192話―リオがミカドに、ミカドがリオに
グリアノラン帝国の首都、マギアレーナに向かったリオは、タマモから貰った薬をメルンに飲ませる。すると、それまで苦しそうに呻いていたメルンが楽になったようだ。
その後、薬の効果が出たかを確認するための精密検査が行われた結果、キカイの劣化が止まり、ある程度修復されていたことが分かった。医師曰く、これなら三ヶ月は持つと言う。
「よかった……。これでとりあえずは一安心だね」
「はい、ありがとうございます、リオ様。おかげでお母様がゆっくり眠れますわ」
苦痛から解放され、スヤスヤと眠るメルンを見ながら、リオとセレーナはそんな会話をする。ひとまず目的は達せられたため、リオはセレーナに別れを告げヤウリナへ戻った。
オウゼンから借りた印籠を使ってテンキョウに入ると、どこからともなくダンスレイルが飛んできた。リオが驚いていると、ダンスレイルは両手を広げて抱き着いてくる。
「リオくーん、おかえりー!」
「へ? わわっ! ダンねえ、どうして僕のいるところが分かったの?」
「ふふ、簡単さ。君の魔力をたどったんだよ。まだ屋敷の場所を知らないだろう? だから、空を飛べる私が迎えに来たのさ」
全身を使ってリオに抱き着き、すりすりと頬擦りしながらダンスレイルはそう話す。都の人々に物珍しそうに見つめられ、リオは気まずさを覚える。
「ダンねえ、ちょっと恥ずかしいよ……」
「んー? いいじゃないか、私たちの親密さを見せつけてやっても、ね?」
恥ずかしそうに小声でささやくリオに、ダンスレイルは余裕たっぷりに返事する。周りからヒソヒソと小声で話す声が聞こえはじめ、居たたまれなくなったリオは一旦結界の外に出た。
勿論、ダンスレイルに抱き着かれたままである。
「あー、恥ずかしかった……」
「ふふふ、まあいいじゃないか。……こうやって二人っきりになるのは、初めて会った時以来だからね」
夕焼けに染まりつつある空を見ながら、ダンスレイルはポツリと呟く。その言葉に、リオも過去の出来事を思い出す。かつて、ユグラシャード王国にてダンスレイルと出会った時のことを。
ダンスレイルが封印されている神殿に連れて行かれ、彼女の封印を解き……出会ったのだ。盾の魔神リオと、斧の魔神ダンスレイルの二人が。
「ああ、そうだねぇ。懐かしいなぁ、もう何ヵ月も前だよね」
「そうさ。ずっとアイージャやカレンがひっついてたから、なかなか二人っきりになる機会がなくてねぇ。こう見えて、結構不満だったんだよ? 何せ、私は独占欲が強いから、さ」
クスッと笑いながらそう言うと、ダンスレイルは両足も絡め、さらに翼を広げてリオの身体をすっぽりと覆ってしまった。視界を閉ざされながらも、リオは安心感を覚える。
ぽすっと地面に座り、リオもまたダンスレイルの背中に腕を回す。しばらくお互い抱き合った後、ようやく満足したダンスレイルがリオから離れた。
「ん、これでよし。さあ、そろそろ屋敷に戻ろう。また美味しいご飯を食べようじゃないか」
「そうだね。お腹空いちゃったし、かえろ」
二人は手を繋ぎ、仲良くテンキョウへ戻っていく。朗らかな笑顔を浮かべる二人を、夕焼けが優しく見守っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふふふ、楽しみじゃのう。ようやく、ようやく……朕も都に出て遊べる! 何をしようかのう、うふふふふ」
その頃……都の奥深く、日常生活を送る御殿にてミカドことハマヤ少年は楽しそうにゴロゴロと布団の上を転がっていた。リオとの交渉で、願いを叶える機会を得られてご機嫌であった。
そんなハマヤに、寝間着に着替えたタマモがやれやれといった視線を投げ掛ける。摂政と関白を兼任する立場のタマモにとっては、今回の入れ替わりは少しだけ不安なのである。
「全くもう……坊よ、一度決まったからにはわっちは文句は言わんぞよ? しかしじゃな、一人で都を歩かせることは出来んぞ? こわーい者たちが大勢おるでな」
「なに? タマモは一緒に来てくれないのか?」
「……行けるわけなかろうて。わっちが摂政として政をせねばバレてしまうであろ」
小動物のような潤んだ目で見上げてくるハマヤに一瞬理性を奪われそうになりながらも、タマモは話をする。てっきりタマモもついてくるものだと思っていたらしく、ハマヤは肩を落とす。
