならね!」
ハヤブサの獣人に変身したことで、ダーネシアは鳥目になっていた。月を背にしていたこともあり、見落としていたのだ。リオの両腕から、盾が消えていたことに。
リオは二つの盾を重ねて投げつけていたのだ。途中で上側の盾に微妙に加速が加わるよう、魔力を宿した上で。二つの盾は絶妙な距離を保ったまま、ダーネシアに接近する。
鉄槌が大きいことが仇となり、一枚目の盾を叩き落としても二枚目の盾が直撃するようになっていた。それに気付き、ダーネシアが取った行動は……。
「!? そんな、まさか……」
「……見事な策だった。このダーネシア、甘んじて攻撃を受けるとしよう」
なんと、ダーネシアは一切防御行動をせず、飛刃の盾の直撃をあえて受けたのだ。盾はダーネシアの羽毛と大胸筋に阻まれ、深く食い込むことが出来ず落下する。
盾を退け、羽根の補充が終わったダーネシアはリオへの逆襲を開始する。猛スピードで急降下し、リオ目掛けて鉄槌を叩き込むべく突進を仕掛けた。
「次は己の番だ! 避けられるものなら避けてみるがいい!」
「くっ……このっ!」
ギリギリのところでダーネシアの攻撃を回避することが出来たリオ。横っ飛びに飛んだ直後、鉄槌が地面に勢いよく激突し、円形に陥没させる。
土埃が周囲を漂うなか、ダーネシアは周囲を見渡してリオを探す。土埃に紛れ、地面に潜って姿をくらましたようだ。
「……なるほど。大方、地中に潜って反撃の機会を窺っている、といったところか。ならば……ビーストメタモルフォーゼ……モード・ウルフ!」
オオカミの獣人に変身したダーネシアは、匂いでリオの居場所を追跡する。地中を移動するリオの匂いを捉え、移動先を読み鉄槌を振りかぶった。
「……そこだ!」
地面が盛り上がった瞬間、ダーネシアは鉄槌を叩き付ける。リオは上手く逃げおおせたようで、一撃目は空振りに終わった。再びリオの追跡を行おうとしたダーネシアは、咄嗟に右へ飛ぶ。
直後、地面から上半身裸のリオが飛び出し、左腕に纏った氷の槍を突き上げながら姿を現した。完全に避けることが出来ず、ダーネシアは脇腹を切り裂かれる。
「バカな。己の嗅覚をどうやって欺いた!?」
「鎧の方に魔力をたくさん宿して囮にしたんだよ。本体の方より、匂いがより濃くなるようにして、ね」
地面から飛び出したリオが指を鳴らすと、土の中から囮に使った鎧が飛び出され装着される。僅かな時間でここまで策を巡らせ、実行に移したリオの能力の高さに感嘆し、ダーネシアは笑う。
「……流石だ。並の戦士ではこうはいかん。フッ、グランザーム様がお前を好敵手として認めた理由……よく分かった」
「そう言ってくれるのは嬉しいね。……結構、消耗しちゃったけどさ」
ようやくダーネシアに手傷を負わせたリオだったが、囮作戦の実行に際して魔力をかなり消耗してしまっていた。リオは氷の槍を消し、再び飛刃の盾を両腕に装着する。
ダーネシアも鉄槌を構え、再び二人は睨み合う。その最中、せっかく与えた脇腹の傷が再生していることに気付き、リオはダーネシアの懐に飛び込む。
(傷が治って……! まさか、ダーネシアも僕たちみたいに再生能力があるのか! まずい、再生させるわけにはいかない!)
せっかく苦労して与えた傷を、易々と回復されてしまってはたまらない。そう考え焦ってしまったのだ。それが、手痛い反撃を食らうことに繋がるとも気付かずに。
「いいのか? 安易に懐に飛び込んで。我が鉄槌は……かなり、痛いぞ! ビーストメタモルフォーゼ……モード・ヒッポ!」
「しまっ……うぐっ!」
素早くカバの獣人への変身を行ったダーネシアは、凄まじい膂力が込められた一撃をリオに叩き込む。もろに鉄槌を食らったリオは吹き飛び、岸壁に叩き付けられる。
あばらが粉々に砕ける感触と激痛を味わいながら、リオは呻き声を漏らしつつずるずると崩れ落ちる。ダーネシアはリオが回復するのを、ジッと待っていた。
「さあ、傷を治すがいい。本気を出した魔神を討ち取らねば、グランザーム様に顔向け出来ぬからな」
「う、ゲホッ……。そうだね、そろそろ……本気を出さないと、失礼だよね……」
粉砕されたあばらを治しつつ、リオはそう呟く。とはいえ、囮作戦や傷の治療に魔力を費やしてしまったため、しばらく獣の力を解放することが出来ない。
魔力が回復するまでは、否応なしに獣の力なしでダーネシアの猛攻を切り抜けなければならないのだ。
「さあ、見せてやろう。我が内に眠る千の獣の力をな……」
ダーネシアの言葉には、リオを必ず仕留めるという――漆黒の決意が込められていた。




