197話―五行鬼、水行のノウケン&土行のダイマン
リオとダンスレイルは、カラスマから託された地図を元に仙薬の里へ向かう。林を抜け、草原を越え、剥き出しになった岩だらけの山の中に突入する。
殺風景な山道を進み、山頂に到達したリオとダンスレイルは、四方を山に囲まれた集落を発見した。地図を確認すると、その集落こそが仙薬の里だと判明する。
「見えた! あれが仙薬の里かぁ……」
「ふぅん……遠くからだと異変が起きてるようには見えないけど……ま、とりあえず行くとしよう。さ、しっかり捕まってて、リオくん」
「うん」
十数キロ先にある里へ向け、ダンスレイルはリオを背中に載せて山道を降っていく。里に近付くにつれ、リオたちは強烈な殺気を感じ取る。
「……確実に、里に何かいるね。そんなに数はいないけど、一つ一つの気配が強い」
「うん。五行鬼がいるって言ってたし、気を引き締めなきゃね、ダンねえ」
敵の奇襲を警戒しながら、二人は慎重に進む。一時間ほどかけて里の近くにある林に到達した二人は、まずは様子を窺うことを決め、身を潜める。
少しして、里の中から武装した魔族兵が数人現れた。見張り要員なのだろう、里の入り口の前に佇み不審者が来ないかチェックし始める。
「……やっぱりね。魔族たちに占領……もしくは、それに近い状態になってるかもしれないとは睨んでたけど……どうやら、もう制圧されてるみたいだ」
「うーん、どうやって里に侵入すれば……」
「それを考える必要はないんだなぁ。お前たちゃ、おでたちに叩き潰されるからなぁ!」
二人がヒソヒソ話していたその時、リオたちの足元から野太い声が響く。ダンスレイルはリオの手を掴み、咄嗟に上空へ飛び立つ。
その直後、地面の中から太い腕が現れ拳が突き出される。二人がいた場所の木々が薙ぎ倒され、巨漢の男……土行鬼ダイマンがのっそりと現れた。
「お~、逃げられたかぁ。ノウケン、代わりにやっとくれ~」
「はぁーい。任せて、ダイマンちゃ~ん? そぉ~れ!」
後少しのところでリオたちに逃げられたダイマンは、もう一人の仲間……水行鬼ノウケンに声をかける。すると、派手な縄飾りが着いた着物を着たノウケンが里の中から飛び出す。
上空にいるリオたちを狙い、空気中の水分から作り出した大鎌を振るう。ダンスレイルは素早く後退し、すんでのところで大鎌の一撃を回避することに成功した。
「待ち伏せされているとは……! どうやら、こいつらが五行鬼で間違いないようだね」
「そうよぉ? アタシはノウケン。ダーネシア様にお仕えする水行鬼よん。あそこにいるのが、相棒の土行鬼ダイマンちゃんよぉ」
攻撃が不発に終わりつつも、ノウケンは余裕たっぷりな笑みを浮かべダイマンの肩の上に着地する。ダンスレイルは地上にいる敵二人と里を交互に見た後、リオに声をかけた。
「……聞いて、リオくん。私があの二人を相手する。その間にリオくんは里に侵入するんだ。奴らが何をしたか分からない以上、里の様子を知るのが最優先だからね」
「そんな無茶だよ、一人で相手をするなんて! 僕も一緒に……うわっ!」
が最後まで言い切る前に、ダンスレイルは里に向かっておもいっきりリオをぶん投げた。仙薬を確保することが最優先。そのための捨て石になることを、彼女は決めていた。
「大丈夫。必ず勝つからさ。なんたって、私は斧の魔神、ダンスレイルだからね」
里に落下していくリオにそう呟いた後、ダンスレイルはノウケンたちに目を向ける。ノウケンとダイマンはリオに目もくれず、何やら相談をしていた。
「い~のかぁ~? ノウケン。里に入れちまってもよ~う」
「構わないわぁ。薬師たちを監禁してる倉の封印を解くにはアタシたちの手形がいるんだしぃ~、中には可愛いペットちゃんもいるからねぇん。それより今は……あの娘を殺しちゃいましょ」
「が~ってん!」
二人は先にダンスレイルを仕留めることに決め、戦闘体勢を取る。ダンスレイルは両手に呼び笛の斧を持ち、上空からの遠距離攻撃を行う。
「さて、リオくんに追い付くためにも、さっさと片付けさせてもらうよ! いけ、呼び笛の斧!」
「ん~、そんなのおでたちには効かないんだな~。土窯被り!」
ダイマンは両腕を地面に突き刺し、拳を握る。すると、土がドーム状に盛り上がり二人の身体を覆い隠してしまう。呼び笛の斧は突き刺さるも、土の中に埋まってしまった。
それを見たダンスレイルは、口笛を吹いて斧を呼び戻そうとする。が、土に締め付けられガッチリ固定されてしまい、斧を呼び戻すことが出来ずに終わってしまう。