「そうか……それは残念じゃ……一緒に遊びたかったんじゃがのぅ」
「ふふ、そう言ってくれるだけでわっちは満足よ。おお、そうじゃ。あのリオと言う少年の伴の者たちがおったろ、あの者らを護衛にすればよかろう」
しゅんとするハマヤを抱き締め、頭を撫でながらタマモはそう口にする。表面上は穏やかな口調だったが、内心ではハマヤの可愛らしさにやられ暴走寸前であった。
八つのしっぽをはち切れんばかりに振り、どうにか欲望を理性で押さえ込む。そんなタマモに、ハマヤは満面の笑みを向けトドメを刺してしまった。
「うむ! タマモにも土産をたくさん買うてくるでな、楽しみにしておくれ!」
「……ぶふっ!」
「ええっ!? た、タマモ? どうした、突然鼻血など……誰か、誰かー!」
盛大に鼻血を吹き出しながらぶっ倒れたタマモを抱き起こし、ハマヤは泣きべそをかきながら大声を出し人を呼ぶ。一方、タマモは満足そうな顔をして気絶していたのであった。
◇―――――――――――――――――――――◇
翌日の朝、オウゼンの屋敷にハマヤの遣いが現れた。リオたち一行を連れ、宮の裏口へ向かう。御殿に直通する秘密の通路を通り、リオはハマヤと相対する。
ハマヤの寝室にはすでに事情を聞かされている化粧係の女性が何人かスタンバイしており、今か今かとその時を待っていた。ハマヤはニヤッと笑い、リオに声をかける。
「よう来てくれた。早速じゃが、そちには朕の格好をしてもらうぞ。ここにいるのは朕直属の化粧係の者どもじゃ。そちを立派に仕立てあげてくれよう。さ、かかれ!」
「かしこまりましたー!」
「え? わあっ!?」
ハマヤの合図と共に、化粧係の女性たちは一斉にリオに飛びかかり、あれよあれよと言う間に化粧を施してしまった。褐色の肌を白く塗り、耳を隠すための烏帽子を被らされ、紋付き袴を着させられる。
あっという間に、リオはハマヤそっくりの容姿にされてしまった。パッと見ただけでは、二人の違いを判別するのは困難であるだろう。
「うお……すげえな。こりゃあどっちがどっちなんだか分かんねえぞ。ホント、顔似てんなぁ」
「うんうん。こうやって見ると、拙者もビックリだよ」
あまりにも瓜二つな二人に、カレンとクイナはそれぞれの感想を漏らす。ハマヤは化粧係に肌を褐色に塗ってもらった後、リオに教えてもらいながら鎧を着る。
完璧に入れ替わったリオとハマヤは、一日限りの入れ替わり作戦を行うべく動き出す。リオはタマモと、ハマヤはカレンたちと共に行動することになった。
「さて、今日一日頼んだぞ。朕をたくさん楽しませてたもれ」
「任せておきなよ。でも……その口調じゃあ怪しまれるね。もっと砕けた口調で話してごらん?」
「むう……ちと難しいの。まあ、努力はしよ……するよ」
慣れない喋り方に苦労しつつ、ハマヤはカレンたちと共に寝室を出ていった。化粧係の女性たちも去り、後にはリオとタマモの二人だけが残される。
「えーと……タマモさん、今日はよろしくお願いします」
「うむ。とは言え、そちは基本ここでゆっくりしておるだけでよいぞ。流石にまつりごとは任せられぬからの。なに、来客などそうはない。身構えることはないわい」
「……だといいんですけど」
表にさえ出なければ大丈夫だとタカをくくるタマモに、リオは小さな声でそう呟く。しかし、この時誰も知る由もなかった。波乱万丈の一日が、それぞれに襲いかかろうとしていることを。
◇―――――――――――――――――――――◇
――同時刻、テンキョウの外れにある、とある貴族の屋敷に四人の貴族たちが集まっていた。全員が、ミカドたるハマヤに反感を抱く腐敗貴族だ。
「……さて、皆の者、例の計画をそろそろ実行に移しましょうぞ。ミカドを捕らえ、魔王軍に引き渡すのじゃ」
「うむ。魔王軍につけば、今以上に贅を尽くした生活が出来るというもの。あのような年若い上に口うるさいミカドなど、我らには必要ないぞよ」
彼らはハマヤへの反乱を企てていた。ハマヤをダーネシアに売り、後ろ盾になってもらおうと考えたのである。すでに相手と話はついており、後はハマヤを拐うだけだ。
「警邏の者たちには金を握らせた。後は神威の間に魔族たちを招き入れるのみ。各々がた、しくじるでないぞ」
「御意におじゃる」
リオとハマヤの入れ替わりと、誘拐計画……二つが交わる時が、すくそこまで迫ってきていた。