「なるほど、面倒な……」
「そろそろ降りてきてもらうわよん。大縛水縄!」
「くっ、この程度!」
土が元に戻ると、ノウケンの背中に装着されている縄飾りが水に包まれる。無数の水の縄が上空に伸びていき、ダンスレイルを捕まえ地に引きずり落とそうと迫っていく。
ダンスレイルは空を飛び回って回避するも、縄は次々と増えていき次第に避けるのが困難になってくる。縄を避けつつ、ダンスレイルはどう動くべきか思考を巡らせる。
(さて、どうしたものか……。あの女……女? に捕まって落とされるのは癪だし……呼び笛の斧もあの土で無力化される以上、ここは自分から突撃した方がよさそうだ)
相手にやられるよりは、とダンスレイルは体勢を変え急降下していく。呼び笛の斧を消し、巨斬の斧を呼び出してダイマン目掛けて突進する。
「お、自分から来たぞぉ。んだば、おでの番だなぁ。んんん~……大打羅鈍勝!」
「なっ……ぐっ!」
ダイマンは右腕に土をまとわせ、巨大な鎚を作り出す。勢いよく腕を振り、巨斬の斧を破壊しつつダンスレイルに強烈な一撃を叩き込んだ。
吹き飛ばされたダンスレイルは木の幹に背中をぶつけ、痛みに呻き声を漏らす。そこへノウケンが飛びかかり、ダメ押しとばかりに追撃を放つ。
「まだまだ終わらないわよん? 鋭刃水禍円月斬り!」
「くうっ!」
身体ごと大鎌を回転させながら斬撃を放ってくるノウケンを、ダンスレイルはギリギリで避けることが出来た。とはいえ、完全に無傷とはいかず、片方の翼を斬られてしまう。
「げほっ……なかなかやるね。あばらの数本やられたよ」
「あら、まだまだ元気ねぇ~。でも、いつまで立っていられるかしら!」
再び巨斬の斧を呼び出し、ダンスレイルはノウケンと激しく斬り結ぶ。相手の連携攻撃で負った傷は深く、最初こそ互角だったものの、少しずつダンスレイルが押され始める。
一旦ノウケンから距離を取り、傷の回復に専念しようとするダンスレイルだったが、ダイマンが地面を変化させ、悪路にして逃げ道を封じてしまう。二人の連携に、魔神は舌打ちをする。
「ふん、なるほど……。厄介なものだね。相性抜群、ってことか」
「そうよぉ? でもねぇ、アタシたちの連携はこんなものじゃないわよぉ? ダイマンちゃん、アレをやるわよ!」
「任せろ~。土克水……泥牢水獄!」
ダイマンが両腕を地面に叩き付けると、土のレールが出現し水を運んでいく。ダンスレイルを土のレールが取り囲み、不恰好な檻が現れる。
ダンスレイルは脱出しようとするも、傷のせいで上手く身体が動かず失敗してしまう。土は泥に代わり、ダンスレイルの手足を絡め取って動きを封じてしまった。
「くっ、このっ……取れない……!」
「残念ねぇ~、その状態になったらもう終わりよん。土克水……土は水の流れをせき止め濁す。この牢獄の中で、あなたはゆーっくりと溺死するのよん」
ノウケンが指を鳴らすと、水の幕が泥のレールの間に張り巡らされていく。ダンスレイルの足元から少しずつ水で満たされていき、あっという間に満タンになった。
ダンスレイルは脱出しようともがくも、手足を拘束されているせいで満足に動けず、体力をムダに浪費することしか出来ない。
(まず、い……このままじゃ、本当に溺死してしまう……。それだけは、何とかして避けないと……。リオくんを残して、まだ……まだ、死ねない!)
「お~? こいつ頑張るなぁ~。でも、ムダなんだなぁ~。おでたちの切り札を破れたのは、ダーネシア様しかいないけんなぁ」
「そうねぇ。アタシたちに勝とうなんて、百年は早いのよ。おほほほほ!」
ダンスレイルを見ながら、ノウケンとダイマンは大笑いする。二人を睨みながら、ダンスレイルは必死に思考を巡らせる。この窮地を脱する方法を閃くために。
(どうする? どうやってこの牢獄を……待てよ? 奴らが操るのは土と水。私は木。確か、五行の関係では……)
息苦しさが強まるなか、ふとダンスレイルはあることに気付いた。カクトとの戦いの後、クイナから五行についての知識を学んだことを思い出したのだ。
(そうだ……! いける、いけるぞ! 私の属性を上手く使えば、奴らを倒せる!)
希望を見出だし、ダンスレイルは活力を取り戻す。水の幕越しにノウケンたちを見つめながら、不敵な笑みを浮かべる。両の瞳に、力強い光を宿しながら。
(さあ……ここからは、私の……反撃の時間だ)




